『お、上出来上出来。おまえがコネ持っててラッキーだったよ』
朝一でボスに電話を掛け、今回の状況を説明したところ、上機嫌な口調が受話器の向こうから聞こえてきた。
『いやー、持つべきものは彼氏だな。良いオトコを捕まえたよ、おまえ。』
「別にそういう理由で、付き合ってるわけじゃないですけどっ」
それじゃまるで、いかにも都合の良いから付き合っている、と言っているようじゃないか。
…ふんだ。ボスなんかに言ったって、分かんないですよ。
こっちの気持ちは、思いっきり年期入ってるんだからっ。
"ずっと前から好きだった”
………って、再会した時に友雅さんは言ってくれたけど、絶対に年期は私の方が上なんだから!
そう簡単に諦めきれるような、気軽な恋じゃないんだからね!
熟成してるんだから!
受話器を持って、ふん!と自慢げに胸を張るあかねの様子を、友雅はくすくす笑いながら眺めている。
「電話終わった?」
「うん。今夜から張り込めって言われたんですけど…大丈夫ですか?」
さっき話がついたばかりだし、あまりに急なことではあるのだが、平気だろうか。
そんなあかねの心配そうな表情も、彼の笑顔ですべて吹き消された。
「いつでもどうぞ。VIPのお客さまは常に最優先するよ。」
店にとっては普通の客でも、自分にとってあかねはかけがえのないVIP。
いくらだって職権濫用するから、と友雅は笑ってあかねを抱きすくめた。
「んーと。取り敢えず私はお店に入って、外で同僚が車の中で情報待ちってことになります。」
予算の限られた中で、会社が用意してくれた小型ワイヤレスマイクを忍ばせて、あかねは店へ。
逐一アクラムの様子を観察しつつ、報告-----------が、これからしばらくの仕事。
「でも、お店にアクラムの予約が入っていない時は、普通に出勤します。」
あと、もちろんお店の定休日も。
「つまらないねえ。定休日こそ、一日中一緒にいられると思ったのに。」
「残念ながら定休日の木曜は、私はがっちり勤務日ですよ」
だからこそ、今回のことは二人にとって特別。
例え仕事がらみとはいえ、同じ時間に同じ場所にいられる…という意味で。
「それじゃ、急いで用意しようか。」
「え?何をですか?」
今日は夜からお店に潜り込むから、昼間はお休みで構わない、と説明したばかり。
まだ朝も早いのに、どこか出掛ける用意なんて必要ないのだけれど。
頭の中がぽかんとしているあかねを手放し、友雅はというと…部屋の隅にあるウォークインクロゼットのドアを開ける。
「ほら、必要な日用品と着替え、まとめて」
勝手に中から取り出して来たのは、彼女の革のトラベルバッグ。
これから旅行に行くっていうのか?冗談だろう?
「しばらくは、私の部屋で過ごしなさい。」
「ええっ!?な…何で!?」
「だって、これから店を行き来するんだよ。だったら、私の部屋にいた方が都合良いじゃないか。」
一般客とは違うので、正面から入るわけにも行かない。
裏口はガードマンに厳しくチェックされるので、従業員の一声がなければ、簡単に出入りはし辛い。
「私と一緒にいれば、送迎の車で行きも帰りも安心だしね。そうしなさい。」
「そうしなさいって言われても……」
頭の中に思い浮かんできた、彼の部屋…。
エントランスに守衛がいて、広々としたロビーはホテルみたいで。
広大な緑の公園を見下ろせるベッドルームに、空中庭園まで備わっている高級マンション。
「ね、一緒にいよう?」
バッグを拾おうと屈んだ拍子に、後ろから抱きすくめられ、耳元に囁きが触れる。
「一緒にいれば、店から帰ってきても離れないで済むよ。」
って……困る。そんな風に言われたら、抗えない。
出てくることとは、本音だけ。
一緒にいたい。私も、一緒に。
「店に出るには、それなりの正装も必要だよ。だからドレスとかも、全部私が用意してあげるから。」
上流階級の客たちに引けを取らない、ちゃんと様になる装いを準備してあげる。
そういう華やかなコスチュームに身を包むのも、女性には楽しいアトラクションだと思う。
「良いだろう?」
「……………うん」
抱きしめた指に、触れる彼女の手。
心の中を探ってみても、想いはどこまでも同じものばかり。
ただ、愛しいという気持ちだけが存在している。
お互いの胸の中に。
トラベルバッグ一個と、大きめのトートバッグ一つだけ。
詰め込んだのは化粧品とかの日用品と、着替えの服が数着のみ。
「ま、何か必要なものは買いに行けば良いよ。館内にショップもあるし。」
あかねの荷物を持ってやりながら、さらりと彼はそう言ってのける。
こっちは毎週、安売りのドラッグストアで特売品を買いだめるっていうのに、まったく生活習慣が違いすぎる。
「友雅さんてー、すっかりセレブ生活が板に付いちゃいましたね!」
「何だい?いきなり」
赤信号で立ち止まって、隣に追い付いたあかねの顔を覗く。
タクシー、バイク、バス、自転車に自家用車…。
あらゆる車が、ひしめきながら流れてゆく。
「田舎にいた頃なんて、お腹空いた畑に連れていってくれたのにっ」
「ああ、そんなこともあったっけねえ」
家の周りは、牧草地や野菜畑、そして果樹園。食料品店なんか、数キロ離れたところにしかない。
そんな時、あかねがお腹空いたと言い出したら、裏の畑に連れて行ってトマトをもいでくれたり、林檎を採ってくれたりしていたのに。
今は高級食料品店で、値段も気にせずお買い物だなんて。
「昔と全然違うっ」
少し妬みも入れながら、あかねは言った。
「そういうあかねも、昔とは全然違うよ?」
赤信号が、青に変わる。
"WALK"の文字が点滅し、大勢の人々が横断歩道の上を進む。
二人もそんな人の流れに混ざって、向こう側の歩道へと歩いてゆく。
「あかねだって昔よりも、ずっと綺麗になっちゃって」
「はぁ!?」
「ぐっと大人っぽく色っぽくなって、見ているこっちはそれだけでもう……」
「朝っぱらから、何ヘンな妄想してるんですかあっ!!」
周りに通行人がいるというのに、あかねは後ろから友雅の背中をぽかぽかと叩く。
小さい頃も、からかうとこんな風に怒ったっけ…。
幼いあかねの姿が、彼の中に浮かび上がる。
「でもね------気持ちはあの頃のままだよ。」
空いていた片手を広げ、通行人の波からあかねを引き離す。
肩を抱きながら、足早に歩道へと駆け込み、頭上の信号機は赤へと変わる。
渡り終えた人々は、バラバラに散ってそれぞれの方向へと進んでゆく。
「気持ちはね、あかねを好きになった時の…そのまま。」
「---------------んんっ!?」
通り過ぎてゆく人の目が、二人に集中する。
時々、ひやかすような口笛が…聞こえたりして。
それでも、いきなり求められた唇は離れてくれない。
「んっ…もうーーーーーっ!恥ずかしいことしないでーーーっ!!」
懸命に腕を振り解いて、真っ赤な顔のまま友雅を叩きまくるあかね。
その力は全然痛も感じないし、むしろ照れを隠すためのゼスチャーみたいなもの。
「ごめんごめん。続きは部屋に帰ってからにするから。」
そう言って、友雅はあかねの背中を抱き寄せた。
二人は、同じ方向へ歩いてゆく。
しばらく離れずに過ごせる、愛の巣にも似た彼の部屋へと。
--------THE END
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