熱愛イニシアティブ

 004

雪の結晶のようなシャンデリアが、ジャズのメロディーに乗せてキラキラと輝く。
まだ少し時間が早いから、少しアップテンポなナンバーでステップを踏む男女。
ワイングラスにシャンパンと、鮮やかな色合いのオードブル。
シリンは顔馴染みの客の元に行き、艶やかな笑顔で挨拶を交わしている。

ぱらりと友雅は、店の隅で今夜の予約名簿をチェックする。
今夜は15組ほどの予約が入っているが、その中には、渦中の人物の名前がある。
「当局に目を付けられているっていうのに、いつも通り夜遊びなんて余裕だね」
しかも彼のキープボトルは、50年物のグレンフィディック。
若い男が嗜める酒ではないのに、既にこれも5本目だ。
一人で店にやって来るのは、昔と同じ。
ただ、時々彼に近付いてくる者たちがいて、親しく談笑しているのが気になるが。

…こういうのは、あかねの管轄かねえ。
どうやら、彼の事件を追い掛けているようだし。
何か手掛かりになるようなものがあれば、教えてあげた方が良いだろうか。

あのままじゃ、いつまで経ってもゆっくり休めないだろう。
まだ二十歳そこそこの女の子だから、たまにはのんびり過ごしたい時もあるだろうに、睡眠さえマトモに取れないとは。
彼女が選んだ仕事に、口出しをするつもりはないけれど…やっぱり疲れた顔は見たくない。
エステのチケットの他に、どこかのスイートルームでも取ってあげようか。
一日くらい、完全にリセットする時間を持ってもいいはずだ。


フロアの方が、少し騒がしくなった。
シリンが足早に入口の方へと向かうと、数人のスタッフも後を追い掛けた。
これはつまり、VIPが到着したという合図。
友雅もここでのんびりと、待機しているわけにいかない。

アンティーク装飾のドアを開けると、エントランスには金髪の男が立っていた。
「ようこそ、アクラム様。お席はお申し付けになられた場所を、ご予約しておりますので。」
チョコレート色のコートに手を添え、彼の身体から脱がせてクロークに預ける。
シリンが営業スマイル&トークをしても、相変わらずアクラムの方は無反応だ。
「いらっしゃいませ。本日は良い牛フィレがご用意出来ましたので、カルパッチョをオードブルにお出し致します。」
フロアに入る直前で、友雅がそう彼に挨拶をすると、彼は了解したという合図で手をかざしただけで、そのまま席へと案内されて行く。

無愛想な男だねえ、小綺麗な顔をしているのに。
それでも女は着いてくるか。
そして、あちこちの権力者も。

アクラムが姿を見せると、どこかから男たちが移動してくる。
右隣に座ったのは、最近当選したばかりの上院議員か。
そして左にやってきたのは、外交官。
彼らは親しげに話しかけているが、アクラムは黙って耳を傾けつつ、酒のグラスに手を伸ばす。
他にも彼を見る目が、ちらほらと周囲から注がれて…完全に注目の的だ。
一体何を話しているのやら。

偽造ダイヤのルートが、どんなところに枝分かれしているか。
意外とそういうものは、想像を絶するあっと驚くようなところに、潜んでいるような気もする。


+++++


今日は珍しく定時に帰路に着けたのに、どっぷりと気が重いし疲れている。
オフィスに戻り、天真にボスの所に連れて行かれ、延々と話のネタにされた。
特別大きな新聞社じゃないうちは、スクープをどこよりも早く勝ち取るのが必須。
そのためにはあらゆるコネを無駄にせず、チャンスを手にしなくてはならないのだ、と天真の熱弁に、ボスもあっさりうなづいた。

おかげでしばらくの間、あかねは特別任務を与えられてしまった。
夜のブランディ・タウンに向かい、一晩店でアクラムの様子を観察すること。
オフィスでの仕事は二の次。
まずはそこで、情報をチェックすることがあかねの仕事。
しかしそのためには、アクラムの来店予約情報と、客として店に入る方法が必要。
必要経費とは言っても、たかが一新聞社にそんな金額は賄えない。
…ということで、コネを取ることが必要なのだ。

「はあ、嫌だなあ…こんなこと友雅さんに言うの…」
アパートに戻り、ベッドに寝転がって溜息を吐く。
枕に残るムスクの香りが、否応にも彼のことを思い出させる。
小さい頃はこんな香りしなかったのにな。
大人になって、コロンとか着けるようになったんだろうなあ…。
私も今は、たまに着けたりするし…。
……私も大人になったもの。
恋するということも、ちゃんと分かってるもの。
でも、いくつかの恋愛を乗り越えて……初めての恋は、今ここにあるんだ。

ずっと好きだった。
早く大人になって、同じ目線で見て欲しくて…。
だから、今は本当に夢みたい。
ただ好きで、好きでいて欲しくて、単に普通の恋人同士でいたい。
仕事のことなんか、持ちこみたくないのに……。

店が終わるのは、午前5時。
留守番電話にメッセージを入れて、あかねはそのまますうっと寝入ってしまった。





寝返りを打つと、腕に触れる手がある。
「ちゃんと着替えてから、寝る方が良いんじゃないかい?」
ぼんやりと意識を起こして、薄目を開けてみると…友雅が見下ろしている。

…あれ?夕べ友雅さん、うちに泊まったんだっけ?
夕べは…私は早く帰ってきたけど、友雅さんはお仕事だったんじゃ…?
「部屋に帰ったら、メッセージが残っていたし。相談があるって言うから、直接会って聞こうと思って。」
そう言う彼もよく見れば、仕事帰りそのもののスーツ姿だ。


「で、相談って何?」
あかねを起こし、頬をつんつんと突く。
向かい合って……改めて、あかねはどうしたらいいものか、と口ごもった。
お願いしなきゃいけないかな…。ボスにも背中押されちゃったし。
仕事だからと割り切って、協力を仰ぐ覚悟をしなければいけないだろうか。



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Megumi,Ka

suga