毎日がValentine's Day

 001---------
カレンダーが2月に変わる前から、女の子たちが賑わい出す。
甘くてほろ苦い、チョコレートの香りは恋心そのもの。
そんな寒い冬の日々。
男の子もまた、そわそわ落ち着かない毎日が続く。

「あれー、みどりちゃんどうしたの?」
検温がひと通り終わったあと、一階の売店の前を通り過ぎようとした時、あかねは一人の患者を見つけた。
松葉杖で左足を器用に支えながら、店頭に並ぶ本に見入っている少女。
"みどり"と言う名の彼女は、ちょっとした複雑骨折を負い、二ヶ月前から入院している。
確か年齢は、小学5年生くらいだったか。
病棟には同年代の患者がいないため、いつも本や音楽を聴いてばかりいる。
そう長く入院することにはならないだろうが、その間でも気持ちまで沈まないように、何かの機会につれて声を掛けるようにしていた。
そのせいか、あかねには割と懐いてくれている。
「何かお買い物?欲しい本があったの?」
「うん…ちょっと」
ちらっと覗き込むと、彼女が開いていたのは女性向け雑誌。
とは言っても大人びた内容は一切ない、かと言って子どもっぽい内容でもない、初々しいローティーン雑誌だ。
この時期になれば、どこもかしこもバレンタインの特集。
有名店のショコラやスイーツのラインナップは縁遠く、手作りチョコのレシピやハンドメイドのプレゼントなど。
あかねの年齢から見たら、懐かしい雰囲気の記事が掲載されていた。
「あ、バレンタインだからプレゼント考えてるんだー。もしかして、チョコあげたい子、いるの?」
「えっと、そういうわけじゃないんだけどー…」
口ではそんな風に言っても、頬がぽわっと赤くなる。
小学生なら、初恋の相手かな?
彼女を見ているだけで、こちらまで笑顔になってしまいそうだ。

すると、彼女は少し戸惑いがちな顔をして、あかねの方をちらっと見た。
「ねえ元宮さん…って、編み物とか出来る?」
「編み物?うん、まあ…人並み程度には出来る、かなあ」
得意だと胸を張れるほどではないが、割と出来る方だとは思う。
母が編み物好きだったので、小さい頃から色々と教えてもらっていたのだ。
残念ながら、誰かにプレゼントという甘い想い出はないけれど、自分用に作ったものは今でも結構残っている。
「誰かに編んでプレゼントしたいの?」
「う、うん…」
「そっか。学校のお友達?」
尋ねると、彼女は首を横に振った。
「あのね……イ、イノリ先生……」
恥ずかしそうに彼女が口にしたのは、あかねのよく知る名前だった。
医療保育士のイノリ。
いつも元気いっぱいで、子どもたちと一緒にはしゃいでいる姿が真っ先に浮かぶ。
普段は小児科の患者の面倒を見ている彼だが、各科の子ども患者には目を行き渡らせていて、時々顔を見にやって来たりする。
彼女のところにもよく来ては、遊びに連れ出したりしているし。
そんな彼の生き生きした笑顔に、幼い彼女は惹かれたのだろう。

「マフラーだったら編んだことあるから、出来ると思うんだけど、毛糸をどうしようかなって」
この足では、外出なんで勿論無理だ。
カフェやコンビニ、各種レストランまで揃っているこの病院でも、さすがに手芸店があるわけもない。
毛糸を売っている店だってないし、編みたくても材料がなくては出来ない。
「お母さんには頼み辛いし……」
「うん、そうだよねえ」
小学生とは言え、年頃の女の子。
ほのかな甘酸っぱい想いを、親に打ち明けるなんて恥ずかしい。
「分かった。じゃあ私が毛糸を買って来てあげる」
「ホント?」
「うん。買い物の途中に手芸屋さん寄って、見て来るね」
一緒に働いている同業者だから、彼のイメージや趣味も何となく思い浮かぶ。
例え彼女が母に買い物を頼んだとしても、あかねの方がイノリの似合う色を選べるはずだ。
「だから、リハビリも頑張ってね?夜更かしとか、根を詰めすぎちゃダメだよ?」
「うん、分かった。でも、間に合うかな?」
「間に合うように、ちゃんと手伝ってあげるから!綺麗なマフラー作って、イノリ先生にあげよ?」
いくつになっても、年が違っても、女の子の気持ちは女の子ならちゃんと分かる。
バレンタインというイベントがやって来るたび、妙にドキドキ胸騒ぎするのは、女心というもののせいなのかも。

+++++

その日の夕方、あかねは早めに片付けを終えて病院を出た。
夕飯の買い物と、ついでに手芸屋に立ち寄るために。
「えーと…イノリくんに似合う色かあ」
久しぶりにやって来た手芸屋は、やはりこの時期ならではの毛糸やニットが豊富に並ぶ。
値段もピンからキリまであるけれど、彼女のおこづかいから考えても、そう高価なものは必要ない。
だが、プレゼントにするのだから、あまり安っぽいのもなんだし。
色の種類も多く並び、結構迷ってしまう。

「やっぱり赤かなー。でも、真っ赤っていうのは、男の子にはちょっとねー…」
でも、あの元気の良さと快活さは、イメージとして赤なのだ。
すると、手前にあるグレーの毛糸の中に、赤をミックスしたものがあった。
「あ、これなら良いかな」
グレーが多めなので、赤を主張しすぎないし。グレーが逆に赤をアクセントに目立たせてくれるし。
マフラーのように一枚布に編めば、柄のようになってなかなか良いかもしれない。
「うん、値段も手頃だし…これにしよう」
毛糸玉を5個ほど籠に放り入れ、あとは編み棒や小道具などをチョイス。


「あれっ、あかねじゃない」
急に店の奥から顔を出したのは、二年先輩の看護師だった。
昨年末に二人目が生まれ、現在育児休暇中である。
「なになに?もしかして橘先生に、何か編んであげるの〜?」
「違いますよー。代理でちょっと買い物に来たんです」
籠の中身を見せられると、なるほど…と彼女も納得した。
この毛糸の色は、どう転がっても友雅のイメージとはかけ離れている。
もうしばらく仕事復帰の予定がない彼女になら、事情を説明しても良いか…と、あかねはこっそり秘密の買い物の理由を打ち明けた。
「そっかー。バレンタインだもんねえ、可愛いねえ〜マフラーをプレゼントかー」
「手作りしたいところが、やっぱり女の子ですよねー」
編み物なんて、子どものためにしか最近はやっていないなあ、と彼女は話す。
二人目は女の子だと聞いたから、籠の中にある毛糸はピンクや白のものが殆どだ。
「頑張ってキューピット役、つとめてあげてよ」
それはきっと、憧れ以上には発展しないかもしれないけれど、芽生えた淡い想いは大切なもの。
いつか必ずホンモノの恋に出会うためのリハーサルだ。



***********

Megumi,Ka

suga