天使のお悩み

 001---------
白いガーデンセットに、爽やかなミントグリーンのパラソル。
鮮やかな緑の芝生が、病院という施設の空気を和らげている。
「で、ドレスはもう決まったの?」
「うーん、それがねえ…なかなか決まらなくって」
「何だよ〜。いつになったら決まるんだ?そんなんじゃいつまでたっても、式も挙げられねえじゃん。」
配達に来ていた詩紋を捕まえて、今日のランチは森村と三人。
久し振りに幼なじみたちが集まっての、懐かしい雰囲気が漂う昼下がり。

「友雅さんが駄目なのよー。すっごい注文が五月蝿いの!」
あかねはブツブツと、ドレスカタログの切り抜きを二人に見せた。
胸元が広いのはダメ。足が出るミディもダメ。
男の視線が集まるような、露出度の高いものは御法度。
「……ホンット、橘センセってやきもち焼きだなっ」
「困っちゃう、ほんと」
呆れるようにあかねは言うけれど、実際はその話を聞いている森村や詩紋の方が、ちょっと呆れ気味だ。
全く、整形外科医としては国内外でも名医の彼が、ここまで自分の妻に対してガードを固めるか。
つくづく何というか…よくもこんなにまで夢中にさせたもんだ、とあかねを見て思ったりもする。
「別に胸元が開いていようがさあ、チビの頃から知ってるおまえを見て、今さら萌えたりしねえって、オレ」
「その言葉は、ちょっとムカつく!!」
パコン!とあかねがカタログで森村の頭を叩いた。

「あ、あの…あかねちゃん!ドレスはともかく…先生のスーツとかは決まったの?」
長い付き合いのせいか、容赦なく森村をはり倒しているあかねに、詩紋が慌てて口を挟んだ。
しかし、その言葉を聞いたとたん、あかねがはあ、と溜息を付いた。
「…それがね、それもちょっと問題なのよねぇ…」
「何で。男モノなんか、たいしてデザインも多くねえし、選択肢が狭いんだから簡単なんじゃん?」
確かにそれは、森村の言うとおりなのだ。
基本的にタキシードがほとんどで、ロングコート・フロックコート・モーニングコート…と、さほどバリエーションがあるわけじゃなく。
色だって、白か黒、あるいはサテン地のシルバーなど。
女性のドレスから比べたら、パターンが決まったものばかりだから、悩むなんてあまりなさそうだが。

「…ちょっと写真、見てくれる?」
そういってあかねは、バッグの中から携帯を取り出した。
院内では、医療用の専用PHSを使っているが、普段はどこにでもある携帯だ。
使用可能箇所は限られるが、ここのカフェテラスは利用可エリア。
パカッと中を開け、フォルダに保存してあった写真のデータを開いてみせた。
「ドレスの試着の時、友雅さんも一応スーツの試着とかしてみるんだけどねー…」
覗き込んだその写真を見た森村と詩紋は、思わず声を失った。

「これがね、最初に来たシルバーサテンのモーニングなの。こっちが黒のモーニングで…こっちはクリーム色のロングコートなんだけど……」
「………」
次々に、これまで友雅が試着した写真を、あかねはスライドショーのように見せてゆく。
「で、先週行ったお店で試着したやつが…このグレーのと…ネイビーのショートなんだけど…」
じっと写真を黙って見ていた二人だったが、森村が写真を指差してぽつりと言う。
「あのさ、何でこう普通のデザインの服なのに、橘センセが着ると…ド派手に見えるんだ?」
「ド派手っていうか、それよりも何て言うか…」
続いて詩紋が、言いにくそうな感じで言葉を渋る。
多分、お互いに同じ発想をしているはずだ。
そう思ったので、代わりに森村が代弁した。
「………ホストみてぇ」
「そう!!そーなのよーっ!!!」
森村がこぼしたとたん、あかねがばんばん!とテーブルを叩いた。

「何かねぇー、どう考えても花婿さんってイメージじゃないよねえ?」
「つーか、はまりすぎて逆に怖ぇ」
男から見ても"眉目秀麗"というより、"容姿端麗"という言葉が似合いそうな友雅であるけれど、ここまでしっくり来ると…見ていて気恥ずかしくなるのは何故だ。
「ああいうお店って、女性店員さんが多いでしょ?で、こういうのを友雅さんが着るとね、みんなそのー…ぽーっとしちゃうのよね…」
確かに、こんなカッコの男が目の前に現れたら、女はじっとしてられないだろうな、と二人も納得する。

「あのさ、あかねちゃん。いっそ和式で白無垢と紋付きっていうのは、どう?」
最近詩紋は、従兄弟の結婚式に出たばかりで、その時の白無垢が現代風だったので珍しいなと思っていた。
「今って高島田とか角隠しとかじゃなかくて、洋髪でドレスみたいに着る白無垢があるでしょ?ああいうのも良くない?」
「うん、それも一応…試してみたことがあったんだけど。」
その時は、全身が隠れるからということで、友雅も好印象だったのだが…。
カチカチ…と再びあかねが、携帯の写真を探す。
「これがその時の、紋付きを試着した友雅さんなんだけどー…」

……………再び、無言になる二人。
「どーしてこんな紋付きで、妙な色気が出るんだ?」
どこにでもあるクラシックな紋付き袴で、色も普通の白と黒。
森村も詩紋も、礼服として一枚は持っているものだが、友雅が着ると、やたらにドレッシーに見える。
「友雅さん、私のドレスのこと五月蝿く言うけど、私だってこれじゃちょっと…悩んじゃうよ〜」
けっしてやきもち焼いてるわけじゃないのよ!とあかねは弁解する。
ま、ちょっとはそんな気持ちもあるのだろう。
だが、あかねがそう思うのも仕方がないか…。これじゃ下手すりゃ、花嫁を食ってしまいそうな華がある。


「困るねえ。いくら幼なじみの君らでも、私の天使を独り占めされては。」
トレイにパストラミサンドと、ミモザサラダにアイスコーヒーを乗せて、あかねの背後から友雅が顔を出した。
慌ててあかねは、携帯を閉じて電源を切る。
「私が来るまでの間、一体何の話で盛り上がっていたんだい?」
「あ、あの…あかねちゃんのドレス選びの話でっ…」
一応間違ってはいない。
途中から、花婿の話がメインになってしまったけれども。
「なかなかドレスが決まらないって、こいつ愚痴ってましたよ?」
話をごまかそうとして、森村があかねを指差しながら言った。
「最近のドレスは露出が高くてね。あんなに肌を見せられたりしたら、花婿の立場がないよ」
最後のフレーズを、そっくりそのまま返したい、とあかねは思う。
めいっぱい着飾って華やかにしたいと、ドレスをあれこれ選んでは悩んでいるのに、花婿はどこにでもある礼服を着るだけで、あんなに華やかになってしまうなんて…ちょっと複雑だ。

「さあて…彼女はこちらに、返させてもらうよ。」
既にランチを終えたあかねの腕を、軽く引き上げてその場から連れ出す。
「貴重な昼休みだからね。午後からの仕事に備えて、天使様にパワーを分けて頂かないと。」
「ちょっと何考えてんですかーっ!」
真っ赤な顔をして慌てるあかねを、友雅は問答無用で引っ張ってゆく。
一体どこに連れていくのやら…。
天使様のパワーだなんて、どんなことして分けて貰うのか…考えただけで、こっちが赤面しそうだ。

「あれじゃまだまだ、結婚式本番は先みたいだね、天真先輩」
「…まー、良いんじゃね?どっちみち籍入れる前から、既に新婚気分だからな、あの二人」
それを見せつけられる方としては、少々むずかゆくなってしまうのだが。




-----THE END-----




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