誓いのキスは何度でも

 001---------
ジングルベルが鳴り響き、大きなもみの木に明かりが灯る。
ポインセチアや星飾り、赤、白、金、銀、きらきらと華やぐ町中の風景。
もうすぐやってくるクリスマス。
そして2013年が終わりを迎えるまで、あとほんのわずか。

「はい、そうです。内容に間違いありません。はい、これでお願いします」
片手に受話器、手元にはFAX用紙が数枚。
それらに目を向けながら、あかねは電話の相手と話を続けている。
かれこれ10分近くになるだろうか。だが、これで終わりではない。
この電話が終わったら、次は別の相手に連絡をしなくてはならないのだ。
「大丈夫かい?」
「うん、発注した通りにちゃんと承りましたって」
「良かった。じゃ、こっちは私が連絡しておくから、ひと休みしてお茶でも飲んでおいで」
受話器を受け取った友雅は、書類の上に書かれている電話番号を押す。
ふと目をやると、加湿器のタンクにランプが点いていた。そろそろ、水を足さなければならない。
部屋が暖まるのは結構だが、空気が乾燥するのは困ったものだ。

戸棚の中から取り出した、黒く艶のある紅茶缶。
こまごまとした事務作業に疲れたので、今日は少し良さげな茶葉を使ってみる。
ティーサーバーとカップを二つ、シュガーポットにミルクピッチャーをトレイに乗せて再びリビングへ。
「終わりました?」
「ああ。そのまま進めてもらうように頼んだよ」
テーブルの上に置かれた3つのクリアファイルには、何枚もの書類が挟み込まれている。
2週間かけてチェックを重ね、取り敢えずこれをもってすべて確認は済んだ。
あとは業者に任せて、まずは一段落といったところ。
ポットの中から注がれる、香しいルビー色の紅茶。
耐熱ガラスの方が目にも楽しめたかな、と少し後悔しながら交互にカップへ紅茶を注ぐ。

「でも、何かドキドキしちゃうなあ…」
ちらっとあかねが視線を向けた先にある、きらきらしたパールホワイトのファイル。浮き彫りの文字は、"WEDDING PLAN"。
開かなくても全て頭に入っているくらいに、隅から隅まで熟読した。
最近の愛読書と言っても良いくらいに。
「人前でドレス姿見せるの、初めてですもん。どんな目で見られるのか、考えただけでも緊張する…」
散々試着して、散々悩んで満足行くドレスを決めた。
アクセサリーひとつにまでこだわって、妥協一切なしのウェディングドレス。
だからこそ見せびらかしたい気持ちはあるのだが、やっぱり他人がどう感想を持ってくれるか気になってしまう。
「そんな心配などしなくても、みんな"綺麗だ"と言ってくれるよ」
「うーん…そうかもしれませんけど、女性からの目は厳しいもんですよ?」
女性にとって花嫁姿は、いずれ自分が同じ舞台に立つための参考になるものでもあるから、見る目が肥えてしまうのも仕方ない。
特にあかねもこれまでに数回披露宴に参加し、何人かの花嫁姿を目にして来た。
あんなドレスが良い、あのティアラのデザインが素敵だった、モダンな現代風の和装も良いな…と、同席した友人たちと後々まで話に花が咲く。
花嫁衣装に身を包めば、誰だってお姫様クラスの華やかさと美しさで光り輝くと分かっていても、"自分の時はもっと…"と理想が高くなる。

「みんなを羨ましがらせたいなあー…」
「私は間違いなく、男性陣に羨ましがられると確信しているけれどね」
友雅の手が、あかねを後ろから抱きすくめる。
「天使を花嫁にした幸せ者を、羨ましがらない男がいるわけないだろう?」
この腕で彼女を抱きしめ、見つめ合い、愛の言葉を囁くことを許された唯一の男として。
もしも自分が他人だとしたなら、羨ましいどころか妬んでしまいそうだ。
「まあ、そんなことはさせないけれど」
これまでに数々の敵と向き合って来たが、これに関しては自分が劣るはずがない。
彼女を見つめて来た時間、二人で過ごして来た時間が、世界中の誰より勝るわけがないのだ。
「あ、だめ!ミルク入れて飲んでください」
あかねの肩を抱いたまま、友雅はテーブルの上にあるカップを取り寄せ、口に運ぼうとした。
「良いよ。ストレートの方が、香りを楽しめる」
「だめです!少しでもカフェインを和らげるためにも、ミルクは多めに入れてください」
もう夜なのだから、本当ならノンカフェインのハーブティーなどが良い。
けれど、買い置きが切れていたので、今回はミルクで応急処置的を。

だが、友雅はそんな彼女の言葉も構わず、ストレートのまま紅茶を口へ運ぶ。
「別に、早めに寝付こうなんて思っていないけど?」
近付けた唇から、茶葉の甘い香りがする。
ほんのりと花を思わせる、華やかで甘美な香りに誘われたのか、それとも彼の囁きのせいなのか、どちらからともなく触れて行く唇と唇。
柔らかなミルクの風味が彼女の舌先を通じて、こちらにも伝わって来る。
「ふっ…あかねもストレートでどうだい?お互いに眠れなくなった方が、何かと都合が良いんじゃないかな」
「まったくもう…どういう意味ですかそれは」
気付いているくせに、わざと仕掛ける。
その証拠に背中にまわる手と、天使の微笑み。
やっぱり---------彼女には敵わない。


+++++


師走だし、世の中はとにかく慌ただしい。
年末に余計なことを片付けてしまおう、とは誰もが思うことである。
特に年末年始、新しい年を明るい気分で迎えようと、外来の待合室は毎日溢れんばかりだ。
外来だけではなく、入院病棟の方も同じ。
治療の進行が順調であれば、早めに退院したいと申し出る者や、せめて年末年始は外泊許可をもらえないかという患者も多い。
そういうわけで、院内はどこの部署もドタバタしている。古い言葉で言えば、てんてこ舞いというそんな感じ。
故に、時間の流れは異常な程に早い(と皆が感じている)。

「はあ、今度の忘年会では、思いっきり楽しませてもらうわー」
別の科からヘルプに来ていた看護師が、ナースステーションで小休止しながらカレンダーを見る。
明後日は、プライベートな忘年会。
儀式的な職場の忘年会ではなく、気心の知れた者たちだけを募っての労い会だ。
上下関係など完全無視をテーマに、ドクターも看護師もクラークも栄養士も、果ては部外者まで招き入れての無礼講システム。
「ねえ、幹事の片割れさん、当日までやっぱりシークレットなの?」
声を掛けられたのは、奥でカルテチェックをしているあかねだ。
今回の幹事は友雅とあかね。会場となる店選びと、会費だけしか参加者に伝えられていない。
どんな料理が出るのか、イベント的なことは計画しているのか、二人に尋ねても"当日のお楽しみ"としか言わない。
「心配しなくても大丈夫ですよー。会費の割には結構良いメニュー、用意してくれるように頼んでますから」
「んー、まああのお店なら色々評判良いもんね。この時期に、よく貸し切り取れたよねえ…やっぱ先生のおかげ?」
大概の人が耳にしたことのあるその店は、カフェレストランとしても、バーラウンジとしてもちょくちょく雑誌に取り上げられている。
年末年始やイベントの時期は、予約を取るのが大変だと聞いてはいたが、そこは指摘通り友雅の力があっての事。
オーナーの一人娘が事故で搬送されたとき、友雅が治療してくれたという過去が功を奏した。
二人が企てたサプライズ演出についても、全面的にバックアップしてくれているので、来場客を驚かせる手はずは万全だと思われる。

「今回は安倍先生も来るって言うし、少しめかしこんで行こっかな〜」
「どーぞどーぞ!オシャレしてきて良いですよ!大歓迎ですよ!」
だって、こっちは純白のウェディングドレスだ。みんなが普段着でやって来られたら、ますます肩身が狭くなる。…って、花嫁本人がいうのもヘンなのだけど。
お店がお店だから…と一応理由をつけ、簡単なドレスコードもお願いしてある。
みんなそれなりの格好をして来るだろうが、派手なら派手なほど有り難い。
「さてと、忘年会を楽しみにして、あとひと頑張りしますかね〜」
ほんのわずかの休憩タイムじゃ、雑談くらいの息抜きしか出来ない。
積み重なった疲労は、思いっきりパーティーで発散してしまえば良い。

…楽しんでもらえるかなあ。
忘年会とクリスマスと、秘密の……サプライズ。
ドレスアップした自分たちを見て、みんな当日はどんな顔をするだろう。
迫り来るその時は、既にカウントダウンがスタートしている。




***********

Megumi,Ka

suga