Stand By Me

 16

「理由は聞かないの?」
顔を上げると、彼はまっすぐこちらを見ていた。
「仕事熱心なんて、とても言えたものじゃない私が、どうしてそんなことを思い付いたか。その理由は聞きたくないの?」
「……」
これまでに度々耳にしていたのは、
"仕事なんて適度に好調なら良い"、"現状維持で十分"。
時々スルーしたがる彼の背中を、突いたり押したりすることもあった。
それくらい、あまり上昇意識を持たない人だったから、確かにこの改革的な企業拡大には驚く。
だから、噂であっても気になっていた。
どんなことを考えているんだろう。
一体彼は、これからどんな方向に店を向かわせるつもりなんだろう。
…でも、色々な考えを浮かばせては、いつもひとつの答えに落ち着いた。

「鷹通には尋ねたんだろう?どうして…って。彼に尋ねたのに、何故理由を私から聞き出さないの」
「い、いいです!友雅さんのお仕事のことですもん、私が知っても仕方ないしっ」
そう…この答えに辿り着く。
"自分が知っていても、仕方ないことだ"。
この言葉が、不安や戸惑いを一旦沈静化させてくれた。
ただし、それはその場凌ぎでしかないが。
「どうして?」
「どうしてって…あたりまえじゃないですか…。私が知っても意味、ないじゃないですか」
私は、彼の仕事に対しては部外者だ。
忙しいからと言って、手伝いが出来るわけじゃない。
仕事の分野が全く違うし、彼の考えていることは何も分からない。
今だって、これからのことを丁寧に話してはくれたけれど、私には思いも着かないことばかりだった。
そんな私が詮索したところで、それは邪魔でしかない…。
「友雅さんのお仕事のことだもの。他人の私が首を突っ込んだら、迷惑になるだけだ…し」
訳の分からない人間が、口出しなんかしない方が良い。
「だから…良いです。知らなくても」
良いんだ、理由なんて…知らなくても。
彼にはそれらを現実にするビジョンが、ちゃんとあるのだから。
手を貸せない私がそこに存在しなくても、彼の世界は広がって進んで行く。

分かっているのに--------その都度、胸の奥がきゅうっと詰まって、息苦しくなる。



「じゃあ、あかねが知るべき理由が、あるとしたら?」
「え…?」
息苦しさを誤摩化すために、アイスティーを喉に流し込むと、友雅がそう尋ねた。
「仕事の方針を変えることが、あかねにも関係していることだとしたら?」
彼の仕事に、私が関係している…?
そんなの、いくら考えたところで思い浮かばない。
図書館司書でしかない自分が、業界トップクラスの店を経営する彼の仕事に、どう関係してくるというんだ。

答えに詰まっているあかねを見て、友雅は一度目を閉じた。
そして、軽く頭を横に振った。
「…いや、こういう尋ね方はずるいな。そもそも、言わなかったのは私だ」
今までの考えを払拭するかのように、頭の中にあった考えを払い除けようとした。
「私が先延ばしにして、何のかんのと…自分を誤摩化していたからだね」
自覚はとうにあったはずなのに、見ないふりして理解していないふりをして。
目の前にある彼女との楽しい時間だけを、捕らえようとしながら日々を過ごしていたけれど。
でも、自覚というものは、どんなにスルーしたって消えはしない。
自分自身がそれを受け入れて、一歩動かなければ昇華することは絶対にない。

「氷、入れてくれるかい?」
友雅は、空になったグラスを指差して言った。
あかねは立ち上がり、彼のグラスを取ろうと手を伸ばした-------その手を、掴まれて引き寄せられた。
がくりと身体から力が抜けて、そのまま腕の中に滑り込んで、彼のぬくもりに包み込まれる。
「あかねのためでも、あるんだよ」
耳元で、囁くように声がする。
小さい声だけれど、抱き合っているからしっかり聞こえる。
こうして密着しているから、どんなにかすかな声でも耳が捕らえる。
「今みたいな肩書きでは、君の両親を説得なんて出来ないじゃないか」

………え?

「いくらそれなりの収入があろうが、夜の商売をしている男を歓迎する親が、そうどこにでもいるわけがない」
………え?

「だからだよ」
………え?

強く、腕が身体を抱きしめる。
声が聞こえなくなったあと、耳朶に唇を添えて。
強く、強く、逃げられないくらいに強く抱きしめられる。

今のは…何?
彼の声はちゃんと聞こえたのに、もう一度その声を聞きたくてたまらない。
何て言ったの。
何て言ってくれたの。
彼の心は、この声に乗って…どんな言葉を囁いてくれたの。

「本当は、ある程度軌道に乗ってから…って思っていたんだ。でも、それはただ私が、勇気がなかったからだね」
永遠が欲しいから、変わろうとして。
でも、すぐに変化することは無理だったから、気持ちを押し殺して抑えていたら、そのうち決心というものを見失った。
そして、ずるずると惰性だけの日々。これまでと何ら変わらない、過去と現在しかない生活。
だけど…やっぱり君の顔を目の前にしたら……。
友雅は両手であかねの頬を包み、キスの距離まで顔を近付けた。
「ほら、そんな顔をされたら…隠しきれないじゃないか」
苦笑いしながら、照れ隠しで唇を重ねる。
隠しきれない。
潤みかけた瞳を輝かせて、出せない声に奮える唇を見せつけられたら、もう立ち止まってはいけないと背中を押された。

「も…いちど…言って」
シャツをぎゅっと握りしめ、あかねが振り絞るような声を出す。
「何て言ったか…分かんない…もう…一度」
「聞こえないふりなんて、ダメだよ。私だってその一言を言うのに、かなり心の準備が必要だったんだから」
"好き"とか、"愛している"とか。
彼女に出会ってから、いくらでも口にして言い慣れて来たけど、それとは違う心の言葉だ。
そう何度も言えないし、心構えも出来ない。

でも。
「だめ、もう一度言ってください!」
彼女にせがまれたら。
「聞きたいの、もう一度友雅さんの声、ちゃんと聞きたい…!もう一度だけ…」
「ふう…。少しはわがままを言えといつも言っているけど、こういう時にそれを言うとはね…。困った姫君だな」
断れない。
敵わない、君には。
心を捕われてしまった自分には、君から目を背けることは出来ない。

一度しか言わないよ。
----再び、彼女の耳元に唇を寄せて。
心の中の想いを、もう一度引き上げる。


--------------------君との永遠が欲しい。



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Megumi,Ka

suga