Stand By Me

 15

「私の方から、話そうか」
あかねが黙っていたのを、話したくないと捕らえたのか、友雅の方から話を切り出した。

「店のことについて聞いていたらしいね。閉店するのか…とか休みが多いとか?」
鷹通に聞いて、彼女がどんなことを尋ねていたかは知っていた。
どうして店の休みが多いのか。
閉店するかもしれないという噂が、巷で囁かれていること。
「その噂、どこで聞いたんだい?」
「…え、あの……と、友達から……」
友人や、友人の同僚や、周囲の店の従業員から。
"いつどこから漏れるか分からない。"
つい先日鷹通とそんな話をしていばかりなのに、こんなにも早く現実になるとは。
「それで気になって…」
「店に電話したら、定休日だったんだね」
小さく、あかねは首を縦に振った。
運が悪いものだ。昨日だったら営業していたのに、今日に限って彼女にそれを知られるなんて。
そうすれば、もう少し誤摩化しきれたかも……。

……ああ、ダメだな。
そんな逃げ口を探してばかりだから、こんなことになったというのに、未だに往生際の悪いことを考える。
自分で喝を入れなくては。
そんなことばかり続けたって、永遠は遠ざかるだけだと戒めの言葉を唱えて。


「それじゃ…あかねの聞きたかったこと、すべて教えるよ」
少しずつ口にしたグラスのアイスティーが、半分まで差し掛かったあたりで、彼はそれをテーブルの上に戻した。
そして少し前屈みになり、膝に肘をついてあかねと向き合った。
「まず、『JADE』は閉店しないよ。ただ、今後は少し営業方針が変わると思う」
営業方針の変更?
閉店はしないと彼に告げられて、少しはホッとしたが意味がよく分からない。
「今のようなクラブ、ラウンジのような店じゃなく、ワインバーみたいなものになるかな」
これまで店で取り扱ってきた、イタリアワインを中心に揃えるカジュアルな店にする、と友雅は言った。
あかねはびっくりした。
まさか、『JADE』をそんな方向の店に変えるなんて、思ってもみなかったからだ。
「じゃ…移転するんですか?」
「いや。元々あそこはうちのビルだし、あの場所で、営業形態を変えるだけ」
そう、『JADE』の入った15階建てのビルは、自社ビルなのだ。
地下に『JADE』、2階から上はテナントとして貸し出していて、以前彼のプライベートルームだった14、15階のフロアは、現在パーティー用のレンタルスペースになっている。
繁華街の中心地に、あれほどの自社ビルを持てるということ。
その現実を目の当たりにすれば、それだけで『JADE』=彼の実力と経済力がどれほどか、予想がつく。

「色々とね、今までにない変化を考えているんだ」
1Fはバールのような、カウンターで立ち飲みも可能なワインバー。
現在『JADE』のある地下は、事務所とワインセラーに改造予定。
2Fは1Fとは逆に、席に着いてワインを楽しめるような店に。
「そんなに…変わっちゃうんですか」
「ああ。まだ予定だから、着手するにはもうしばらく掛かるけど」
あかねは友雅の話に、驚きながら耳を傾けている。
確かに、驚くだろうね…。今の雰囲気とは、あまりにもガラッと変わってしまう。
友雅自身も第三者的な目で見れば、ここまで変貌して良いのかと思うくらいだ。
でも、変わらなければならない理由がある。
だから、動き出せる。
「お客さんはやっぱり、女性専用なんですか?」
「違うよ。新しい経営指針になったら、男女問わず気軽に楽しめる店にする。」
「えっ…そうなんですか…」
「これまでのお客様が、彼氏同伴で訪れてもらえるような感じの店も、良いかなと思ったんだよ」
『JADE』もこの業界では、そこそこの老舗と呼ばれる店になった。
こういったスタイルの店ならば、結婚して環境が変わった女性も、引き続き足を運びやすいだろう。

「というわけで、『JADE』についてはこんな感じ。最近休みが多いのは、プランナーやクライアントとの打ち合わせが増えたからだよ。分かってくれたかい?」
「う、うん……」
一通り話を終えた友雅は、もう一度テーブルの上のグラスを手に取った。
随分氷が溶けてしまったけれど、冷たさも味わいも柔らかくなって飲みやすくなっている。
あかねのグラスは氷が消滅してしまって、水とティーが二層に分かれていた。
「その他に、聞きたいことはあるかい?どんなことでも、教えるよ」
そう言って友雅は、穏やかにあかねを見つめて微笑む。
普段となんら変わりない、どこか艶のある眼差しをこちらに向けて。
「あ、あのっ…天真くんが…!」
『JADE』については驚きばかりだったが、意味は理解した。
だが、天真のことが残っている。
何故彼が、イタリアンの店で働いているのか。それが分からない。
「もしかして天真くん、『JADE』を辞めたのかなって…言ってて」
「いや、そんなことはないよ。彼はああ見えて、仕事は真面目だからね。そう簡単に手放せないよ」
性格はざっくばらんで、それは客に対してもそう。
だが、絶対に非礼はしない。
くだけた態度も、相手を不快にさせるようなことはしないのが、彼の魅力だと友雅も認めていた。

「天真にはね、今研修をさせているんだよ」
「研修……?」
「そう。新しく始める、別の店のためにね」
またも初耳の話が、友雅の口から発せられた。
新しい店?『JADE』とはまた別に、違う店を開店するのか?
「近いうちに、トラットリアを開店することになってる。天真たちはいずれ、そちらに移ってもらおうと思ってるんだ」
「トラット…リア…って、レストラン…ですよね!?」
バーやラウンジじゃなくて、イタリアンレストラン?
これまでは夜の商売と言えるジャンルだったのが、あまりにもそれは宗旨替えではないか。
あかねの驚きは、これまで以上の大きさだった。

「今うちにいるスタッフは、おそらく殆どが店の従業員にスライドする。だからみんな、あちこちの店に研修に行っているんだよ」
天真だけじゃなく、頼久も別の店に研修に行っている。
裏方スタッフの泰明は、ソムリエ資格を活かしてワイナリーへ。
たまに鷹通の補助もしてくれる永泉は、テーブルコーディネイトの研修へ。
「そんなこと、してたんですか…」
「ああ。鷹通の母上にも、アドバイザーになってもらってね」
小さな店でも、隅から隅までイタリアンにこだわって。
シャンパンやワインなどの食材は当然ながら、内装の建材にまでイタリアの製品を取り揃えた。
「いずれはトラットリアをメインにして、上手く行けばその方面で事業を拡大出来たら、とかも思っているよ」
まだ開店もしていないのに、気が早いけれど、と彼は笑った。


友雅からの話は驚きの連続で、目が回るほどの展開だった。
予想もしていなかった、『JADE』の変化。
そして、新しく繰り広げる予定のプラン。
彼がこれから進めようとしているものは、あかねにはとてつもなくスケールの大きなものに感じた。
「本格的…に事業拡大するんですね…」
「拡大というより、改革という感じかもしれないね。ずっと前から、少しずつ勧めて来ていたんだ」
自分で事業を経営し、それらを切り開いて行く。
友雅には、それだけの力と権力が備わっている。
ただ雇われて働いて、給料をもらっている自分とは…桁違いだ。
自分の方が一般的なのだけれど、彼が望むものはずっと自分より上。
どんなに背伸びをしても、あかねには見えないものを彼は見ている。



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Megumi,Ka

suga