Stand By Me

 14

テーブルの上に置きっぱなしのウォータージャグ。
冷蔵庫に戻さねばぬるくなってしまうと、分かっていながら放置している。
氷をたっぷり入れたグラスに、注がれた濃いめのアイスティーも、そろそろ飲み頃になっている。
なのに、あかねは携帯を握りしめたまま、ぼうっとリビングに座り込んでいた。

広い部屋の中で、フロアライトだけが輝いている。
間接照明はぼんやりとした光で、とても明るいとは言えないけれど、今はこれくらいが丁度良い。
普段浴びている明かりでは、身心も受け入れきれなそうで。

手の中に携帯があるのに、あかねはそれを眺めているだけだった。
モニタ画面をたまに見たりして、時折何気なく通話履歴を表示してみたり。
つい最近の履歴に映る名前は、鷹通の名前と電話番号。
彼の携帯じゃなく、鷹通の携帯だ。
本人に直接聞けば良かったのに、何故だかそれが出来なくて。
気付いたら、鷹通に連絡していた。
いつもいつも、鷹通には申し訳ないことばかりだ。
優しくて真面目で、彼に一番近いところにいる人だから、甘え過ぎてしまうのかもしれない。
プライベートのことなんて、全然関係ないのに。
この間だって急に店に行ってしまい、開店中だったのに慌てさせてしまって。
友雅へのプレゼント選びにも、アドバイスをもらったりしたこともあった。

…ホント、迷惑ばっかり掛けてる…。
お仕事中にドタバタさせるなんて、業務妨害してるようなもんじゃない。
何やってるんだろ、私。
彼の仕事の邪魔はしちゃいけない…なんて思いながら、結局は余計な手間を掛けさせて。
こんなんじゃ…仕方ない。
お店のことなんて話したって、しょうがないよね…。
邪魔になってるだけじゃない…。
部外者でいるほうが、よっぼど有り難いよね…。

喉の奥がきゅうっと詰まって、目の奥がじんわり熱くなった。
あかねはアイスティーをぐっと飲み込んで、何とか気を紛らわそうとした。



----------軽やかに響く、インターホンの音が聞こえた。
デジタル時計の数字を見ると、もうすぐ午後11時。
相手が誰か分かっていても、彼にいつも言われている通りに、モニタで外を確認してからロックを開ける。
立ち上がって、まずモニタのところへ移動。
だが、それを待たずにロックが解除され、玄関のドアが自分で開いた。
「友雅さ…ん…」
彼が先にドアを開けることは、今までに一度だってなかった。
ここは彼の部屋なのだし、彼が自分で開閉出来る権利も方法も得ている。
自分で鍵を開けて入って来ることくらい、当然のことではあるのだが、彼女にロックを外してもらってから、部屋に入るのがいつもの彼だった。
「お、おかえりなさい…」
玄関に行き、ブリーフケースを受け取る。
彼の手が肩に伸びて、おかえりのキスと思いきや、彼の唇はあかねの髪に触れた。

「そっ…外、雨降ってましたっ?」
「ああ、ちらほらね」
「そ、そうですね。今日は夜遅くから、雨って予報にもありましたもんね…」
ブリーフケースを抱えたあかねを、友雅は腕に抱く。
会話が少しぎこちないけど、無言でいるよりはマシだ。
「の、喉乾いてません?アイスティー冷えてますよ?カ、カフェインなしだから、夜に飲んでも大丈……」

「あかね」
どきん。
名前を呼ばれて、心音が大きく響いた。
初めて自分を名前で呼んでくれた時とは、全然違う心音の揺れだ。
「……少し、話をしよう」
ふっと腕の力が緩んで、あかねは友雅から開放された。
立ち話で済むようなことじゃない。ゆっくりと腰を据えて、話をしなくては始まりも終わりもない。
彼女に伝えなければならないことは、知ってもらわねばならないことは、あまりにも多い。
それらはすべて、積み重ねた時間が長いほど大切なものばかり。
そしてそこからまた、新しい何かを紡ぎ出すためにも、知らぬ振りは出来ない。


+++++


金曜日の夜。
明日もあかねは仕事なので、普段なら遅くならないよう寝かせてくれる。
けれど……今夜はどうだろう。
アイスティーの入ったグラスは、テーブルの上にふたつ。
氷によってお茶が少しずつ色を薄め、時間の経過を表している。
まるで、水時計のようだ。

友雅はソファに腰を下ろし、身体を背もたれに預けたまま目を閉じ、天を仰いだ。
あかねはといえばフロアに座って、グラスを前に黙っている。
テレビも付けず、音楽も流れていない。
窓を開ければ波の音が聞こえ、涼しさを醸し出してくれるけれど、いつ降り出すか分からない天気では、開け放つことも出来なかった。

……ここまで、来てしまったか。
ひとり、彼は自分に対してつぶやいてみた。
もっと形が整ってからと思っていたけれど、運命というものは意外とせっかちで、待ってくれなかった。
いや、もう十分待ってくれていたのだろう。
自分がうやむやにして、わざと時間を長引かせていたのだ。
目の前にある大切なものを、永遠に手放さないために必要なこと。
それを考えながら土台を固めていたが、まず一番に重要なものを乗り越えなくてはならない。
決心とか、勇気とか…そんなことをこんなに真剣に考えたのは、生まれて初めてのことだった。
だからここまで来てしまったけれど。

……そうだね、口にしなくては伝わらないね。
少しだけ呼吸を整えて、友雅は姿勢を正し、ゆっくり目を開いた。

「あかね、さっきは鷹通に、何を聞きたかったんだい?」
友雅が声を上げたとたん、あかねはびくっと背中が震えた。
一瞬で、自分の行動が蘇ってくる。
友人たちと別れたあと、タクシーを待ちながら『JADE』に電話を掛けた。
店に直接電話してみれば、営業しているのか定休日なのか分かる。
金曜日は営業しているはずだから、マネージャーの鷹通が電話に出てくれるはずだった…。
なのに、向こうから聞こえて来たのは、事務的なアナウンス。

"申し訳ありませんが、本日は定休日となっております。後日、またのお電話をお待ちしております"



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Megumi,Ka

suga