Stand By Me

 12

「あれ?今日はよそ行きな感じ。もしかしてデート?」
閉館後、帰り支度をしていたあかねを見て、先輩職員がそう声を掛けた。
今日は金曜日。これから友人たちと、約束があるのだ。
いくら女性同士と言っても、ファッションやメイクなどは気にしてしまうもの。
むしろ同性だからこそ、気合いが入るところもある。
「それじゃ、お疲れさまでしたー」
用意を済ませ、早めにあかねは外に出る。
待ち合わせの場所に行く前に、立ち寄らねばならないところがあるからだ。

店に着き、店員に声を掛けて用件を言うと、カウンターの方へ案内された。
しばらくそこで待たされ、数分後にやっと目的の物を抱えて、店員が戻って来た。
「ご確認を御願い致します。こちらのレザーウォレットですね」
ケースから取り出したウォレットが、あかねの目の前に現れた。
英国産のブライドルレザーで作られた、しっかりとした長財布。
色はダークグリーンを選んだ。彼の店のイメージで。
「はい、間違いありません」
「ありがとうございます。では、お包み致しますので御待ち下さい」
それからまた数分待たされ、ようやくギフト用に整えられた品物が届けられた。
シンプルだけど、丁寧な仕立て。
値段は少々張ったが、長く使えば使うほど味が出るのが、こういうレザーの良いところでもある。


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駅ビルのある場所から、地下鉄で2つ先の駅。
この路線沿いの街はどこも賑やかだが、彼が心配するほど物騒な雰囲気ではない。
居酒屋も多数あるが、洒落た本格レストランなどもある。
夜遅くまで人が途絶えない地区だ。
「ホントに久しぶりだよねえ〜!」
同じ言葉が繰り返されるが、オーダーされたドリンクはみんなバラバラ。
ビールにジンジャーエールとカシスサワーに、あかねの手元には烏龍茶。
「お酒飲めばぁ?今でも毎日素敵なバーテンさんに、特別なカクテル作ってもらってるんでしょ?」
「そんな、毎日アルコール飲むほど強くないよー」
みんなプライベートのことは知っているから、隠すことなんて殆どない。
彼の部屋に入り浸っているのも、学生の頃から筒抜けだ。
「そっちだって、こないだ聞いちゃったもん!社内恋愛進行中ってホント?」
「えー?ちょっとちょっと、もっと聞かせないよー!」
個室を取ってもらって、本当に良かった。
想いっきり学生時代の感覚に戻って、大はしゃぎしても気にならない。

ドリンクも2杯目をおかわりして、盛り合わせも追加オーダーが必要になってきた頃。それでもまだまだ、おしゃべりのネタは尽きない。
「へえ、もうご両親には挨拶してるんだ。じゃあ、将来のことは決まったようなもんだね」
ガールズトークに必須の恋バナだけで、話はいくらでも膨らんで進む。
卒業して数年も過ぎれば、新しい話題に事欠かない。
「そうだよねえ、ほら、ゼミで一緒だった子。あの子もこないだ婚約したって、噂に聞いたもの」
「早い子はどんどん、固まっちゃうねえ。で、あかねの方は?」
「えっ、私?」
急に話の矛先を向けられ、持っていたグラスが滑りそうになった。
「この中で、一番付き合いが長いのって、あかねでしょ。どうなの?橘さんとそういう話は」
「ええと……」
自分が現在戸惑っている話題を振られ、どう言えば良いのか返答に困った。

部屋のドアがノックされて、店員がオーダーを運んできた。
空になった食器を片付け、その代わりに新しい料理をテーブルに置く。
盛り上がっていたおしゃべりも、他人がいる時は控えめになる。
するとその店員が、やや遠慮がちにこちらを覗き込んで来た。

「あのー…人違いでしたら申し訳ないのですが…」
彼の目が、あかねの方を見る。
「ええと…『JADE』の橘さんの恋人さん…ですよ、ね?」
いきなり見ず知らずの人に言われて、びっくりしているあかねを皆が一斉に見た。
えっ…この人、誰?
記憶をあれこれと紐解いてみるけれど、ぱっと思い出せないということは、あまり付き合いが深かった相手じゃないと思われる。
見た目は天真と同じくらい…だから、自分たちと同世代。
身長もあるし、見た目もなかなか。
髪の色や服装によっては、女性に囲まれそうな店にいても見劣りしなさそう。
「ねえ、どうしてあかねのこと、知ってるの?」
友人も不思議がって、直接彼に尋ねてみた。
「ああ、いきなりすいません。実は俺、去年まで『Primal』にいたんですよ」
店名を聞いて、友人の方が先に気付いた。
『JADE』のある地区には、同じ類いの店が多く存在する。
一般的なクラブやラウンジ、そして流行り系のホストクラブ。
この彼がいたという店は、つまり一般的などこにでもあるホストクラブだった。
「あそこらの店に勤める人間にとっては、橘さんは有名人ですからねえ。恋人さんを巡っての一悶着も、今は伝説ですよ」
「ええっ!?そ、そんなこと広まってるんですかっ!?」

あかねを巡っての一悶着。
以前、店に来る途中だったあかねを、近隣のクラブの従業員が連れ込んだことがあった。
彼女からSOSの連絡を受けて迎えに行った友雅が、店に多額の席料+誓約を叩き付けた一件。
誓約、それは『自分の恋人を構うな』と。
「なにそれ!そんなことあったのぉっ!?」
「うわー、ドラマか映画みたいじゃないそれ!」
「そんなこと言われたんで、もう恋人さんは俺たちにとっちゃVIP扱いですよ」
何だか自分の知らないうちに、とんでもない展開になっていたらしい。
でも…となると、あの辺りで自分は、友雅の恋人として認識されているのだ。
『JADE』のオーナーの恋人。だから、変なちょっかいを出したらいけない。
それだけ彼にとって、大切な人であるから。
…色々考えたら、顔が熱くなって来た。アルコールは、まだ飲んでいないのに。

「えーと…それでですね。せっかくなんで恋人さんに、ちょっと聞きたいことがあったんですけど」
「え?私にですか?」
熱を帯びた頬を両手で包んだまま、あかねは彼の顔を見た。
「ええ。あの、変なことを聞くようですけど…『JADE』って最近どうなんですか?」
彼が怪訝そうな顔をして、こちらを見る。
「前の店の奴とまだ付き合いあるんですけど、よく話に出るんですよね。最近お休みが多いんでしょう?」
その話が出た瞬間、友人の視線があかねの方に向けられた。
今回の食事会を計画した、来年渡米予定の彼女だ。
そう、彼女も以前会った時に同じ話をしていた。
最近『JADE』の休業日が増えた、と。
「何か橘さんやマネージャーの…藤原さんでしたっけ?店が休みなのに、よく出勤して来たりしてるとかで。何なんだろうって不思議がってんですよ、みんな」
同じだ。彼女がこの間言っていた噂と、まったく同じことを彼は言っている。
同席している彼女も、まさか自分が言った噂が別の口からも聞けるとは思ってなかったようで、少し驚いている様子だった。



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Megumi,Ka

suga