Stand By Me

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「もちろんお二人とも、少々年令の差はありますが、そのことで今までに不快感なことがおありでしたか?」
出会った頃は、こちらは既に今の店を営んでいて、彼女は普通の女子大生。
年齢差はもちろんのこと、日常生活の感覚もまるで違っていた。
けれど、お互いの相違に気付けば、それは新鮮な新しい発見になり、またひとつ楽しみが増える。
あかねと過ごす時間が増えて、何度も繰り返されて来た。
「相性というのは、年齢差などで計れるものではありませんしね」
同世代でも、噛み合ない相手はいくらでもいる。
生活水準が同じでも、感覚が重なり合わない人々は多い。
それらの括りを取り払ってしまえば、自分自身本当に相性の良い相手が見つかるのかもしれない。
「ですから、あかねさんは橘さんにとって、相応しいお相手かと思います」
「…それはつまり、エールと捕らえていいのかな」
「あかねさんのおかげで、オーナーが仕事熱心になって下さって、私としても感謝したい方ですし」
鷹通はパソコンのモニタを見つめ、友雅は再びソファに腰を下ろして。
互いに顔を合わせないけれど、同時に軽い笑い声が浮かんだ。

「まさか鷹通から、恋愛指南をされるとはねえ…はは」
「そう思われるのでしたら、出来るだけ早いうちに、ここの封筒をあかねさんに渡して差し上げて下さい」
多分彼女は、真実を知らされて驚愕するだろう。
でも、彼の本心を聞いたら…きっとすぐに笑顔で応えてくれる。
いや…やはり泣き出してしまうかも。
嬉しくてたまらなくて、涙を堪えることが出来なくて。
彼の腕の中で泣きじゃくりながら、幸せをかみしめる彼女の姿が、鷹通には見えた気がした。


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昼休みの時間になったので、あかねはランチボックスを手に休憩室へ向かった。
今日はかなり蒸し暑い。夕べ少し雨が降ったせいで、湿度が高過ぎるのだ。
四方の窓を全開にし、室内の空気を入れ替える。
それほど強い風ではないが、無風の閉め切った部屋にいるよりは清々しい。

昼食を摂りながら、携帯のメールをチェックする。
数件のDMをさらっと流し見して、必要な内容だけをひとつずつ開いてみる。
するとその中に、見覚えのあるアドレスが表示されていた。
先日、ここに顔を出した友人だ。
メールの内容は簡単なもので、先日の賃貸についてのことと、また一緒に食事でもしないかという誘い。
しかも今回は二人だけではなく、同じ同級の友人たちも何人か集めて、とのこと。

「みんな久しぶりだなあ…」
卒業したばかりの頃は、みんな慣れない仕事場でのストレス発散にと、度々会っては愚痴ったりしたものだ。
それもいつのまにか環境に慣れ、連絡を取り合う時間もなくなっていた。
リーダー的存在だった彼女が渡米したら、更に集まる機会も少なくなるだろうし。
「うん、返事しよう」
友雅の帰宅は大体11時近くだし、平日なら皆もせいぜい10時くらいまでがフリータイムだろう。
女友達と一緒だし、時間も遅くならないし。
帰りはタクシーにすれば、きっと彼もOKしてくれる。

メールの返事をすると、すぐに返事が戻って来た。
あちらも丁度昼休み時間で、手が空いていたらしい。
皆が都合良いと言っているのは、今週の金曜日。
顔の利くレストランがあり、そこなら個室も使える。周囲を気にせず、気楽に食事出来るのは最高だ。
「そうだ、ついでだから早めに行って、プレゼント買って行っちゃおうかな」
場所を見ると、駅裏のファッションビルの近く。
ここ何日かうろうろして、やっとめどがついた友雅への誕生日プレゼントは、そのビル内にあるショップで見つけた。
誕生日は来週の月曜日だし、金曜日にプレゼントを買って、日曜日は買い出しに行って…誕生日の準備は整う。
学生の時みたいに、土曜日も休みだったら、もっと色々出来るんだけどな…。
そんなこと、この就職難の時代に贅沢な注文だと思うが、こういうイベントの時になると、週一日だけの休日が物足りなく感じてしまう。

昔は何日も前から、彼の誕生日のことで頭がいっぱいで、準備もたっぷり時間を掛けてもてなした。
でも、今はもう社会人だから、仕事を最優先しなきゃいけない。
それは分かっている。
分かっている…大人だもの。学生じゃないもの。
仕事を持っている、一人の大人。それは、彼と変わらない。
年は違っても、仕事も収入も違っても、もう大人と子どもじゃない。同じ大人。
この図書館だって、今は利用者じゃなく運営に関わる立場。
学生の頃とは違うことが、ありとあらゆるところにたくさんある。
自分だけじゃなく、友達もそうだ。
このメールの彼女だって、今度は生活圏まで変わってしまう。

そして…自分は?
別に出世意欲はないし、そもそも好きで就いた仕事だから、現状に満足はしているけど……生活は仕事だけとは限らない。
卒業して2年目。今年で24歳。
もうそろそろ女性なら…あとひとつの生活の変化を考える頃。
確かに、見合いの話を持ちかけられても不思議じゃない、そんな年頃になっている自分に気付く。
「おばさんがしつこいのも、当然なのかなあ…」
遠くのことだと思っていた"結婚"が、身近な存在になっている。
だからあの時、つい…口を滑らせてしまったんだろうか。

…友雅さんは…どう思っているんだろう。
彼だって、十分に結婚していて問題ない年齢だ。
なのにどうして今まで、独身だったんだろう。その気になれば、相手を選ぶことなど容易そうな彼が。
もしかしたら、失敗しているのかな?
始めはそんなことも思ったりしたけれど、鷹通や彼の母からの話だと全くの独身貴族だと言われた。
過去に恋人がいたのは、分かってるんだ…。
でも、何で結婚しなかったんだろ。
恋人だって一人や二人じゃないと思うし、その中で一人くらいは結婚に相応しい人だっていたんじゃないか。

それとも、結婚なんて面倒だと考えているとか。
家庭を持って、縛られたくないとか。
自由に恋愛していたいとか……それなら、考えられるかも。
確かに、結婚して家庭を持つ友雅さんって、イメージないよね……。
気ままに自分の意志に沿って、毎日を謳歌しているのが彼。どんなものにも奪われず、ふらりと風のように生きている。
そういうのが、似合う人なのだ。
それならば……。

……私も、恋人の一人、か…。
過去の女性たちのように、いつかは終わる関係。
風が止んだら、そこで消えるつながり。
そして…自分もまた、過去になってしまう運命なんだろうか…。


「あれ?どうしたの?食欲ないの?大丈夫?」
はっとして顔を上げると、先輩の職員がコンビニの袋を持って立っていた。
広げたランチボックスの中身が、まったく減らずにぼうっとしているあかねを、怪訝そうに覗き込んでいる。
「あ、いえ…何でもないです。ちょっと友人とメールしてて…」
「そう?ならいいけど」
彼女はあかねの向かいに座り、サンドイッチとサラダを袋から取り出した。

外はすっきりと晴れてはいない。
雨は降っていないが、雲が日差しをシャットアウトしている。
そう、先の見通しが立たない…自分と彼の未来のようだ。



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Megumi,Ka

suga