Stand By Me

 07

雨は降っていないが、雲は薄暗く重い色をしている。
昨日の小雨の余韻が抜けず、じめじめと湿度が高くて爽快感とは縁遠い。
交代で一時間遅く昼休みに入ったあかねは、一人で生協の購買部に向かった。

「…はあ、こんなところで見つかるわけ、ないよねえ…」
ありふれた品揃えの並ぶ店内を、うろうろと見て歩いてため息がこぼれる。
せめて農大とか畜産大とか、そういった学部があれば目玉商品もあるだろうが、ここには一般的な学部しかない普通の大学だ。
生活に必要なものは揃うけれど、贈り物に出来るものなんてない。
「帰りに、どこか寄って行くしかないかあ…」
仕方なくペットボトルのお茶を一本買って、あかねは生協を後にした。

まったく、何て失態だろう。
既に6月になっているというのに、今の今まで彼の誕生日のことを忘れていた。
毎年5月のうちから、今年は何をプレゼントしようかと悩んだりしていたのに、あろうことか今回は誕生日が近付いてることに気付かなかったとは。

…ほんと、何やってんだろう私。
真っ先に友雅さんの誕生日を考えないといけないのに、今まで何してたんだろう。
売店の壁には、たくさんのポスターやチラシが貼られている。
イベント告知や購買の新商品の他に、学生のための賃貸物件情報などもある。
「あ、うちのアパートに空きが出来たんだ…」
部屋番号を見ると、あかねの住む部屋の丁度真下だ。
最近まったく戻っていないので、そんなことさえ気付きもしなかった。
確か、別の大学に通っている女の子だったかな、一つ下の。
ということは、就職して部屋を移ったか、或いは卒業して地元に戻ったか。

はあ、地元かあ。実家にも全然連絡してないや…。
今年の年末年始も帰らなかったし、あれ以来すっかり疎遠になっている。
たまに電話は来るけれど、さっさと手短に切ってしまうので、きちんとした会話もない。
またいろいろ突っ込まれると困るし。
「は〜あ、とにかく今日は早く帰ろ」
余計な雑用を作らないように、午後は素早く作業して定時に終われるように。
そして、遠回りにして駅前の店を覗いてみよう。
来週の彼の誕生日までに、何とかしてプレゼントを選ばなくては。


+++++


午後6時に図書館は閉館となり、6時半には支度を済ませて正門を出ていた。
それから、いつもと逆の方向の電車に乗る。
行先は、昼も夜も人口が密集している中心街。
駅前は帰宅の途につく会社員や、これから仲間と街に繰り出す者たちが行き交う。
あかねは地下街に下りて、メンズフロアへと向かった。

ブランドショップやセレクトショップ、あちこちの店を行ったり来たりしてみるけれど、これといった決定打が見つからない。
バレンタイン、クリスマス、そして誕生日と年に3回のプレゼントを贈る。
それが何年も続いたら、どんなものをあげれば良いか分からなくなってしまう。
「月並みだけど、お財布にしちゃおうかな…」
メンズはデザインがシンプルすぎて、これといった特徴を見つけにくいのが難。
でも、何を買うか決めておけば、これから探しやすいのもあるし。
「うん、お財布にしよ。」
物足りない分は、その日の食事を頑張って用意するとして。
誕生日までの期間は、残り僅か。
しばらくは仕事帰りに、財布探しの寄り道が続きそうだ。

せっかく久々に中心街まで出たので、デパ地下でも寄って夕飯の総菜を見繕って帰ろうか。
そんなことを思いたって、あかねは百貨店に向かって歩き出した。
裏道でもレストランやジュエリーショップがあるので、遅くまで割と賑やかで人通りも多い。
「あれっ…?」
路地裏にある小さなレストランの前を通り過ぎようとしたとき、店の裏口から出て来る青年がいた。
こんな時間に、こんなところにいるはずがない彼に、その青年はそっくりで。
そっくりというか生き写し。生き写しというか……もしかして?


「んじゃ、どうもお疲れさまでしたー」
まだ店内は客で溢れているが、約束の時間は過ぎている。
社員ではないので、決められた時間までしか手伝うことは出来ない。
忙しそうなスタッフを見ながら、一人帰るのは正直気が引けるのだが、まあ仕方あるまい。
さて、今日は先客が待っていることだし、さっさと部屋に帰ってのんびりしよう。
普段は夕方出勤深夜帰りだが、最近はこんな風にゆっくり夜を過ごせる日が増えて有り難い。

「天真くん」
裏口から表通りに出たとたん、彼の名前を呼ぶ女性の声がした。
ふと、天真は顔を上げて前を見る。
「あ?…って、うわあっ!な、何でおまえここにっ…!!」
思わず大声を上げてしまうほど、目の前にいた彼女の姿に驚いた。
何故あかねが、こんなところにいるんだ?
友雅から聞かされる話では、いつも勤務先から彼の部屋に直帰だと聞いたのに。
「天真くんこそ、何でこんな時間にここにいるの」
「えっ!?え、ええと…っ…」
どうしてあかねがここにいるのか、と尋ねようとしたのに、先に彼女の方から突っ込まれてしまった。
何故、こんな時間に自分がここにいるのか。
もうすぐ『JADE』が開店する時間なのに、どうして別の場所にいるのかと。

……やべえ…こんなん、まったくの想定外じゃんか!!
「ねえ、今日って『JADE』お休みじゃないよね。なのに、どうして?」
「そ、それはそのー…」
こんなハプニングを取り繕う方法なんて、教えてもらっていない。
本当のことを告げるのは、やはり不味いよな…。
一切口外しないように、と友雅や鷹通からも強く言われていることだし、いくら相手があかねでも…。
いや、あかねだからこそ、真実は言えない、か。

「ちょ、ちょっと頼まれごとされてな、この店に来てたんだよ」
「頼まれごと…?」
あかねは首をかしげているが、天真は構わず話を続けた。
「そ、そう。そこの店ってほら、イタリアンの店じゃん。うちってイタリアものが多いからさ、材料が手薄になっちまう時にフォローしてもらってんの。」
確かに『JADE』で扱うものは、トータルしてイタリア製のものが多い。
シャンパンやワインはもちろんだが、カクテルに使用するオレンジジュースや、サイドメニューに利用する食材などもイタリア産だ。
十分にストックは整えてあるが、急遽足りなくなったものを補充せねばならない場合、そこらの輸入食料品店で探しまわるよりも、方針の似ているレストランに助けを仰ぐ方が確実--------と。
「そうなの?」
「そ。だから、これからまた店に帰らなきゃならんのよ」

……信じたか?
一応、辻褄が合うようなことを言ったつもりだが。
取り敢えず、その場を何とかごまかせればそれで良い。
あとは、彼らに任せるとして。

「とにかく、おまえも早く帰れよ。橘さん心配するだろーが」
夜道を歩かせたくないから、わざわざ郊外のマンションを借りたのだと。
この間も突然顔を出したあかねを、一人で帰せないからと早めに店を後にした。
そんな彼が、こんなあかねを知ったら。
「うちのオーナーに、心労を与えないで下さいませんかね、お客様ー」
「そ、そういうわけじゃないよ…。ちょっと誕生日のプレゼントを…」

誕生日?プレゼント?
あ、もしかして。
そういえば…もうカレンダーは6月に入っていたのだ。



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Megumi,Ka

suga