Stand By Me

 05

公立の図書館は、大概平日が休館だ。
土日は大概忙しく、普段学生や子どもたちが訪れるのに加えて、普段仕事している社会人なども足を運ぶ。
つまり、週末はどこの図書館も大忙しなので、休みを取ることはなかなか難しい。
しかし大学の図書館はそれとは違い、週末も平日も開館していることが多い。
休日は申告制なので早い者勝ち。今週はあかねが週末休暇となった。

「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
あかねが慌てながら、奥の寝室から足早にやって来る。
「大丈夫だよ。そう焦らずとも、時間は余裕があるのだし」
玄関で待っていた友雅が、あかねに手を差し出す。
彼に手を支えてもらいながら、ベージュのサンダルに足を通した。
「すっかり夏服だね」
「お天気なら、もっと薄着で良かったんですけどねー」
梅雨に入ったとたん、晴れが続くとはよくあることで。
ここ数日も青空が広がり、初夏を通り越して夏日と思える気温が続いた。
なのに休日がやって来たと思ったら、この雨模様なのだからついてない。
さらりとした夏服も、それ一枚では肌寒さを覚える。

地下に下りて、彼のシトロエンに乗り込む。
週に一度の買い出しは、二人で郊外のスーパーに向かう。
中心街の食料品店とは違い、この辺りに住む人々の生活水準に合わせてあるため、価格は全体的に高めである。
だが、そんな金銭感覚もすっかり慣れてしまった。
ワインやアルコールの品揃えが豊富なのは、彼の仕事上にも都合の良いことだし、それらに合う食材なども一緒に揃う。
なにより、買い出しの支払いは彼なので、あかねが少々高いと思っても彼の欲するものを重視した。

でも、時々口を挟むこともある。
「そっちじゃなくて、こっちの方が良いですよ」
適当に選んで籠に入れようとするレタスを、右の方にあったものと取り替える。
「ほら、こっちよりも葉っぱが瑞々しいですもん」
「成る程。やっぱり食材選びは、我が家のシェフに敵わないね」
男と女では、こういうところで差が出る。
けれど、こんな風に女性が食料品を選ぶ姿を、間近で見た記憶は殆どない。
そもそも食材を買い込んで来て、部屋に上がって料理を作るような相手と、付き合った覚えがなかった。

わざとだったのか。そういう縁しかなかったのか。
答えは、どちらも正解と言える。
プライベートまで他人に干渉されたくなかったし、面倒な付き合いを続けるのも遠慮したかった。
永遠なんてものを夢見る年でもない。そんなものに期待なんて出来ない。
だから、公私ともに"広く浅く"が自然とモットーになっていた。
それで不満はなかったのに----------------いつのまにか。
「友雅さん、他に買うものありますか?」
カートを押しながら、あかねが振り返る。
そう、彼女のせいで…いつのまにか。
「そうだな、少し新しいワインでも覗いてみるとしようかな」
「分かりました。じゃあ地下ですね」
心の中に浮かぶモノローグを抱いたまま、友雅は彼女と共にエスカレーターで地下へと向かった。


ワインセラーを兼ねているので、地下のフロアは薄暗くひんやりとしている。
そこには国内から海外まで、豊富なワインの品種が揃えられていた。
一般食料品売り場と違い、客は数人しかいない。
ソムリエを兼ねた店員たちも、丁寧に一人一人の客に応対している。
友雅は入口近くに並べてあった、白ワインのボトルを手に取り、そのラベルに書かれている銘柄に目を通した。
近くの国産ワイン棚の前では、若い男女がソムリエと話をしている。
若いと言っても、中心街のファッションビルなどにいる年齢ではなくて、おそらく友雅と同年代くらいだろう。
どことなく品が良くて、"出来る"と言った感じの落ち着き方。
シンプルだけどセンスのある服装にも、そんな雰囲気は漂っている。
若い男女も、家族連れも、年輪を刻んだ夫婦も、みんなどこか上品。
嫌みのない気品のようなものがあって、ゆったりと買い物を楽しんでいるよう。

そんな中で……自分たちはどんな風に見えるんだろう。
友雅と比べたら自分は普通も普通、ここにいる客たちみたいな落ち着きとは無縁。
彼と並んでも年は全然違うし、そんな二人を周囲はどんな風に見ているんだろう。
せめて、ちゃんと恋人同士に見える…だろうか。

「では奥様、試飲いかがですか?」
「…えっ!?」
店員の声にどきっとして、すぐにあかねは振り返った。
すると、声の主と思われる店員は、別の夫婦を接客中。
運転をする夫の代わりに、試飲はどうかと妻に勧めていた。
…な、なんだ…別の人か…。
どきどきしながら、さっきの声を思い出す。
そして、そんな言葉に咄嗟に反応してしまった自分を思い出し、どきどきする。
な、何を意識してんだろ…私。
私なんてどう見たって、"奥様"なんて言われる見た目じゃないでしょうに!
自意識過剰も良いとこだよ…そんな。
……そんな。

ふと目を向ける先には、一人でボトルを眺めている友雅がいる。
…一緒に歩いていたって、一緒に買い物をしていたって………。
「あかね、決まったから行こうか」
「あ、はい…」
白のドイツワインを2本に、赤を1本。
そして、スウェーデン産だという、数種類のシードルを。
「とてもフルーティーな味わいですので、お連れ様のお口に合うかと思います」
「有り難いね。彼女に気に入ってもらうのが第一だからね」
こういう時、自分が飲むワインとは別に、あかねに合いそうなものを彼は選んでくれる。
甘めのシャンパンや、軽いシャルドネワイン、そしてカクテルにも使えそうなリキュールなど。
リビングとダイニングを挟むサイドボードには、あかねのために選んだボトルが一列に並んでいる。
「今夜はまた、プリンセスのためのオリジナルカクテルでも、作って差し上げようかな」
静かだけど、甘くて艶のある笑み。
少し首を傾けて、あかねの顔を除き込むようにして。

「ん?」
あかねの手が、友雅の腕にそっと絡み付いた。
身体と頬を寄せて、ぴったりとしがみつく。
どうしたの、と言いたそうな顔をする彼に、何も返事をせずあかねはそのままエスカレーターに乗る。
友雅は特に何も尋ねず、彼女がしたいように腕を差し出す。

こうして腕組んで歩いていれば、恋人同士くらいには見てもらえるかも、なんて。
子どもみたいに単純な発想だけれど、何となくそんな風にしていたくて。

うん…せめて、恋人でありたい。
誰の目から見ても、彼の恋人だと思ってもらいたい。



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Megumi,Ka

suga