Stand By Me

 02

本格的に雨が降り出したせいか、図書館の利用者がぐっと増えた。
資料探しの教授や生徒に加え、普段あまり図書館に立ち寄らない生徒たちも、雨宿りを兼ねて読書やCDやDVDを視聴にやって来る。
「元宮さん、返却された本、お昼までに棚に戻してもらえる?」
「あ、大丈夫だと思います。今日はそれほど多くないですし」
それじゃお願いするわね、と先輩の司書に仕事を頼まれたあかねは、カウンターに積まれていた本を抱えてカウンターを出た。
バーコードのチェックは済んでいるので、それらを元の棚に戻すだけの作業なのだが、大学の図書館ともなると蔵書が多く棚も多い。
その分館内の面積も広いため、返却数が多いときはかなり時間を要してしまう。
学生の頃は一利用者として出入りした図書館だが、内勤になると色々と大変な作業があるのだと気付かされた。

残り5冊を抱えて、隣のB室へと向かうため廊下に出た。
すると、懐かしい顔があかねの前に現れて、笑顔でこちらに近付いて来た。
「こんにちはー」
「え、あれっ!?ちょっと久しぶりー!どしたの!?」
彼女は大学時代の同級生で、あかねとは結構親しい友人だった。
卒業後は大手の文具店に就職し、入社してすぐに開店した新店舗で忙しい毎日を送っている。
そんな彼女が、こんなところに来るとは思わなかった。
大学の図書館とは言え、学外にも一般開放しているので、立ち入り出来ないわけではないのだが。
「ねえ、お昼って用事ある?一緒に食べない?久々にキャンパス内のカフェで」
「うん!良いねー!じゃあ、どこで待ち合わせる?」
だったらやっぱり、中庭の銀杏の木の下で。
学生の頃にみんなの待ち合わせの定番だったそこが、懐かしくて良い。


外で誰かと昼食を摂るのは、とても久しぶりだった。
普段はお弁当を持参し、館内の休憩室で同僚たちと食事するのが殆どなのだ。
今日も弁当は持って来ているけれど、せっかくの友達との再会だし、これは持って帰って夕食に添えよう。
「そっか。いつも外食とは行かないもんね」
季節ごとに替わるランチのメニューも、学生の頃と変わりない。
初夏はトマト系のイタリアンなメニューが増えて、デザートはレモンやライムの柑橘系が多くなる。
「美味しいんだよね、このライムのムースがね。懐かしいな」
二人とも学生気分で、それぞれにオーダーを済ませた。

「ところで、今日はどうしたの?何か図書館に用事があった?」
一息ついたあかねは、やっと本題に移った。
文具店に勤める彼女が、わざわざ大学の図書館に来るほどの用件とは、一体なんだろう。
「うん、別に図書館の用事じゃなかったのよ。あかねに用事があっただけでね」
「私に用事?」
外は雨で気温も少し低めだが、冷えたミネラルウォーターは喉に爽快感を与える。
彼女は二、三度グラスを口に付けてから、あかねの方に姿勢を正した。
「実は私ねえ、今年の秋から1年くらい…かな、海外転勤することになったのよ」
「え、海外!!それ、すごいんじゃない!!」
文具店と一言で言っても大手メーカーだから、海外にも結構店舗がある。
今年の末にシカゴのSCに支店が出来るため、こちらから派遣される社員の中に彼女が選ばれたのだそうだ。
開店前の準備にも関わるので、早めに渡米して一年ほど勤務する予定だと言う。
「すごいねえ、入社して一年ちょっとで海外派遣?出世だー」
あかねの言葉に笑いながら、そんなんじゃないよ、と彼女は謙遜してみせた。

ランチプレートが到着したが、久々のおしゃべりは尽きることがない。
クリームチーズのホットサンドをかじりつつ、二人の話は続く。
「でね、そのことであかねに相談したいことがあったの。あかねさあ、引っ越しとかするつもり、ない?」
「えっ?引っ越しっ?」
全く予想もしなかった方向の話に、あかねは一瞬ぽかんとした。
「私、年末に今のマンションに引っ越したんだけど、賃貸期間が残ってるのよ。一年過ぎたら戻るかもしれないし、解約するのもなあって。大家さんと話はついてるんだ」
転居先のはがきが来ていたが、大学とは逆の方向だったか。
それでも交通の便は悪くなくて、比較的中心街に近い場所だった気がする。
「他の子も当たってみたんだけど、はっきりしなくてね。そしたら、あかねはどうだろうって聞いたのよ」
そういえば…そう言われて思い出した。
あのアパートを借りたのは、一年の夏休みの頃。
入学して数ヶ月は都合が付かずに寮で過ごしたが、やっと良い物件が見つかって一人暮らしをスタートさせたのだ。
それから二年ずつの契約更新で、今年の夏が再び更新の時期なのだ。

「あかねの部屋、ワンルームだったでしょ。うち1LDKなんだ。だから色々都合良いんじゃないかと思って」
「都合?どういう意味?」
首を傾げると、彼女はにこりと笑ってカトラリーを置き、あかねの方に身を乗り出した。
「彼氏とかお泊まりするのを考えたら、寝室とリビングを別にしたいじゃない」
……その言葉に、頬の熱が少し上がったような。
ブラックペッパーの辛みのせいじゃなく、身体の中から火照るような熱。
彼女は、あかねと友雅のことを知っている。
図書館の同僚たちは知らないけれど、仲の良い同級生たちには、二人の関係は知られていた。

「賃貸料は、今のアパートと同じで良いよ。差分は管理費として私が持つから」
冷蔵庫やテレビなどの電化製品や、買いそろえた家具や日用品は使ってもらって構わない。
私物はトランクルームと実家に送ってしまうので、クローゼットも空っぽにしておくから、と彼女は言う。
「まだ新築して3年だし、キレイだよ。ここからもそんなに遠くないし、どう?」
「う…うーん…」
今のアパートと同じ賃貸料で、ワンルームから1LDKというのは魅力的だ。
大学へも電車とバスを乗り継ぐだけ、本数も多い路線だし、通勤には苦労しない。
それに、1LDKなら…彼女の言うようにリビングと寝室を分けられる。
彼に泊まってもらっても、そう引け目を取らなくても良いに違いない。
でも………。

「どう?引き継いでくれる?」
「え?あ…ちょっともう少し、考えても良い?」
「良いよ。でも、出来るだけ早めに答えお願いね。大家さんにも伝えないといけないし」
そう言って、この話題は一旦終了した。
途中にしていたランチが、やっと進み始める。
冷めてしまったせいで、クリームチーズも少し固めになっていた。


「ねえ、そういえばさあ…友雅さんとは今も順調なんでしょ?」
しばらくすると、また会話がスタートした。
「うん、まあ…全然変わらないよ、今も」
何にも変わらない。
彼の部屋で過ごして、彼と食事して、彼とキスをして、抱き合って眠って…。
そんな甘い日常は、社会人になっても続いている。
「その事なんだけどね。噂に聞いたんだけど…『JADE』が閉店するってホント?」
「えっ?」

『JADE』が……閉店する?
彼の経営する、あの店が閉店?
ホストクラブというか、そういった女性のためのクラブとしては、未だに業界トップの『JADE』が閉店…って、噂にしてもどこからそんな話が?
「聞いてない?友雅さんから」
「…ううん、何にも」
一昨日も昨日も普通に仕事に出掛けたし、今日もきっとお店に出ている。
そして10時くらいに帰宅して、作っておいた軽い夜食を食べてくれる…はず。
そんな何も変わらない日々なのに、何故、どうしてそんな話題が浮上してきたんだろう。



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Megumi,Ka

suga