Rose with Rose

 02

友雅の誕生日祝いにと頼んだソルベだったはずなのに、結局半分はあかねが食べてしまった。
彼が何度もスプーンを差し出すから、溶けてしまう!という強迫観念にかられて、ついぱくっと頬張ってしまい、気付いたらプレートはからっぽ。
「美味しそうに食べるあかねを見るのが、何より楽しいからねえ」
彼の台詞と眼差しが加わると、酸っぱいソルベも丁度良い甘さになる…気がする。

ブルスケッタやカルパッチョ、アクアパッツァなどの料理が次々とテーブルに運ばれ、ピザを取り分けながらおしゃべりが続けられる中、誰一人として空が色を落とし始めていたことに気付かなかった。
「失礼致します。あと一時間でディナータイムとなりますので、メニューが変更になりますが」
ホールスタッフにそう告げられて、やっと窓の外を見た。
白い機体の背景に広がる空は、青空からオレンジ色に変わる途中。
随分と陽が長くなったせいもあり、時計を見て時刻に驚かされることも増えた。
「では、そろそろ今日は解散かな」
「あらぁ、もうちょっと良いじゃないのよ」
ここには長居をし過ぎたけれど、他の店に移動すれば問題はない。
寧ろこれからの時間になれば、また雰囲気の違う店が開店してくるものだし。
なんなら自分たちの泊まっている部屋で、ゆっくり話の続きでも…と彼女は言ったが、友雅はそれをやんわりと断った。
「明日は大切な日らしいのでね。我が家のトップシェフ殿は、今夜から時間を掛けて仕込みをしたいらしいんだ」
もてなされるのはこちらの方なのだが、彼女なりに色々な用意が必要らしい。
そのための買い出しを、今日中にしておかなくては…とのご所望である。
「私が主役になるのは明日だからね。それまでは、シェフのサポートをして差し上げなくては」
とは言っても、あかねから友雅にお願いされることは、買い物に付き合うのと荷物持ち、そして車の運転くらいのものだが。

「ふふ、分かったわ。明日のディナー、美味しいものをごちそうしてあげて」
「はい。今日は色々と、ありがとうございました」
先に立ち上がった友雅が、あかねのカーディガンを広げて背中に掛けた。
袖に手を通し、続いて椅子から立ち上がると、空港で出迎えた時のように彼女からのハグ。
「彼には悪いけど、おばさんと遊んでくれる時間も作ってね」
軽くぎゅっとあかねを抱きしめ、笑いを含めながら別れ際に彼女はそう言った。



この時間になると、アルコールを出す飲食店が増えてくる。
そんな店が揃っているせいだろう。子どもの姿はあまり見えず、逆に社会人から上の年代の客が多く行き交う。
車を運転していなければ、少し立ち寄ってみたい店構えもあるのだが。
「出掛ける前にワイン冷やして来ましたから、家に着くまで我慢してくださいね」
あかねが振り返って笑うから、後ろ髪を引かれる思いもない。
他人に囲まれた店で飲む酒よりも、二人きりの部屋で味わう方が美味いに決まっているから。

「あ、お花屋さん」
今度は、あかねの方が立ち止まった。
ガラスのショーケースに並ぶ、色とりどりの切り花とグリーン。
南国にあるような背の高い観葉植物が、所狭しと店内に並べられていて、ここだけ森林浴スペースが出来ている。
「そうだ!バラ…買っていこうかな」
友雅の話を聞いて思い付いたのか、あかねは小さなミニブーケに目を留めた。
バラ一輪にグリーンリーフを合わせただけの、シンプルなバラの花束ばかり。
赤やピンク、黄色に紫、白やオレンジ…改めて見ると、バラには多くの色があるのだな、と気付かされる。
どれにしようかな、と独り言をつぶやきながら手に取るが、彼女は最初からひとつの色を決めていた。
本当なら、以前のように大きな花束が欲しいけれど…、残念ながらここの店はレベルが高そうだ。
でも、やっぱり赤いバラは一輪だけでも十分に様になる。
「使ってなかった黒のフラワーベースが、納戸の奥にありましたよね。あれに飾ったらゴージャスですよね、きっと」
彼の好きなシャンパン、彼の好きなチーズ、気に入ってくれているオードブルやミートローフ。
それらが並んだテーブルの中央に、赤いバラを一輪飾って。
ムードを出して、照明はキャンドルライトにしたら良いかも……あれこれと、頭の中でどんどんアイデアが湧いて来る。

スチールバケツの水に浸った花束を、ひとつ取り上げてあかねは店内へと入った。
「すいません、これください」
店の奥で鉢植えの枝を切っていた店員に、赤いバラの花束を渡す。
英字新聞をラッピングペーパーにして、簡単にくるっと巻いただけの簡易包装だが、雰囲気は十分に洒落ている。
「ああ、これもお願いできるかい」
財布を開けようとしたあかねの後ろから、もうひとつの花束がカウンターの上に。
それはあかねの花束と同じもので、一輪のバラとグリーンをセロファンとリボンで結んだ組み合せ。
違うのは、花の色だけだ。柔らかな、どこか甘い雰囲気のするピンクのバラ。
店員は同じようにそれも新聞でくるむと、今度は彼の方へと差し出した。

赤いバラはあかねの手に。ピンクのバラは友雅の手に。
二人で一輪ずつバラを持ちながら、店の外へ出て駐車場へと向かう。
「何だか、一輪ずつ持って歩いていると、どこかで配ってたみたいですね」
開店祝いかイベントなどで、子どもが風船をもらって歩いているみたいだ、とあかねは笑った。
「じゃあ、今度店が出来たときには、花をお客様にサービスしようかな」
「いいですね!だって、やっぱり女性のお客様が多いでしょうし。お花は喜んでくれますよ、きっと」
最初はおそらく、JADEから流れる常連客が押し寄せるだろう。
JADEの客は女性ONLY。トラットリアは男女問わず受け入れるけれど、しばらくは女性客がメインとなるはず。
「バラとか…あ、ガーベラも良いな、可愛くて」
「私は花は詳しくないから、そこはあかねにアドバイスしてもらおうかな」
経営者は自分だけれど、あの店を立ち上げる意味を作ったのは、間違いなく彼女の存在だ。
君のために、と。初めて他人のことを優先に考えて、動き出した自分に驚いたのも今は昔のこと。
愛おしい想いがここにあるから、新しい第一歩が踏み出せた。
「気持ち的には、あかねも共同経営者だよ。私をいつも、奮い立たせてくれる」
あかねの肩を抱き寄せて、友雅は手に持っていたバラを差し出した。
「誰よりも一番に、あかねに感謝のプレゼントをしなくてはね」
彼女のイメージにぴったりの、優しいピンクのバラ一輪。
赤いバラに負けないくらい、抱いている情熱は激しく熱いものだけれど、やはりこの色があかねには似合うと思う。

「今は取り敢えずこの一輪だけど、その時が来たら、以前あかねが私にくれたような花束を贈るよ」
…その時が来たら?
その時、って…いつのこと?来年の誕生日?
わざととぼけているのではなくて、真剣に気付いていないらしい。
そんな天然なところも、また彼女らしくて可愛いのだが…気付かないままスルーされても困る。
地下の駐車場へと下りる、エレベーターの中。
やっと二人きりになった空間で、彼はあかねの頬に唇を近付けた。
「あかねが白いドレスを着る時が来たら…ね、白いバラの花束を贈るからね」
耳朶にかすかに触れたのは、唇か…それとも吐息か。

白いドレスに、白いレースのベールを身につける時。
今度は私が、君に花束を贈る番。
約束と誓いを結ぶ、その時が来たら------------------。



「ねえ鷹通、あの二人…進展したみたいね」
窓から見える夜景が綺麗なので、カーテンは閉じずに窓際のソファでくつろぐ。
部屋に戻った彼女は息子を相手に、グラスを傾けながら今日のことを話し出した。
「もう橘さんに聞いたんですか?」
「ううん、何も聞いてないわよ。でも、何となく分かるのよ」
以前会った時よりも、二人の距離が狭まったような気がする。
これまでワンクッションあったスペースが消えて、互いが寄り添うように距離を消して。
…あの夏、初めて会ったときの二人みたいに、迷いのない表情で見つめ合う瞳が戻って来たような。
「きっと二人とも、決着付いたんじゃないかしら」
実は鷹通も、まだはっきりとした答えを友雅から貰っていない。
打ち明けるべきだとハッパをかけたが、その後の展開はどうなったことやら。
だが、母は"女のカンで分かるのよ"と、そんなことを言う。
…そういうものなのか。男の自分には分からないが。

「まあ、あとであかねさんから聞き出すわ。彼はまた何のかんのとごまかしてスルーされそうだから」
「あまりしつこく問いつめるのは、お二人に失礼ですよ。くれぐれも、程々にしてくださいね」
呆れ気味に笑いながら、鷹通は母のグラスにジンジャエールを継ぎ足した。







--------THE END




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2012.10.12

Megumi,Ka

suga