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 Part.6(4/3)

「ああ、おかえり。ゆっくりだったな、楽しかったか」
「うん。みんな久しぶりで盛り上がって。先生も元気そうで」
「そうか、良かったなそれは」
見たいテレビ番組があったので、ビールを飲みながら見ていたのだと父は言った。
その証拠にテーブルの上には空き缶2つと、チーズが皿に乗せられている。
「美味かったよ。高いチーズなんだろうな」
数種類のチーズはイタリアからの直輸入。国内では滅多に見かけないフレッシュタイプも、生産者から直送してもらえるおかげで取り扱える。
値段は聞いたことないが、珍しい品種は他で売っていたら結構するのかも。
「このディップも美味いな」
イタリアンハープを加えたマスカルポーネのオリジナルディップ。
クラッカーを添えてワインのオードブルに注文する客が多いと聞いたことがある。
「家にいるのにこれのおかげで、レストランかバーにいるような感じだ」
と、父はチーズをかじりながら笑った。

バッグや荷物をその場に置き、あかねは静かに父の隣に腰を下ろす。
「お父さんさ…こないだお店に来たでしょ」
娘の切り出した言葉に、一旦父の手が止まった。
しかしすぐに、何でもなかったかのように動き始めた。
「若い奴らを連れて外回りしててな。どこかで飯を食うかって話になって」
最近流行っているレストランがこの辺りにある、と彼らが言い出したので立ち寄ってみることにした。
そこが偶然にも、『Giada』だった。
本当に偶然の一致だった。
「聞き覚えのある店名だなと思って入って、そういえば…ってな」
天真が帰省するたび渡しにきてくれた手土産のバッグに書かれた店名。
以前妻があかねと食事をしたときのレシート。
いくつかの事柄が繋がって行くにつれて、おぼろげなものが形を帯びてきた。
はっきりしたのは、出された料理を部下たちと"美味い美味いと"味わっていた頃。
「帰りにチケット貰ったぞ。初来店した客にって言ってたが、こんなの配って採算大丈夫なのか?」
次回来店時に使えるサービスチケット。
開店した頃先着数名に配っていたものが、復活したなんて話は聞いていない。
「天真くんが『お父さんが来てる』って言ったから…特別にくれたんだよ」
もう一度来店してもらえるように、きっかけを作ろうとした鷹通の母の機転。
「はは、じゃああいつら運が良かったな」
自分と一緒に行ったおかげで、部下たちもチケットを貰うことが出来た。
『Giada』にずっと行きたがっていたから、さぞかし嬉しかったことだろう。
「お父さんも、また来てよ。口に合わなければ…無理は言えないけど」
「いや、そんなことない。どれもこれも美味かったし、店の雰囲気も良かったし」
最初は敷居が高そうに見えたが、入ってみれば意外とカジュアルでリーズナブル。味も申し分なく、老若男女問わず受け入れられそうな店。
それを営んでいるのが…娘の相手だなんて信じられない。

「ねえ、今度また一緒に食べに行かない?」
「一緒にか。そうだな、うん、行くか」
「その時は…必ず店でお待ちしていますって」
「分かった」
短い返事だったが、父の声ははっきりとしていた。
誰が待っているのかも聞かず、すべてを察してくれたようだった。
テレビの中から流れ続けるタレントの他愛もないやりとりとは裏腹に、こちら側は会話がぴたりと止まってしまった。
賑やかな笑い声がリビングに響くが、まったく空回り。ぼんやり画面を見つめるだけで、二人の意識はそれぞれ別の場所にいた。
「あ、あのね!とても会いたがってるの、お父さんに!」
覚悟を決めて、あかねは思い切って均衡を破った。
「こないだお母さんと会ったとき、かなり強引な挨拶しちゃったから気にしてて。でも、お父さんとはゆっくり真剣にお話したいって」
とにかく父に友雅の想いを伝えなければと、思いつく言葉を一気に吐き出す。
「大切な一人娘の人生に関わる話だし、きちんと向き合ってお話ししなきゃって思ってるって。それで…」
「おい少し落ち着け。話は分かったから」
息も着かず話し続ける娘を父は落ち着かせようとしたが、そんなことはもうあかねの耳には届かない。
彼の代弁にはなれないけれど、自分たちの気持ちを理解して欲しい一心で。
「だからっ、会って下さい!お願いしますっ!」
土下座とまではいかないが、その場であかねは無意識のまま頭を下げた。
言いたいことは全部言ったつもり…なのだが、殆ど勢いだったので頭の中はごちゃごちゃ。
父は-----どう感じただろうか。

ぽん。
後頭部を優しく、軽く叩く大きな手。
いや、叩くというか…撫でるような仕草。子どもの頃を思い出す懐かしい感触。
「何やってんだ、まったく…」
顔を上げると、呆れ顔でため息をつく父の顔。かすかにそれは苦笑い。
「会わないって言ってないだろ。店で待っていてくれるんだろ?」
遅かれ早かれ、そんな日が必ず来ることは分かっていた。
あの日、もしかしたら友雅に会えるかもしれないと、わずかながら考えた。
会って話さなくても、どんな男なのか見て確かめるくらいは出来るのでは、と。
「母さんから『えらいイケメン』と聞いたんで、ちょっと興味もあってな」
笑いながら父は言う。そんなことを言っていたのか…母は。
確かに、女性視点での第一印象は誰もがそんな感じだろう。
とにかく彼のルックスは人目を惹くし、存在感も凡人とはどこか違う。
同性だって殆どが目を留める。でも、その分誤解をされる部分も多い。
「まあ、実際会ってみないと人柄は分からんもんだし。楽しみにしてるよ」
「…ホントに?」
「嘘言ったってしょうがないだろ。都合の良い日をあとで連絡してくれ」
「いつでも構わないって。いくらでもこっちで都合つけるからって」
会いたいと希望しているのはこちらなのだから、予定を合わせるのは当然だと友雅は言っていた。
「そうかー…。じゃあ、後日おまえの携帯に連絡するよ」
「うん、待ってる」
さっきまで耳に入ってこなかったテレビの音が、不思議なことにすっと聞こえてきた。
それはBGMに過ぎない音だが、周囲のことに気が回るようになったのだ。
つまり、五感が正常に戻ったのだ。

「早く風呂入って寝ろ。今日は疲れただろ」
あかねの肩を叩いて、俺もそろそろ寝るかなと残った缶ビールを口に含む。
飲み干した空き缶を手に、リモコンでテレビを消して父は席を立つ。
一人になったソファの上で、強ばった身体がふっと軽くなるのをあかねは感じた。



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Megumi,Ka

suga