ホテルに着くと、エントランスに宴会場の予約名が掲げられている。
ロビーでは若い男女が数人。天真とあかねの姿を見つけると、すぐにこちらに駆け寄って来た。
「わー、二人ともお久しぶり!!」
皆とは高校を卒業して以来、一度も再会していなかった。
大学もバラバラで、県内外に散ってしまったので接点がなくなっていた。
「今何してるの?仕事先どこだっけ」
話が盛り上がろうとしていたところに、別の同級生たちが到着する。
人数が増えるにつれて、まるでロビーが宴会場のような賑わいに。
「皆様、ホールが用意出来ておりますので、どうぞそちらでごゆっくり」
ホテルのスタッフがエレベーターを操作して、皆を会場へと誘導させた。
「それでは、先生の送別会と久々の同窓会、始めさせていただきます!」
あれよあれよと担ぎ出され、乾杯の音頭を取らせられることになった天真の合図で宴会がスタートした。
基本的に立食パーティー仕立てだが、敢えて椅子やソファを多めに用意してもらい、適当に座って飲食も出来るように配慮されている。
これもすべて、ホテルスタッフとして勤務している同級生のおかげだ。
「私も二次会の時、ここで頼んじゃおうかなー」
そう言った女性の指に、きらりと輝くリングを皆見逃さなかった。
「え、決まってるの?!お式はいつ?相手はどんな人!?」
「来年の秋ぐらい。相手はねー…」
女子たちが一斉に集まって来て、指輪の彼女を取り囲む。
その盛り上がりに彼らの担任も顔を挟んできた。
「嬉しい話題で良いわねえ、これでうちのクラスから何人目かしら」
年齢も年齢なので、既婚の同級生も年々増えている。
結婚報告のハガキや、新しい家族の写真をプリントした年賀状が目につくようになった。
「まだの子も、決まったら連絡くらいは頂戴ね!」
はーい、と答える元生徒たちは、学生時代と同じような返事をした。
女子たちはきゃあきゃあと賑やかだが、男子たちはひっそりと壁際で現状報告を語り合っている。
「森村はまだか」
「そだな。そこまでは行ってないなー。そっちは?」
「うちは今年2人目が出来て、上の子は年長」
「早いヤツは早いなー」
独身者も相手はいるようだが、結婚を考えるところまではないらしい。
同級生同士でゴールインした者は、この中にはいない様子。
「元宮と仲良かったから、てっきりそうなるかと思ったけどなー」
「ないない。あいつ、もう決まってるから」
----と、その時。
「あらまあ、元宮さんもそろそろなの?」
いつのまにかすぐそばに、担任の姿があった。
まさか男子たちの話を聞かれていたとは。
「えっ!あかねもそうなの!?」
「そろそろっていうか、ええと…」
予想もしない展開に、あかねは困惑するばかり。
ついさっきまで友人の結婚話に耳を傾けていたのに、こちらに焦点が当たるなんて思ってもみなかった。
「ご両親次第ってところですねー。お互いはもう決まってるようで」
「え、森村くんお相手知ってるの!?」
「ねえどんな人!?カッコイイ人?年上?」
「待て待て。今はひじょーにデリケートな時期だから、あんまり口外できんのよ」
しどろもどろのあかねの代わりに、天真の方にみんなの質問が集中する。
どれも答えられる内容ではあるけれど、まだ公にすることは出来ない…というか、しない方が良い。
「ただし、会ったら多分びっくりするぜ?」
「ど、ど、どんな理由で!?」
「だからー、今はまだ言えないって。会ってみたかったら、応援してやって」
ここにいる彼女たちが、友雅を見たらどう反応するだろう。
あれだけのビジネスをこなしている彼だから、名前と顔を知っている者もいるかもしれない。
まあ、例え素性を知らなくても、女性陣は彼を見たら色々な意味で驚くだろう。
「良いお相手のようね。上手く行ったら是非連絡ちょうだいね」
「は、はい…」
それくらいしか答えられないあかねを、みんなは取り囲んで力強く背中を押した。
話題は尽き果てることなく、あっという間に時間は過ぎてホテルから二次会の会場へと場所移動。
アルコールが入って、みんな気分もおおらかになってきた。
そのせいで天真に詰め寄る者もいたが、慌ててあかねがストップをかけて事なきを得た。
「ちょっとくらい教えてくれても良いじゃないのー」
「だから、その…まだ言えないんだってば」
「じゃあせめて、年上か年下か。仕事関係かどうか」
「年上っ。同業者じゃないよ、もうそれだけ!」
帰り間際まで皆に取り囲まれていたが、天真の父が運転する車が到着すると、逃げ込むように乗り込んだ。
「もー、みんなしつこくて困っちゃう」
「いーじゃん応援してくれてんだからさー」
軽く酔いが回っている天真は気楽に言う。
確かに、久しぶりにみんなでワイワイ楽しかったけれど。
「あまり飲んでないだろうな?明日あかねちゃん乗せて帰るんだろ」
「ビール2杯守ってます!あとはノンアル!だよな、あかね」
「大丈夫です、隣で見てました」
「なら良いけどな。明日までにしっかりアルコール抜かせておくから」
大事な娘さんを預かってるんだから、安全運転第一だぞと天真の父の言葉。
面倒くさそうにはいはいと返事をする、くだけた父子関係な何とも和やかだ。
「あかねちゃん、お父さんたちとは…例の話したのかい」
え、とミラーに映る運転席の顔を見た。
天真の父が言う例の話とは、間違いなく友雅とのことだろう。
「帰る前に、きちんと話した方が良いと思うよ。他人が言うことじゃないが」
「はい、それはそのつもりです。約束してきたので」
「そうか。ちゃんと話せば分かってくれるよ」
「蘭もさ、『がんばってー』とか言ってたぜ」
どこまでバラしているのか…。少なくとも森村家にはすべてお見通しのようだ。
相手がどんな人物なのか知っている上で、自分たちにエールを送ってくれている。
おそらく一番近い存在の他人である彼らの応援は、あかねにとっても心強い。
そうしているうちに、静かな住宅街に車はやってきた。
この先の角を曲がって、数メートル走ったら…玄関先の照明が着いている、そこがあかねの自宅。
「じゃあな、おやすみ。がんばれよー」
車を降りると、開いた窓から天真が拳をグッと握って見せた。
天真と彼の父に深く頭を下げて、車はその場を離れて行く。エンジン音が聞こえなくなって、ようやく門を開け家に入った。
午後11時25分…か。両親はもう寝ていておかしくない時間。
出掛ける時に帰りは遅くなると伝えていたし、父と話をするのは明日か。
そう思っていたが、リビングから明かりが漏れていてドキッとした。
---誰か起きている。誰かと言っても父か母かなのだが。
どちらか、或いは二人ともか。
妙な緊張感を持ちながらドアをそっと開けてみると、あかねを出迎えたのはテレビを眺めている父だった。