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 Part.6(4/1)

「今日の賄い担当は誰だったかな」
「僕です」
当番表を見るよりも先に、ドルチェ担当の詩紋が手を挙げた。
「じゃあ今日と明日は一人分追加してもらえるかい」
昼間は一旦店を閉めるのでゆっくり出来るが、夜は常に忙しいため食事は交代で摂る。
なのでいつでも食べられるように、大皿料理的なものを用意することが多い。
作りおきできるもの、レンジで温めてすぐに食べられるもの、人数が増えてもさほど問題はない。
「ということは、閉店まで仕事するってこと?あなたにしては勤務態度が良いわね」
「相変わらず口が悪いね。早めに帰宅してもつまらないだけですよ」
「分かってるわよ。あなたの考えは見え見え」
今朝、あかねは天真と共に同窓会のため帰省した。
こちらに戻るのは明日の夕方。家に戻っても夕食も朝食も一人では味気ない。
それに、ぬくもりを感じない部屋なんて退屈すぎる。
「しっかりお仕事に勤しみなさい。ワーカホリックも悪くないって、こないだ言ってたでしょ」
「まあ、ね。たまにはね」
軽口を言い合いながら、開店時間がやって来る。
今日も一日、忙しくなりそうだ。



「久しぶりだろー、この道」
高速を抜けてインターチェンジを下りる。町に近付くと、懐かしさを感じる景色が見えて来た。
駅の付近は数年前に見たきり。でも、高校までは散々歩き回った場所。
車を持たないあかねは、帰省の際は常に電車移動。高速からの眺めはピンと来なかったが、ここは違う。
さすがにこの数年の間に変化はしたが、それでも面影は生まれ育った時間の記憶を呼び起こす。
「ねえ、おじさんたちって天真くんの仕事は知ってるんだよね」
「ん?そりゃ勿論」
「『JADE』のバイト始めるとき、何か言われた?」
「あー、店の話をしたらびっくりしてたな」
あまりにもイメージとかけ離れた業種だったので、家族全員反対どころか驚きの反応が強かった。
そりゃあそうだ。子どもの頃から付き合いの長いあかねも、そして同級生たちも、あの天真が所謂ホスト?みたいな仕事を始めるなんて微塵も想像していなかった。
「まあ自分でも畑違いとは思ってたけどさ。でも、実際はそこらのホスクラとかじゃねえじゃん『JADE』って」
女性客オンリー、スタッフは男性オンリー。
客に指名されて接客をするのはホストクラブと同じだが、ボトルを売り込んだりおべっかトークも特にない。
あくまでスタッフは女性客の話し相手で、カクテルやオードブルを傍らに会話を楽しむ時間を提供する。
天真が採用された理由は、至って普通の青年だったから。
『そのままで接客して良いよ』と言われて拍子抜けだったが、それが逆に気に入ったと指名してくれる客もいて、世の中分からないものだ。
「あと、福利厚生とかしっかりしてんじゃん、バイトに対しても」
大学生だから学業を優先出来るよう、試験の時期は休みを取りやすいシフトにしてくれたり。
労災や有給、交通費に賞与もちゃんとフォローがあった。
両親は学費と家賃は出してくれていたが…実は家賃援助制度もあったりしたので、その分生活費は結構ゆとりが出来た(家賃援助のことは親に内緒だったが)。
「そんだからうちの親は、割と好意的だったぜ」
卒業後の就職で正社員登用になったときも、これまでの経緯を見ていたのでむしろ安心したようだ。
「そっか。いいなあ理解があって」
「俺とおまえは違うだろ。おまえの場合は結婚だもん、そりゃ神経質になるって」
「う、うん…」
見慣れた風景、近付いて来る自宅。
待っているであろう父と母。
「さ、頑張ってこい!」
元宮と書かれた表札の前で車を停めた天真は、車を降りるあかねを後押しした。


自宅に戻ってきたのに妙な緊張が走る。
玄関の前で深呼吸をしてから、インターホンのボタンを押した。
室内にメロディが響き、しばらくすると足音が聞こえて鍵が開けられた。
「あら、おかえり」
「…ただいま」
別段ぎこちなさも違和感もなく、母はあかねを迎え入れた。
あ、家の匂いがする。
当たり前だが、生まれ育った我が家の匂いがした。
芳香剤とか食材の匂いとかそういうものではなくて。その家の日常に漂う匂いだ。
「電車で来たの?」
「ううん、天真くんが車で送ってくれて」
「そうなの?だったらお茶飲んでってもらえば良かったのに」
会話が滞りなく繋がるので、あかねは少し安堵感を覚えた。
これまでどおり、いつもどおり。遠慮のない母子関係がある上で交わされる言葉は、子どもの頃から変わっていない。
廊下を通ってドアをくぐると、リビングとダイニング。
ソファやテーブルの色、キッチン側のダイニングセットも昔のまま。違うのはクッションカバーやカーテンの色くらい。
「お、帰ったのか」
「ただいま、お父さん」
BGM代わりのテレビの前で、くつろぐ父があかねの姿を見て振り返った。
父の顔を見たのは数年ぶりかもしれない。帰省をしなくなった前の年。
あまり変わっていないかな…と、そんな安堵感を覚えた。
「あかね、同窓会って何時から始まるんだっけ?」
「3時。だから、着替えたらすぐ出掛ける」
「忙しいな。帰りはどうするんだ、迎えに行ってやるか?」
「大丈夫。天真くんのお父さんが車で来てくれるって」
「何だか悪いわねえ。あとでちゃんとお礼言わなきゃね」
-----と、普通の会話が交わされる。

「そうだ、これ…お土産」
店の名前がプリントされた、黒いクーラーバッグをテーブルの上に置く。
中身はスパークリングワイン、生ハムやピクルスなど。もちろん、すべてイタリア製。
友雅と鷹通の母が、帰省の手土産にとあかねたちに用意してくれたものだ。
「生ものがあるから、冷蔵庫に早めに入れてって」
「うん、そうね。ごちそうさま」
多分、娘が自分で選んだものではないと両親は分かったはず。
しかしそれ以上は特に何を言うこともなく、それでいて空気が張り詰めたというわけでもなく。
「じゃ私、出掛ける用意するから」
慣れ親しんだ階段を上がって、自分の部屋のドアを開けた。
高校まで毎日暮らした頃のままで、その空間は保管されている。
「……はぁ」
一人になって、ようやく自然に呼吸が出来たような気がした。
大丈夫、上手く行ってる。ここまでは全然問題ない。
あとは…父と友雅が会う機会を作ること。それが今回の最大のミッション。
残されている時間は24時間を切っている、その間に、何とか切り出すきっかけを見つけなければ。

『対面するきっかけさえ貰えれば、その後は私に任せてくれれば良いよ』
彼の言葉を信じて、私は私の役目をこなす。
---取り敢えず、まずは着替えて同窓会の支度。
あかねの本格始動は、帰宅してからだ。



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Megumi,Ka

suga