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 Part.5(4/3)

不景気という言葉が定着してかなり経つが、週末の夜になれば繁華街も賑わう。
豪快な遊びを楽しむ客は減ったため、目映い世界感を売りにする店はかなり少なくなった。
それでもまだ相変わらず、非日常を味わう客が途切れない店はある。
「いらっしゃいませ、こちらはお久しぶりですね」
若い女性の一人客は珍しいが、鷹通は親しげな表情で彼女に応対すると、続けて天真が奥の席まで付き添った。
「オーダーはいつものカンパリか?」
「ええとね、今日は全部友雅さんが用意してくれるから、オーダーしなくても大丈夫だって」
「はぁ、わっかりました」
店内にいる客は殆ど知らないが、こう見えて彼女は超VIP。
『JADE』の存続をも左右するほどの力があるとは、まんざら言い過ぎでもない。
死角の多い店内奥のボックス席に案内したのは、もちろんオーナーのご意向。
数分後、運ばれて来たカクテルはカシスオレンジ。
定番レシピよりオレンジジュースを多めにし、度数をぐっと控えてあるとのこと。
続けてオードブル。
レモン風味のクリームチーズとグラハムクラッカー。彼女の好きなトロピカルフルーツとプロシュット。

「さて、じゃあ本題に入りますかね」
一応接客なのでテーブルセッティングをしてから、天真はあかねの隣に座った。
久しぶりに『JADE』に来た理由は、友雅が目当てというわけではない。
近付いている同窓会について、天真と最終打ち合わせをするためだった。
何せ行先も帰る方向もまったく同じ。となれば、行き帰りの時間を合わせても問題はないし、むしろそうしてくれと友雅が言う。
「俺はおまえのSPかっつーの」
ぼやきながらも嫌な顔はせず、ポケットからスマホを取り出した。
「スタートが3時だろ。1時間前には会場に入った方が良いよな」
「そうだね、遅れるよりはね。早めに来てる子もいると思うし」
到着時間から逆算し、遅くても家に着くのは2時間前…くらいに余裕を持つとすると、こちらを出発するのは午前中。
道路の混雑状況も予測して、10時前後に出掛けるのが妥当か。
「ちょっと早すぎか?」
「そうでもないよ。いつもの出勤時間よりのんびりだもの」
「じゃ、10時にすっか」
待ち合わせは最寄り駅。天真の車でそのまま地元へ。
スケジュール帳に予定を書き込みながら、フレッシュなカクテルで少し口を潤す。
「あかねも当日は実家に泊まるんだろ?」
「うーん…実を言うと、まだ連絡はしてないんだよね…」
「おまえ、いくらなんでも連絡はしとけよ。おじさんとおばさんだって心構えがあるだろ」
森村家とは古くからご近所付き合いの仲だし、同窓会のことは既に伝わっているかもしれない。
天真は実家に戻ると言っているのに、娘からは連絡ないしどうなっているのだ、と気にしているのでは、と天真は言う。
「色々気まずいだろうけど、もう逃げらんねーだろ。取り敢えず家に帰っとけ」
何かあった時は俺も援護射撃しに行くから、と肩を叩いた。

「打ち合わせは順調かい?」
バックヤードに戻って来た天真を、カウンターから下がった友雅が出迎えた。
あかねの予定時間が残り少なくなってきたので、彼の勤務時間も終わりが近付いている。
「まあぼちぼちです。それより橘さん、あいつ実家にまだ連絡してないみたいで」
天真の話を聞いた友雅は、若干驚いたような表情を見せた。
同窓会は来週に迫っているのに帰省することを両親に伝えていないとは、彼もまさか思っていなかったようだった。
慎重にならざるを得ないあかねの気持ちも理解できるが…。
「橘さんからも念を押しといた方が良いっすよ」
「ああ、そうだね。後でそれとなく話してみるよ」
友雅は答えると、フリーザーの中から小さなグラスを取り出した。
レモンの皮と果汁を加え、酸味と苦みと甘みを加えたグラニータ。
最後に用意した特別メニューは、きっと今の彼女の心境に近い味だろう。



フロントで会計を済ませたように見せかけ、鷹通の案内で裏口へと回る。
既に外にはシトロエンが停車してあり、あかねの姿を見つけるとすぐに助手席のドアが開いた。
「本日はご来店ありがとうございました、お客様」
運転席でオーナーが出迎える。他の客とは別格の笑顔で。
ドアを閉め、外で軽く頭を下げる鷹通に挨拶をすると、車はゆっくりと大通りに向かって走り出した。
駅に向かって歩く人々。連なるタクシーのテールランプ。
繁華街と違いこの時間の大通りは、店の明かりなど殆どない。生活時間が正反対の表通りと裏通り。
「今日のカシスオレンジ、リキュール入ってました?」
「一応入ってはいるけれど、オレンジの割合を多くしたから分からなかったかもしれないね」
オレンジジュースも濃縮還元ものではなく、シチリア産のストレートを使った。
風味も酸味も桁外れに違うため、普通のカクテルもレベルアップする。
今夜は天真と打ち合わせだったので、酔わないようにアルコールを極力下げておいたのだった。
「でも、肝心のことは決まらなかったみたいだね」
ハンドルを切り、国道へと車は進む。
昼間なら海岸線を臨める道も、街灯の明かりでは暗闇しか見えない。
「同窓会があるから一晩実家に泊まるだけだろう」
「うん、そうなんですけどね…」
それだけのこと。何てことはないのに、手が止まって動かない。

「私が代わりに連絡しようか」
運転席から聞こえた突然の発言に、思わずあかねは友雅の顔を覗き込んだ。
「いくら何でもそれはちょっと…。だって友雅さんは関係ないし」
「私とのことで躊躇しているのなら、無関係ではないよ」
フロントガラスの向こうを見つつ、彼はそう話す。
しばし途切れる二人の会話。ラジオから聞こえる古いジャズナンバーが、そんな時間の隙間を埋める。
「…友雅さん、どこかコンビニ寄ってください」
この先の合流地点を過ぎればマンションまであと数分のところで、あかねが急に寄り道を願い出た。
「買い物し忘れたものがあるのかい?」
「ううん、そうじゃないです。どこかで一旦…車を停めて欲しいんです」
24時間営業のコンビニか、深夜まで営業しているファミレス。この時間に開いている店は、そのどちらかくらい。
確かひとつ先の交差点近くにコンビニがあった。遠回りになってしまうが、友雅はあかねの頼み通りアクセルを踏み込んだ。
駐車場には車が2台、外から見える店内は客が2〜3人くらい。
駅周辺や繁華街なら時間に関係なく混雑しているコンビニも、立地条件によって客数が変わる。
一番端のスペースに車を停めると、あかねはバッグからスマホを取り出した。
ディスプレイの明かりが、彼女の手元と横顔を照らす。
「家に連絡します」
「こんな時間に良いのかい?就寝されていたら気の毒だよ」
「大丈夫です。仕事の関係で、父は木曜は帰りが遅いんです」
今の時間ならば遅い食事をしているか、或いは入浴しているか。就寝していることはまずないと思う。
小さく深呼吸をして、あかねは自宅の電話番号を押す。
と同時に、友雅は車を出て店の中へ入って行った。



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Megumi,Ka

suga