午後2時。一旦店を閉じてようやく小休止&ランチタイムだ。
大抵のスタッフはまかないで済ませるが、特にルールはないので用事のついでに外食する者もたまにいる。
まかないは調理場スタッフが毎日交代で作る。
余分な材料を考慮しながらそれぞれ得意なジャンルで腕を振るうので、飽きることのない日替わりメニュー。
「今日はドリアなのね。最近少し肌寒い天気が多いから良いわね」
本日のランチは魚介のドリアとパンプキンスープ。トマトとシーフードの味わいに、甘めのかぼちゃでバランスの良い組み合わせだ。
客がいないテーブルに料理をセッティングし、各自好きな飲み物(アルコール以外)を手にして席につく。
「あら、森村くんは?」
鷹通の母が顔ぶれを見渡すと、一人だけ空席になっている。
「ご友人に連絡することがあるとのことで、裏口でお電話しているようです」
「じゃあ、さほど時間は掛からないね」
と言っていたところに天真が戻って来た。
冷蔵庫から持って来たジンジャエールと共に、空いている席に着く。
「いやー、久々の相手だったんで話が長くなっちゃって」
ほんの数分程度だと思ったが、天真にとってはそれが長電話という感覚らしい。
確かに彼の性格を考えれば、電話よりも会って話すのが似合っている。
「で、いきなり申し訳ないんすけど、来月の土日どこか…休みを調整出来ないですかね?」
カトラリーを手に、天真は友雅たちの方を見て言った。
「実は恩師が来年定年退職なんで、同窓会やろうかって話が出てまして」
恩師とは、高校の三年間を受け持ってくれた女性教師。
既に当時五十を過ぎていて、校内でも数少ないベテラン教師の一人でもあった。
飾らない面倒見の良い性格で、生徒たちには母親のように慕われていた。
母校の教師になった同級生の話では、退職後は夫の故郷である九州に移って第二の人生を始めるのだという。
「素敵な人生設計ねえ。でも、九州だと遠くなっちゃうわね」
「でしょ?だから今のうちにみんな集まろうかって」
学校での時間は残り少ない。行事や生徒指導の他に退職への準備などで益々忙しくなるだろう。
それなら出来るだけ早いうちに、全員は無理でも都合のつく者を集めて会いに行こう、という計画がプチ同窓会に発展した。
「予定はいつ頃?」
「取り敢えず全員に連絡が行き渡ってからじゃないと、はっきり出来ないんですけどねー」
比較的カレンダー通りの仕事に就いている者が多いので、おそらく土日祝が最有力になりそう。
それ以外の勤務体制の者は、日程に合わせて休みを申請しなければならない。
「先に土日取ってる人はさすがに無理だから、他の人と調整するしかないわね」
「1日だけでも良いっすよ。いざとなったら日帰りで何とかします」
「積もる話を解消するには1日じゃ足りないだろう?」
「まーそこは折り合いつけますんで、一応頭の中に置いといてください」
そう言って天真は再び食事を再開した。
昼食が終わり多少の自由時間を挟み、夜の営業に向けて各々が支度を始める。
厨房係は料理の仕込み、フロアスタッフはカトラリーやグラスの手入れ。
繊細さを強いられる作業ではあるが殆どのスタッフが『JADE』を兼ねているので、こういったことは手慣れたものだ。
意外に思われるかもしれないが、天真はグラスを磨くのが得意。丁寧に細部まで磨き上げるため、高価なグラスは彼にいつも任せている。
そんな彼の隣で、友雅は銀のカトラリーを磨く。
「天真は、ずっとあかねと同じ学校かい?」
「ですね。家が近所だから学区が同じなんで必然的に」
幼稚園から小学校へ。その後は中高一貫校に進んだ。
大学は別に狙ったわけでもなく、お互いの偏差値レベルと志望学部がたまたま同じ学校になっただけのこと。
しかしそう考えると…本当に腐れ縁というか。
「幼なじみから発展することはなかったのだね」
「いや、逆にこれほど付き合いが長くなると身内みたいなもんで、妹が二人いるような感じっす」
雑談を続けながらも、どんどんグラスを磨き上げていく。
クリスタルのような透明感を放ち、フロアライトの下でそれらは輝きを増す。
「…なら、あかねが昔付き合っていた相手も知っているのかな」
動かしていた手を止め、天真は顔を上げた。
彼はカトラリーを磨く手を止めない。顔も上げず、起伏のない至って普通の口調。
「大丈夫っすよ。うちの担任とは全然関わってないんで、同窓会に来る可能性はゼロっす」
同級生ではないし、こちらは普通科の一般であちらは理系コース。
カリキュラムも全然違うし部活も別。そんな彼とあかねが付き合うようになった馴れ初めは…知らない。
「やっぱ気になります?」
「ならないと言えば嘘にはなるけれど、過去についてはお互い割り切っているよ」
昔の恋は詮索しない。未来がないものを思い出しても意味がないから。
それよりも目の前にいる選ばれた人と、"これから"を思い描いて行くほうが良い。
「まあ、そういうのをいちいち気にしてたらキリがないっすからねえ」
……普通の人ならまだしも、友雅の場合は。
と、天真は心の中だけでつぶやいた。
+++++
その日は『JADE』の営業日だったので、友雅の帰りは深夜になる。
こういう時は鷹通の母が来てくれることもあるが、今日は用事があるらしく久々に一人で過ごす夜だ。
夕食は簡単に済まるつもりだったのに、自然と分量は二人分。
多めに作る方が楽だし、彼が帰宅したら温め直せば良いし。何より、こういう習慣が身に付いてしまった。
時計が表示している現在の時間は午後8時25分。
つけっぱなしのTVから聞こえる音をBGMに、有り合わせの材料で有り合わせの料理を数種、ワンプレートで。
すぐ手の届く場所にスマホを置いて食事を始めてから、5〜6分ほど過ぎたところで呼び出し音とモニタが点滅した。
「はい、うんそう。今、夕飯食べてるとこだけど大丈夫」
滅多に掛かってこない相手だが、その声はとても懐かしい。
卒業以来殆ど会っていないというのに、話しているだけで当時に戻ったかのような気にさせる友達の声。
"ホントに久しぶりだよねー"とスマホ片手に食事。
行儀が悪いことは分かっているけれど、お互い限られた時間での電話だからおおめに見て欲しい。
「そうだねえ、なかなか集まれる機会ないものね」
話の内容は同窓会のこと。日程は既に決定していて、あとは時間と場所と予算などを決めれば完了。
今のところ参加者はクラスの半分程度。当初は居酒屋の個室を予約しようと思っていたが、帰宅が遅くなりそうなのでホテルの宴会場の方が良いのでは、という案が出ている。
同級生にホテル勤務の者がいて、一人の予算もかなり抑えぎみにプランを組んでくれるという話。
「3時間プランで、うん。そのあとは二次会とか」
メインの宴会は3時間として、終了後は時間の許す者だけで別の場所に移動と。
家族がいる者や明日は仕事という者、あかねや天真のように遠方から来る者もいるので、二次会については各自臨機応変に進めるのが良いだろう。
「私?私はどうしようかな…」
天真は実家に一泊していく予定らしいが、あかねはまだ決めかねていた。
帰省する機会を失って二年。突然実家に行ったって問題は特にないけれど…。
ここにいない、彼の姿を思い浮かべる。
友雅と対面した母と、まだ直接会っていない父。
二人にどんな顔で向き合えば良いのだろうかと、胸にはモヤモヤが渦巻いたまま。
でも、いつまでも立ち止まってはいられない。道が続いているのに、進めないのでは意味がない。
彼は彼なりに前を向いて歩き始めているのだから、自分もそれに続かなければ。
…分かってはいるのだけれど。