Follow me Along

 Part.5(4/1)

「ちょっと調べてみたけれど、かなりハイクラスのホテルらしいよ」
「えっ、そうなんですか!?そうだとは思ってたけど…」
テーブルの上には冷えた白ワインと、彼が作ってくれた夕焼け色のオリジナルカクテル。
ありあわせの魚介とハーブを使ったカルパッチョに、定番の生ハム巻きグリッシーニ。
冷蔵庫にある数種類のチーズを皿に並べ、ガラスの器にはカラフルなミニトマトのグラッセを。
少し開けた窓から聞こえる、ひぐらしの声と波の音。
眼下に広がる水平線沈みゆく夕日と引き換えに、月明かりが闇を照らし始めると秋の虫が歌い出す。
夏の名残を感じさせる黄昏時。
名画に勝るとも劣らない自然の景色を眺めて過ごす、二人だけのくつろぎの時間。
十分すぎるロケーションだが、こちらのパンフレットに映る写真もなかなかだ。
開いたパンフレットを、あかねは隣から覗き込む。
鷹通の母からプレゼントされた、リゾートホテルの宿泊チケット。
著名な海外の建築家たちとインテリア会社が提携し、高級ホテルチェーンがプロデュースに関わったことで話題なのだとか。
国内にいながら海外のリゾートを楽しめるコンセプトで、予約を取るにも数ヶ月先まで満室という。
そんなホテルの宿泊券をどうやって手に入れたのか。
建築家の中にイタリア人が含まれているのを見れば、おおよその想像はつく。

「ワーカホリックもたまには悪くないな」
ここ最近の自分は、なかなかに仕事人間だった。
いつも通りに二店舗の経営に加え、現地視察のために海外へと慌ただしい日々。
柄にもなく真面目に取り組んでいたと自負しているのは、二人に関わる新しい動きがあったからだろう。
母親と一応の対面を果たし、近いうちに父親とも…と思っていた矢先に飛び込んで来た事例。
今回は直接顔を合わせることは出来なかったが、この分だとさほど遠くないうちに機会が訪れそうな気がする。
その時に自分は---------。
こういう時くらい、少し悪あがきをしても良いかなと思った。
あかねとの関係を真面目に築いていることが伝わるように、ここは背筋を伸ばして地に足を着けて誠実に。
仕事もプライベートもしっかりこなすエリートビジネスマン…な雰囲気は無理にしても、浮ついた考えはもう排除しなくては。
何もかもすべて、彼女のために考えてきたことなのだから。
「で、いつ行きます?お休み合わせないと」
友雅の手にあったパンフレットは、いつのまにかあかねの手の中にあった。
「そうだな。今年の秋は割と連休が多いけれど、どうせなら平日が良いね」
カレンダー通りの休日に合わせて予定を立てる人は多い。つまり、外出先が混雑している可能性大。
何よりも、二人で過ごすリゾートホテルのバカンスなのだ。部外者は少なければ少ないほど良い。
「あかねの休みに合わせるよ。こちらはまあ、何とかしてもらうから」
チケットを渡してくれた張本人は『あかねと二人で』と言っていたのだし、ここは遠慮せず融通を利かせてもらおう。
「ふふ、楽しみ。ちょっと遅い夏休みですね」
暦では既に秋に突入しているが、まだまだ時折残暑が顔を出す気候。
部屋にあるプライベートプールでの水遊びも、これならば十分楽しめる。

「そうだ、せっかくプールがあるんだもの水着持って行かなきゃ」
「持っていたのかい?あかねの水着姿見たことないな」
「一応持ってますよ。友雅さんとはそーいうところに行ったことないでしょう」
「確かに、そういった場所は縁がなかったね」
水平線を臨む窓の景色でも分かる通り、マンションの目と鼻の先には海が広がる。
数分歩けば砂浜に下りられるのだが、この辺りは別荘地が多いので海水浴客は殆ど来ない。
そのためか、海は泳ぐ場所という考えを抱いたことがまるでなかった。
「今度アパートに戻って探してきます」
持ってはいるけれど、最後に使用したのはかなり前。
クローゼットの中で眠ったまま結構経つが、元々あまり着ていないので傷んではいないはず。
すると彼は急にソファから立ち上がり、一旦寝室に向かってから再びリビングに戻って来た。
「滅多にない機会だから、いっそ新調したらどうだい」
そう言ってあかねに差し出した、淡いラベンダー色の一枚の名刺。名前と肩書きには見覚えがあった。
彼女は『JADE』の顧客でも割と古株で、レディースウェアのセレクトショップを経営している。
カジュアルからフォーマルまで幅広く取り扱い、靴やバッグ、そしてインナーまであらゆるものが揃う。
あかねも友雅に連れて行かれたことがあり、顔見知りと言ってもいい。
「でも、季節的にシーズンオフですよ。置いてないんじゃ?」
「それは国内だけ。海外に旅行する客も来るだろうし、全然置いてないってことはないよ」
確かにあの店構えを思えば、海外旅行も日常茶飯事の客が多く訪れていそうだ。
各国で季節も気候もまったく違うわけだし、オールシーズン対応の品揃えもうなづける。
「行くなら連絡しておくよ。店頭になくても用意してくれるだろう」
「うーん、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな…」
ファッションというものは、常に流行り廃りがある。
滅多に着なくて傷みがない水着でも、時間が経てば流行は変わって行く。
果たして今の流行りはどんなデザインなのだろう?色は?柄は?
雑誌は既に季節外れだから、ネットでちょっと調べてみようか…と考えていると、肩に友雅の手の感触が伝わった。
「水着なしで泳いでみるという提案は却下?」
耳たぶに感じる吐息のような声。甘い口調で囁くのは彼の計算。
「誰の視線も気にしなくて良いプールなんて、滅多に使えるものではないよ」
「友雅さんの視線が一番気になるんですけど」
「おや、今更私に見られて困ることがあるのかい?」
肩を抱く左手の代わりに、右手の指先があかねの顎にのびる。
輪郭をなぞりつつ、下唇を長い指が弄ぶ。
気がつけば窓の外は太陽がすっかり姿を消し、夜の帳に覆われた水平線の空は星が瞬いていた。
もうしばらくしたら月が頭上に移動し、柔らかな明かりが闇を照らし始める。
「見られて困ると言われると、余計に見たくなってしまうな」
古今東西、見るなのタブーを破った者に待っているのは大概悲劇の結末。
しかし人間とは『NO』と言われるとスイッチが入ってしまう生き物で、罪悪感を覚えつつも対象に手が延びる。
そう、そこにあるものが何か分かっていても、再度この目で確かめてみたくなる。

滞在時間は短いけれど存分に楽しんで来よう、とキスの合間に友雅が言う。
贅を尽くした非日常空間は、二泊三日だけ二人のために提供される。
外部からの情報はすべてシャットアウトし、気ままに気楽に自分たちのペースで。
「お楽しみが待ってると思うと、仕事もやる気が出てきますね!」
「個人的には今すぐ旅立ちたいが…そうも行かないのが辛いところだ」
まあいい。これも仕事に専念したからこそのご褒美。
出発日がやって来るまでは、期待を膨らませて毎日を過ごすとしよう。やらなければならないことは、幸いにもたくさんある。
そのひとつが、サイドテーブルの上に置かれたファイルの内容だ。
「もう冬の準備なんですね。まだ秋になったばかりなのに」
店で提供している季節のコースの組み合わせ。
11月中旬をめどに秋から冬へとメニューを変えて行くのだが、材料の発注をするにも早めに決定しなければならない。
同時にもう一つ、クリスマスディナーや年末年始のことについて。
『Giada』だけでなく『JADE』での提供内容も考える必要があるため、忙しさは二倍になる。
「ドルチェについては、今回もアドバイスをお願いしたいのだけど」
「もちろん喜んで試食しますよ!」
洋菓子専門スタッフの意見だけでなく、客の立場に近い人の舌で確かめて欲しい。
男性と女性では味の感じ方もやや違いがあるので、そういう意味であかねは最高のアドバイザーなのだ。
実際、これまで彼女が関わってくれたドルチェは評判が良く、テイクアウトはないのかと度々尋ねられた。
ドルチェの感性に長けた彼女は、まさに"dolcezza"という名称に相応しい。



+++++

Megumi,Ka

suga