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 Part.4(4/3)

現代風にアレンジしたカンツォーネのBGMは、食事をしながら会話に花を咲かせても邪魔にならない。
賑わう人々の声と音楽とが程よく絡み合い、ほぼ満席の店内には居心地の良い雰囲気が流れている。
「いらっしゃいませ。三名様でらっしゃいますか」
スーツ姿の男性たちが店にやってきた。そのうち二人は三十代、もう一人は五十代半ばくらい。上司と部下といった感じの組み合わせだ。
「お席にご案内いたします」
鷹通は彼らを、テラス近くに空いていた席へと案内した。
一人一人にメニューを手渡し、開かれたタイミングを見計らってひとこと。
「本日は肉は子羊肉、魚は鰆がおすすめでございます。コースとアラカルト、どちらになさいますか?」
「さすがにコースってのは…。単品でいくつか頼みましょうか」
「私はこういう店は初めてでよく分からないから、若い君らに任せるよ」
「そんなこと言われたら、メニュー選ぶのに緊張するじゃないですか」
上司と部下たちの会話を微笑ましく思いながら、後ほどオーダーを取りに来ると告げて鷹通は一旦その場を離れた。
厨房に戻ると、テーブルの後片付けを済ませた天真とすれ違った。
「森村くん、手が空いていたらテラス近くのお客様にお水をお願いします」
「あ、了解っす」
ぴかぴかに磨いたグラスを3つとミネラルウォーターを手早く用意して、再び天真はホールへと出て行く。
かと思えば今度は頼久が、追加オーダーを取りに客のテーブルへ。
ラストオーダーの時間が近付くまで、この動きは続いていく。
チャリン、と金属が触れ合う音。
振り返ると鷹通の母が、ワインセラーの鍵を手に取っていた。
「今日はサンティがよく出てるみたいなのよ。だから、もう少し取ってくるわ」
店が忙しいときは、彼女もスタッフ同様に動き回る。責任者(の一人)だからといって、じっとしていられないのは元々の性分。
黙って指示するより自ら行動。ビジネスもプライベートもアクティブな女性だ。

その時、表情を強ばらせた天真が足早にバックヤードへ戻って来た。
「どうしましたか。オーダー承りました?」
「いや、あの、その、そ、そ、そういう問題じゃなくてっ…!あのっ、き、き、緊急事態がっ!!」
パニックに陥りながらもオーダー表は厨房に差し出す。
そして改めて鷹通の顔を見る。
「お客さんがっ、あのテーブルの、お、お客さんがっ!」
「森村くん…まずは落ち着いて。それじゃ何を言っているのか分かりませんよ」
ちょっとしたトラブルにも動揺しない天真がこの調子。ただ事ではないだけに、慎重な状況判断をしなくては。
鷹通だけでなく、ワインセラーに向かおうとした彼の母も足を止めて天真を囲む。
一体何が起こったのか、ゆっくり正確に伝えてくれと言い聞かせると、混乱した言葉が少しだけ整理されて天真の口から吐き出された。
「あかねの…あかねの親父さんが店に来てますっ!!」
-------------------!?

"緊急事態"という意味がやっと分かった。
「ちょっと、ホントに?どこに?どのお客さん!?」
「今、水を持ってったテーブルの、テラス脇の、部下みたいな男を二人連れてる人っす!」
鷹通の頭の中に、少し前の記憶が浮かび上がって来た。
部下と和やかに話していた男性の姿と表情。気難しい雰囲気はなく、どちらかと言えば穏やかな面持ちと物腰で、若い社員にも慕われていそうなタイプに思えた。
あの男性がまさか、あかねの父親だったなんて。
「それで、お父様は何か言ってた?うちに来た理由とかは?」
「理由っていうか、取引先への挨拶回りの帰りで、このまま直帰だから飯食って帰ろうと部下連れて来たって」
果たしてこの店を選んだのは部下か?それともあかねの父か?
「うちの店をまったく知らないってことは、ないわよね…」
以前あかねの母は店に招待したし、その際に友雅は自分たちの関係を打ち明けた。
その後、彼女の母が父に何も告げないでいるとは考えにくい。
娘が結婚を前提として交際している男性を、自分もこの目で確かめてやろうと思ってやって来たのでは…。
「やっぱりそうなんですかね?橘さんを見極めに?」
「そうだとしてもタイミングが悪いわ。よりによって、彼はイタリアだもの」
友雅に会いに来たのが理由だとする。
それならそれで、あかねの父に直接対面するチャンスとも言える。
前回の様子を見ても意外に友雅は肝が座っているので、機会があれば自分からアクションを起こすだろう。
しかし、彼は今イタリアにいる。どんな手段を使っても、今すぐここに来ることは不可能。なんとかドアがなければ100%無理。
「森村くん、あかねさんのお父様に着いてもらえますか」
とりあえず今回は、あかねの両親と顔なじみの天真に給仕を任せるのが懸命。
その都度会話を交わしていれば、来店した意図も分かるかもしれない。
詳しいことは友雅が帰国してから、彼とあかねも交えて話し合って………

「いえ、ここは私が行くわ」
無難に事を済ませようとした鷹通を遮るように、彼の母が自ら給仕を申し出た。
「お仕事仲間とご一緒ですし、プライベートのことは避けた方が」
「大丈夫。普段通りの接客をするわよ。今後の参考に、どんな方なのか知っておきたいの」
そう言って鷹通の肩を叩き、背筋を伸ばすとブルスケッタとピクルスを手にしてホールへ。
ここからだと距離があるので、席の様子を伺うのは難しい。
かといって店内をウロウロするのはかえって不自然だし、ここで鷹通の母が戻るのを待っているしかない。
「森村くんは先月帰省されましたよね。あかねさんのご両親と会ったりしませんでしたか?」
「一晩しかいなかったっすからねえ…」
天真も気になっていたので母に探りを入れてみたが、特にいつもと変わりないとの返事。
外側から見える部分は普段どおり。しかし家の中では、これまでと違う空気が流れているだろう。
「お父様は、どう思われたでしょうね…」
「亭主関白な人じゃないっすよ、町内会のイベントとかも出たりして、人付き合いの良いおじさん。あかねに対しては、過保護ってわけじゃないけど…」
やはり一人娘のことだから、いろいろ心配や不安は常に持っている。
大学に入って一人暮らしを始めるときも、住居は学校近くか幼なじみの天真のアパート近くを条件に出されたとか。
「いくらよく知ってる相手だからって、年頃の男の近くに住めってのもどーかと思いますけどねえ」
「知り合いが近くに居る方が安全でしょうし、森村くんが信用されている証拠でしょう」
互いに意識してないことを見抜いていたと思われるが、安心されすぎるのも複雑と言えば複雑。
だが、あかねの父の気持ちは我が家に置き換えてみれば自然なこと。
天真の父も息子には割と放任だが、一方で妹の蘭にはやや神経質になっている。
つまり、多かれ少なかれ男親は娘に対して心配性になるものだ。

そんな風に雑談を続けていると、鷹通の母がホールから戻って来た。
「如何でしたか?」
「そうね…普通の穏やかなお父様だったわ」
さっき天真が言った印象とほぼ同じ。年の離れた若い部下とも気軽に会話していて、とっつきにくさは全くなかった。
この人があかねの父なのか…と思いながら見ていると、なるほどと感じられるところもあった。
人あたりの良さというか、場を穏やかにさせる雰囲気というものが、親と娘に共通している気がした。
「あのね、ここに来たのはお父様の提案じゃなかったみたい」
どこで食事をしようかと話しているとき、部下の一人が『giada』の名前を出したのだそうだ。
彼は最近口コミでこの店を知り、前々から一度行ってみたいと思っていた。確か住所がこの辺りだと記憶していたので、上司も誘って来てみたというわけ。
「でも…『私も聞いたことのある店だったから』って、お父様おっしゃってたわ」
「俺が勤めてる店だから、ですかね」
「ええ、森村くんのこともあるでしょうけど…それだけじゃないわよね、多分」
興味があるのは、この店自体ではなくこの店のオーナー。
経営者という意味ではなくて、あくまで個人的な理由で。
「彼だけじゃなく、あかねさんにも連絡しておくわ。お父様がお店にいらっしゃったこと」
「それが良いですね。こちら側だけの問題ではないでしょうし」
次の進展はもう少し先になるかと思っていたが、予想外に機会が訪れてしまった。
一歩前に踏み出したら、次は下がるか?それとも--------更に前へと進めるか?
まだ薄暗くて足元しか見えない道に、光を灯すのは彼らにしか出来ない。



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Megumi,Ka

suga