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 Part.3(6/6)

ランチタイムも終了し、店は休憩時間に入った。
賑やかだった店内は静まりかえり、落ち着きを取り戻している。
厨房から出られなかったスタッフも、今は休憩室で遅めのランチを摂りながら身体を休めている。
しかし天真だけは、現在も時間外勤務中。
30分ほど前に店の裏口から、あかねたちを乗せた車が出掛けて行った。行く先は隣町のホテルだがラッシュアワーにはまだ時間があるし、渋滞がなければ15分も掛からず到着するのではないだろうか。
「森村くんには特別報酬を用意しないとね」
天真があかねと幼なじみだったことが、今回の件で一番のポイントだった。
彼がいてくれたおかげであかねの母も緊張感や警戒心が和らぎ、無事に食事の場を終えることが出来たのだ。

-----"無事"とは言ったが、100%無事かどうかは何とも言えない。
あかねの母を困惑させたことは間違いないし、それが好印象に繋がったかは微妙なところである。
「結構直球だったものねえ。こっちもびっくりしたわ」
「悪趣味ですね、立ち聞きですか?」
「心配だったのよ、これでも。他人事じゃないもの」
音楽も何も聞こえない、時が止まったようなフロアの一席。
ブルスケッタをかじりながら、ミネストローネとコーヒーを傍らに先ほどの話を他愛もなく続けた。
「でも、なるようにしかならないわよね、今のところは」
「今回はあくまでも、存在証明をしたに過ぎないしね。これからが正念場だ」
本当にあかねに恋人がいることを、彼女の母はその目で確認した。
そして、"結婚を約束している"ことも嘘ではないと分かってもらえたかと思う。
「どうするかしらねえ。素行調査されたりして」
大富豪や由緒正しい旧家ならあり得るが、ごく普通の一般家庭でそこまで?
可能性は低いがどんな家柄であろうと、一人娘の付き合う相手の素性は気になるはずだ。しかも、結婚を考えている相手というのなら調査したくもなる。
どこで生まれ、どこでどんな家庭に育ったかという出生に関わることから始まり、現在の職業や職場での評判に収入…等々。
「まあねぇ、育ちについては問題ないでしょうけど、これまでの素行はどうかしらねえ?」
数年前の自分には、"健全"と真逆の日常があった。それは一切否定はしない。
しかし彼女に出会ってから、その日常が更に真逆になった。
煙草は止めた。生活環境も変わった。仕事への姿勢が変化したのは自身よりも周囲が認めている。
「あかねさんが、あなたを変えたんですものね」
彼女のために、彼女を優先しているうちに自分が変わった。
それほどに、友雅の中であかねの存在は大きい。
過去の愚行を白紙にだなんて虫の良いことは言わないが、こんなにも強い彼女への想いは理解してもらいたい。

「ただいま帰りましたー」
友雅たちの視線を集めながら、天真がフロアに入って来た。厨房に用意されていたまかないを手に、呼ばれるがまま彼らの近くに腰を下ろす。
「お疲れさま。道、混んでなかった?」
「全然ガラガラでしたよ。だからかなり早く着きました」
「良かった。で、あかねさんとお母様の様子はどうだった?」
「あー…口数は多くなかったっすねえ」
色々と適当に話題を振ったりしたのだが、軽快な会話には至らなかった。
どことなくギクシャクしているような、どうとも言えない雰囲気のままでホテルに着いてしまった。
「あかねはアパートに戻りたいっていうんで、そっちに送ってきました」
「そうか、助かったよ。あかねもアルコールが入ってるからね」
彼女にも心労を与えてしまったな。私と母上殿の間に挟まれて、かなりパニックを起こしていただろう。
「今夜は私と鷹通に任せて、あなたは早めに上がりなさいな」
急に鷹通の母が、友雅にそんな事を言った。
「あなただって色々メンタル的に大変だったでしょ。それ以上にあかねさんも疲れてるだろうし、一緒にいなさい」
「頭のキレる味方がいるというのは、本当に有り難いね」
「言っておくけど、あかねさんのためを思ってよ?」
はいはい、と笑って受け答えながら友雅は席を立つ。
しばらく背負っていた肩の荷を、ようやく一旦下ろすことが出来た。
次にやって来る更に高い壁に向かう前に、今は平常心に戻って仕切り直しが必要。
「じゃあお言葉に甘えるとしよう。後はよろしく頼むよ」
彼がホールを出て行くと、鷹通の母は声を潜め天真の耳に口を近づけた。
「お母様に言っておいてくれた?」
「一応。反応はパッとしませんでしたけど、機嫌が悪い感じじゃなかったっす」
「なら良いわ。取り敢えず第一関門突破ね」
当人たちが知らないところで、サポーターがこそこそと動いている。
その影響が結果として出て来るのは、まだ先の話だ。



夕暮れ時が近づき、カーテンがオレンジ色に染まる。
使いかけの野菜を鍋に放り込んでコトコト30分。甘い匂いが漂い始めた頃、インターホンが鳴り響いた。
時刻はまだ午後6時。平日のこんな時間にやって来る人なんて…とモニタを覗くと、あかねはすぐにドアのロックを外した。
「友雅さんどうして?まだお店やってる時間じゃ…」
というより、これからディナータイムが始まる頃。
昼間と同様に忙しい時刻に、何故彼が?
「今夜は早退。言っておくけれどサボりではないよ?彼らに勧められたのでね」
簡単に説明をすると、あかねはホッとした様子で友雅を中に招き入れた。

「戻る前に食材を片付けようと思って、取り敢えずスープを煮込ん………」
急に声が途絶えたのは、思いがけなく身体を締め付けられたせい。
背後から包み込む両腕に動きを阻止され、彼の腕の中に身を預けるしかない。
「今日はあかねにも気苦労を掛けさせたね」
「あ…うん、確かにちょっと…びっくりしました」
「それはすまなかった。でも、母上殿には本心を知ってもらわねばならなかった」
私は誤解を招くタイプだからね、と友雅は笑う。
あなたは見た目がそんな風だから、かなり遊び人なんだろうなと思われる。
仕事も恋愛も浮ついていて、真面目で堅実な生き方とは縁遠い人だろう…。面識が薄い人ほどそんな印象を持つはずだ、という鷹通の母からの苦言。
誤解どころか、おおむね当たっている気がする。過去の自分には思い当たる節がありすぎる。
だから、強い意志を見せなくてはいけない。
彼女への気持ちを誤解されないように。
「あかねは特別な存在だから」
いつのまに、これほど惹かれてしまっていたのだろう。
四六時中、君の存在が意識から離れない。
眠りについても、きっと君の夢を見る。そして目覚めて、君の姿を確かめる。
そんな一連の日常が、どんなに幸せなものか。
「分かってもらえていると良いんだがね」
こればかりは何とも判断し難い。果たして---------。

「私も友雅さん見習って…真っ向勝負しなきゃですね」
思い返してみればこれまで自分は、肝心な部分を腫れ物のように扱い過ぎていた。
深く追求されるのを怖がって、結局問題解決を先延ばしにさせていた。
当事者がこんな調子では前になんか進めない。片方の努力では意味がない。
二人のことなのだから、自分もしっかり向き合わなければ…とあかねは思った。
「他人の私と違ってあかねは親子なのだから、これが原因で関係がこじれると心苦しいな」
「大丈夫です、説得しますから。分かってもらうまで諦めません」
好きになった人と相思相愛になれた奇跡と、相手に必要とされている確信を得られた奇跡。
誰もが得られるわけではない喜びを手にした以上、絶対に離さない。
そう強く思いながら互いを強く抱きしめる。
鍋から漂う香りが、さっきよりも濃くなっていた。
片手であかねの腰を支えながら、もう片方でコンロのスイッチをOFFにする。
「あ…今日用意してくれたお料理、とても美味しかったです」
「そうか、良かった。あかねに気に入ってもらうことも重要だからね」
互いの好みは大体把握して来たけれど、それでも常に頭を悩ませる。
どうやったら喜ばせられるのか。楽しんでもらえるか。
悩むこと自体がまた楽しさでもある。

「今夜も泊まって行って良いかい?」
「良いですけど…買い置きは結構使っちゃったし、たいしたもの作れませんよ?」
「構わないよ。ここには特別豪華なものがあるし」
頬に触れる大きな手から伝わるぬくもり。唇が重なるまで近づくと、彼の首筋から馴染みのある香りを感じた。
私と同じボディシャンプーの匂いがする…。
「ん?」
くすっと笑ったあかねの顔を覗き込む友雅に、そのまま抱きついて目を閉じた。




--------THE END




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2016.11.18

Megumi,Ka

suga