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 Part.3(6/5)

「オーナーさんやシェフの方に挨拶だなんて、初めてだから緊張しちゃうわ」
そういうことは食通やグルメなセレブのような、店側にとって利益のある客がすることだと思っていた。
「どんな話をすれば良いの?材料とか調理法とか聞かれても知らないわよ?」
「私だって分からないよ、そんなこと…」
こっちはそれどころじゃない。
耳に入って来るかすかな物音や話し声にも、異常なほど敏感になっている。
彼が来たら、どうすべきか。
母に紹介する方が良いか、それとも知らぬ振りをするか。
……と答えが出ないうちに、ノックに続いてドアが静かに開いた。

「本日はご来店頂き、誠にありがとうございます」
友雅が深く礼をすると、水を打ったように室内が静まり返った。
母が呆然とした理由はというと、オーナーがこんなに若い男性だと思わなかった故の驚き。
店の拘りや天真の話を聞いていても、せいぜい50代くらいの貫禄がある人なのではと勝手に想像していたが、完全にそれらは一掃された。
いや、それよりも驚いたのは彼自身についてだ。
芸能人が入って来たんじゃないかと思ったほど、周囲の空気が一瞬で華やいだ。
本当に彼が、この店のオーナー?
モデルとか俳優とかではなくて、彼がレストランの経営者?
一方であかねの方も、ぽかんとして友雅を見上げていた。
緩やかな長い髪を後ろで束ねているのはいつものことだが、身を包んでいるのはブルーグレイのスリーピースにネイビーのネクタイ。
パーティーに参加する時は殆どスーツだけれど、こんな正統派スタイルの彼を見るのは初めて。
普段とはまったく違った印象に、何だか…ちょっとどきどきしてしまう。
そんなあかねを気にすることもなく、友雅は背筋を正しジャケットの内ポケットに手を入れた。
「ご挨拶が最後になり失礼致しました。私、オーナーの橘と申します」
彼女の母の前に、名刺を一枚差し出す。
母はそれを受け取ると、印字されている彼の名前をじっと見つめた。

"橘友雅"----か。
肩書きは確かにオーナーと書かれている。
「お食事はお口に合いましたでしょうか?」
「え?ええ、どれもこれも本当に美味しくてびっくりしました」
急に問いかけられたからか、慌てて母は笑顔で答えた。
やはり、その程度の言葉しか思い浮かばない。
小難しい専門用語など知らないし、素直に感じたのは"美味しい"だったのだ。
「何かごめんなさい、気の利いたこと言えなくて」
母が苦笑いを浮かべながら言うと、友雅は微笑んで首を横に振った。
「お客様の心から自然に生まれた言葉こそが真実です。最高の褒め言葉をありがとうございます」
その物腰がまた艶やかなものだから、照れ隠しでつい母は笑い声を上げた。
「こちらが本日お出し致しましたメニューとなります。宜しければ、記念にお持ち帰り下さい」
二人の前に差し出されたグリーンの紙には、手書きのイタリア語と日本語での料理名が記されていた。
あかねと母と、かぶったものは一切ない。
同じものを口にしたのは、食前酒と食後のコーヒーくらいだろう。
事前に聞かれた母の好みもしっかり取り入れられていて、よくここまで一つ一つ吟味した料理を作り上げたものだ。
「あの、今日はうちの娘が払うって言ってるんですけれど…」
「ご心配なく。前もってお嬢様とはお話をしておりますので、ご予算に関しては問題ありません」
これだけの料理を出されたら、当然金額が気になる。
既に自分で稼いで生活している身とはいえ、娘の負担が大きくなるのは親として気が重い。
ランチタイムだから少しはリーズナブルなのかと気軽に考えていたが、こんな本格的なフルコースが出て来るとは思わなくて。
「あかねさんのお母様にお召し上がり頂くのですから、妥協など出来ませんので」
にっこりと友雅は微笑んで、そう答えた。

…………。
さっきとは違った意味で、しんと静まる室内。
その空気を、彼が自ら切り開いた。
「申し遅れました。以前より、お嬢様とお付き合いをさせて頂いている者です」
そう言って再び深く一礼をする。
再び彼が顔を上げると、言葉を失ったままの二人が自分を見ていた。

-----ま、そうなるだろうね。
あかねたちの反応に、友雅は心の中で苦笑した。
それまで普通に話していた相手から、『私が娘の恋人です』なんて唐突に告白されたら、そりゃ何も言えなくなるだろう。
どうやって伝えれば良いのか、これでも一応は色々考えてみた。
だが、浮かんで来るのはまわりくどい策ばかり。これでは本題を遠回しにしているように思われてしまう。完全に逆効果だ。
それならば、ストレートに真正面から。
伝えるべきことを、そのままに。
「今までご挨拶もせずに、申し訳ありませんでした」
「は、はあ…」
華やかな容姿とは裏腹に、紳士的な態度で接してくる友雅に母は戸惑いっぱなし。
あかねの方は、両者のリアクションに右往左往して戸惑いっぱなし。
彼は柔らかな笑みを壊さず、母の顔から目をそらそうとはしなかった。
「初対面の相手から急にこのようなことを言われても、困ってしまいますよね」
「いえ、それは…」
「度重なるご無礼をお詫び致します。しかしこのような機会は滅多にないことですし、お嬢様に私の気持ちを汲んで頂きました」
あかねから母と会食の予定があると聞き、ここで食事をして欲しいと頼んだのは自分である。
夕方以降に予定があるというが、挨拶くらいは可能だろうと考えて。
話には聞いていても、娘がどんな男と付き合っているのか気に掛けているはず。
実際に目で見て、そして話してみないと分からないことは多い。
そこから人となりが判断出来るものである。

「ゆっくりお話出来れば良いのですが、そうも行きません。僅かな時間ですがご挨拶とお伝えしたいことがあり、こちらに参りました」
友雅はそう言うと、改めて背筋を真っ直ぐに伸ばした。
「年齢こそ差はありますが、私も彼女も大人です。場当たりな恋愛をする年ではありません」
現状に満足出来ればそれで良い、そう思っていた頃もあったが今は違う。
明日も明後日も、来年も再来年以降も、今のように二人が満足出来る関係でいるためには。
「お互いに将来的なことを視野に入れた上で、現在の関係があります」
「将来…」
母のつぶやきに、友雅は黙って深くうなづいた。
「お嬢様に対する私の想いは、これでお分かり頂けますでしょうか?」
本気じゃなければ、未来なんて考えない。
年月を経て確かめた真実が、彼女と共にあるから。

背後でノックの音が聞こえる。
それまで夢うつつ状態だった空気が、ようやく現実に引き戻された。
ドアの向こうから、おそるおそる天真が顔を出す。振り返った友雅は即座に状況を察した。
「お車が用意出来ているようです。現地まで彼がお送り致しますので」
「えっ?と、とんでもない!駅がすぐ近くですから!」
「遠慮なさらずに。混雑した電車を使うよりゆったり出来ます。お嬢様とご一緒にどうぞ」
少量でもアルコールが入っているし、何かあってはそれこそ大変なことになる。
馴染みの天真の運転なら気楽だろう。あかねも同乗すれば、向こうに着くまでの間に会話も楽しめる。
「これも当店からのサービスと言うことで、どうぞ」
こんなサービスをしたことは一度もないけれど、今回は特別。
VIPと言える方をおもてなしするのだから!と鷹通の母からも再三言われていたので、これくらいは当然のこと。
「お支度が整いましたらスタッフをお呼び下さい。裏手に車を寄せますので」
最後にもう一度あかねたちに丁寧な礼をして、友雅は部屋を退出した。



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Megumi,Ka

suga