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 Part.3(6/4)

スタッフが厨房とホールとを慌ただしく行き交っている中で、彼と彼女はシェフのそばを離れずにいた。
次々に出来上がってくる料理の皿。盛り付けに時間を割いていられない彼らの代わりに、最後の仕上げのみ友雅たちが手を加える。
そんな中でも、特別メニューだけは常に気を配る。
「前菜、気に入ったみたいっすよ。バジルの風味が良かったって」
「そうか。それなら良かった」
永泉が選んだスプマンテも量が結構減っていたし、こちらのチョイスも間違っていなかったようだ。
現在は第一の皿、プリモピアットを運んでもらったところ。
イタリアンのフルコースはかなりボリュームがあるのだが、各皿の量を少なめにしてメニューを組み立てている。
出来るだけあかねと、そして彼女の母の舌を満足させられるように。
ここまでは、順調に進んでいると言って良いだろう。
すると鷹通の母が、友雅の肩を指先で突いた。
「で、ご挨拶に行かなくていいの?」
天真も彼女に並んで、友雅の反応を伺う。
「オーナーやシェフは、食事の最後に挨拶をするものだよ」
「雲隠れしたら許さないから」
今更そんなことしても意味はないし、むしろ逆効果になるだけ。
手放せないものがどれほど大切な存在なのか、理解してもらわなければ何も始まらない。


「美味しいわねえ…」
食事が始まってから、何度この言葉を聞いただろう。
目の前に置かれる料理やワインを口に運ぶたび、母がしみじみとつぶやく。
「イタリアンってチーズとか使うじゃない?こってりしてるかと思ったけど、全然違うのねー」
前菜に続いて出されたクリームソースのパスタも、トマト風味で酸味があるためか残さず食べてしまった。
セコンドピアットの肉料理も、ハーブとバルサミコソースがまた絶妙で美味しい、と箸(フォーク)が止まらない。
事前に友雅から事細かく母の食の好みを聞き出されたので、それらが生かされたメニューを用意してくれたのだろう。
「ここ、よく来てるの?」
「ううん、たまにしか。さすがにしょっちゅうは…」
「そうよねえ。天真くんは良いわね、毎日まかないで美味しいもの食べられるんでしょうね」
考えたことなかったけれど、そう言われればそうだ。
『giada』は年中無休ではないので毎日ではないが、営業中のまかないは店の食材を使っているのだろう。
契約農家や仕入れ先のこだわりを知っているだけに、それらを使えるだけでもかなり羨ましい。
「これから同窓会だっていうのに、こっちの食事の方が豪華そうね」
コントルノとして出されたサラダは、馴染みのないイタリア野菜ばかり。
しかしこれもクセがなく、ドレッシングも合わせて母は喜んで口にした。
談笑しながらのランチタイムが過ぎて行く。
終始会話の内容も和やかで、午前中あんなに緊張していたのが嘘みたい。
おいしい食事の力は偉大だ。

そして、ドルチェを運んで来た天真がテーブルの上のボトルに気付いた。
「あ、ボトル空っぽっすね。もう一本用意しますか?」
「いえいえとんでもない!さすがにもうお酒はね」
とは言いながら、かなりこの銘柄は気に入ったとみえる。一応後で友雅に伝えておくとしよう。
「シチリアオレンジのソルベとジャンドゥーヤのジェラートです」
「冷たいデザートは、お酒を抜いてくれそうね」
散らしたパウターシュガーが瑠璃色の皿の上に降り注いで、星空を見ているかのようで目にも美しい。
甘酸っぱいオレンジと、コクのあるチョコの王道の組み合わせ。
これもまた隠し味があるようで、似たようなフレーバーとは何かが違う。
この店で出された料理は新鮮なエッセンスが仕込まれていて、しかもどれもこれも美味い。

「天真くんは厨房で料理も作るの?」
「俺なんかが手を出したら、目も当てられないものが出来ますよ」
日本のイタリア大使館で料理長を務めたイタリア人シェフと、向こうの日本大使館で料理長を務めた日本人シェフ。
この二人がリーダーとなって、数人のスタッフと共に『giada』の料理を生み出している。
その他にワインのソムリエ、野菜のソムリエ、バリスタの知識を持つスタッフもおり、バーテンダーの資格を持つ者も…いる。
「すごいお店なのねえ。どれくらいやってるの?」
「まだ開店して1年くらいっすよ」
「1年っ!?」
驚きの声とともに、スプーンを持っていた母の手が止まった。
どこを見ても古そうな雰囲気は全然ないので、長く営業しているわけではないとは思ってはいたが、まさかそんな新しい店だとは。
しかしこれほどの料理を提供し、集客を得ているのは凄いものである。
「オープンする前から俺らスタッフも他店で修行させてもらったんで、何とかマシな接客が出来るようになりまして」
あかねが『giada』開店の話を聞いたのは、ずっと後のこと。
天真たちは友雅や鷹通たちの指示で、かなり前から開店準備を整えていたのだ。
「でも天真くん、とても様になってるわよ。もう一人前ね」
「まだまだ日々精進ですよ。慢心と自己満足が成長を狭める、ってオーナーに言われてるんで」
「そうなの。立派な方なのねえ」

天真がオーナーの話を持ち出すたび、あかねの鼓動が不自然なほど早まる。
本人はここにいないのに、名前も出されていないのに、自分だけが神経をこわばらせている。
いつもなら美味しくてすぐに食べ終えてしまうドルチェが、まだ半分残ったまま。冷たいソルベでも、気持ちを落ち着かせてはくれない。
そこに、ドアをノックする音が響いた。
ドキッとしてそちらに視線を向けると、ゆっくり扉が開き…現れた姿にこっそり胸を撫で下ろした。
「コーヒーをお持ち致しました」
入れたての香り高いコーヒーを、鷹通が二人の手元に置く。
本来ならエスプレッソを提供したいところだが、せっかくの食事の記憶を強い味で消してしまうのは忍びないので、飲みやすいアメリカンに、との説明をする。
温かいコーヒーが喉元を通り抜けると、身体の芯にじんわりと熱を生み出す。
甘いドルチェと苦いコーヒー、ホッとする食後の時間。
「ああ、美味しかった。こんなに美味しいイタリアンはじめて」
「ありがとうございます。お客様からそのお言葉を頂けることが、私どもの最大の喜びです」
鷹通は深々と、母の前で礼をした。
店は違っても接客業が目指すことは同じ。
客に満足してもらえること。料理、もてなし、空間、そして過ごした時間。
楽しかった。また来たい。その言葉をもらえることを目指し、日々精進をしていくのだ。

「ところで…お時間はまだ宜しいですか?」
唐突に鷹通が切り出した。
そもそもあかねの母は同窓会の予定があり、会場に行く前の空き時間を利用して娘とのランチにやって来た。
個室でフルコースを楽しんだため時間の経過が把握出来ず、気付けば随分とゆっくりしてしまっていた。
「オーナーが是非ご挨拶を、とのことなのですが…少しお時間頂けますか?」
「えっ!?」
二人同時に声を上げたがあかねが極端なほど驚いたので、逆に母はそれに驚いた。
「何よあかね、びっくりするじゃない」
「え、別にその…っ」
だって、オーナーが挨拶に来るってことは、つまり母と彼が対面するということ。
急にそんなことを言われたら、心の整理が…。
あかねの動揺に気付いた天真が、母の視線をかすめてニヤッと親指を立てる。
「では、少々お待ち下さい」
鷹通は天真を連れて部屋を出て行く。
そして再び、母と二人きりになる。
「こんなに美味しいもの食べさせて頂いたんだもの、オーナーさんにもお礼しなくちゃねえ」
クラシカルなコーヒーカップを傾けながら、のほほんと母が言う。

次にあのドアが開いたら、どんな展開が待っているのか。
色々な思いが交錯して、コーヒーの苦さも感じられなくなっていた。



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Megumi,Ka

suga