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 Part.3(6/3)

生活基点が変わっただけで、日常はさほど変化はなかった。
朝起きて出勤し、帰宅して就寝する。場所は変わっても二人は同じ場所にいた。
あちらと比べたら部屋も家具も小さく狭いが、その分お互いの距離は近づかずにはいられないわけで。
考えようによってはこちらの方が、都合が良いことも多々あるということ。
「夕べはさすがにドキッとしたけれどね」
友雅は苦笑しながらコーヒーを口にした。
他愛もないキスひとつが、時としてスイッチをONにしてしまうことがある。
導火線が一気に加速しようとした瞬間、スマホの着信。しかも相手は彼女の母上。
まあ、仕方がない。今日は彼女の母がやって来る日。前日に確認の電話を入れるのは自然なことだ。
「大学で待ち合わせだね」
「はい。午後からお休みもらったんで、カフェで合流してからお店に行きます」
ランチを『giada』で摂ったあと、駅に移動して同窓会の会場へ。帰りは同級生の車で自宅に戻るのだとか。
スケジュールが結構キツいので、あかねのアパートを視察する予定はなくなった。一応幸いと言って良いことか?
「良いメニューを用意したからね。きっと喜んで下さるだろう」
仕入れ先からも注文通りの品物が届き、全て仕込みは昨日のうちに済んでいる。
あとはいつものように、お客様をもてなすだけ。
「あかねも楽しみにしておいで」
「はあ、ありがとうございます」
そうは言っても、やはり緊張はする。
両親と仲が悪いわけではないが、例の騒動以来気まずい関係が続いているから。
あの時、口を滑らせた結婚の約束。それも今は嘘偽りのない事実。
一緒に生きて行こうと誓った人が、ここにいる。
だから今度は、それをちゃんと伝えなければ。
「今日はあくまでも食事の席を用意しただけだ。結婚の申し込みをするわけではないし、あまり緊張しないようにね」
「…そうですねえ」
彼女に言い聞かせる言葉を、友雅は胸の中で自分自身に向けて繰り返した。



初夏を感じさせる風が、心地良い葉擦れの音を奏でている。
時計が正午に近づくたびに、焦りのような感情が押し寄せて来ていた。
「分かるわー。男親ほどじゃないけど緊張するよねー」
落ち着かなくなっているあかねの様子に気付いたのか、返却された書籍を整理していた同僚が言った。
彼女たちには今日のことを話してある。
久しぶりに母親と食事をする。それが、恋人の勤めている店だということも。
「彼氏を紹介するんだもん、そわそわするのも当然だわよ」
いや…友雅を紹介するというわけではないのだが、気付いたら自分を含めて大事に捉えてしまっている。
もちろん、想定外の出来事が起こる可能性はゼロじゃない。こちらが紹介しなくても、母は友雅の存在に感づいてしまうかも。
だったら思い切って、紹介した方が良いのだろうか?
感づかれる前に、彼が結婚の約束をしている人だと自分から言ってしまえば……。
「元宮さん、お昼だよ」
我に返って耳を澄ませば、校内に響く鐘の音。
重い腰を上げて席を立つと"頑張ってね"と同僚から声が掛かる。
複雑な気持ちのままスタッフルームに下がり、仕度を整えてあかねは待ち合わせ場所へと向かった。

学生たちがランチで集まり始めているカフェに、母の姿があった。
「元気でやってるみたいね。顔色も悪くないし」
「ん、まあ体調崩したりはしてないよ」
「なら良いわ。健康じゃなきゃ何にも出来ないものね」
久しぶりに顔を合わせたが、特に変わった様子がないことにお互い少しホッとしていた。
アイスティーの会計を済ませて、混雑してきたカフェを二人は後にする。
「それで、連れてってくれるお店って遠いの?」
「ここからバスで3つめ。割と近いよ。駅からも遠くないし」
「じゃあ少しはゆっくり出来るわね。電車の時間は3時だから」
他愛もない会話が、途切れることなく続く。
仕事のことや同僚のことなど。深入りしないように、どこか自制心を働かせている気がするけれど、敢えてそれらは知らぬ振りをして。
バスが到着し、二人で乗り込む。停留所の名前を確認しているうちに、車は遠慮なく走り出す。
目的地に近づくにつれて、歩道を行き交う人の波が混み合って来た。
そして、次の停留所のアナウンス。
ボタンを押してから1分も経たずにバスは停まり、扉がゆっくりと開いた。
母を誘導するように表通りを歩き、ひとつ先の信号前の路地を曲がればゴール。

「ここ?大丈夫?混んでるみたいだけど」
ドア越しに見えるエントランスには、順番待ちの客が結構いる。丁度ランチの時間だし、立地条件を考えれば混み合うのも当然。
だが、そんな心配はいらない。
あかねがドアを押し開くと、すぐにスタッフの一人が迎えにやって来た。
「ども、いらっしゃいませー」
「あらっ、天真くんじゃない!」
昔から見慣れた顔を見て、母の表情が急にリラックスしたように見えた。
長い付き合いのご近所さん同士。
子どもも交えて今も親しい間柄の森村家と元宮家。
進学のために一人暮らしを始めると決まった時も、天真が同じ大学と言うことで安心して送り出せた部分もある。
「予約入ってますんで、どーぞこちらへー」
店の奥へと案内されると、天真がパネルドアを静かに開けた。
そこは個室として使えるスペース。予約のない時はオープンにして、普通のテーブル席として提供している。
「周りを気にせずお食事出来る方が良いだろうって、オーナーが個室を用意してくれました」
天真はちょっと意味ありげに、オーナーという言葉を強調する。
そしてギャルソンエプロンのポケットから、革のオーダー表を取り出した。
「えーと、今日はあかねからコースの注文を貰ってます。で、セコンドピアット…メインの料理を肉か魚で選んで下さい」
「そうねえ。じゃあ…お肉にしようかしら。あかねは?」
「あ、私も同じで」
「肉料理二つッすね。了解しました。じゃ、ごゆっくりどうぞー」
わざと砕けた感じで応対を済ませ、天真はその場を後にした。
二人きりになって、母は改めて店内をじっと見渡す。
「何か、本格的なレストランじゃない?。天真くんのツテがあるからって、大丈夫なの?」
今日のランチはあかねが奢るという約束で、母を『giada』に招待した。
初見の母の目からしたら、そう心配するのも無理はないだろう。
こだわりぬいた内装と調度品。象嵌の美しい家具で揃えられ、どう見ても高級レストランにしか思えない。
「大丈夫だよ。ランチで混雑するくらいだもん、そうお高いわけじゃないよ」
「そう?まあそう言われればそうだけど…」
客層は結構若い女性が多いし、実際はそこまで敷居が高いわけではないのか、と母は納得したようだ。

「失礼致します」
ドアが開いて、今度は若い男性がやって来た。
女性のような優しい顔立ちの上品な物腰の彼は、グラスとボトルを運んで来た。
「食前酒をお持ち致しました。まだお時間が早いですので、軽めのスプマンテを選ばせて頂きました」
永泉が丁寧な手つきで、グラスにボトルをゆっくりと注ぐ。
ふんわりと鼻をくすぐる甘い香り。
「ピエモンテのアスティスプマンテです。リーズナブルですが爽やかな甘口の白ワインで、女性に人気のラベルです」
細やかな気泡、澄んだ色合い。舌先に触れたとたん、"美味しい"と母が思わず口にした。
「詳しくご説明させて頂きたいのですが、お嬢様との時間を邪魔してはいけませんので、後ほどお渡しするメニューカードに記させて頂きます」
それでは、と礼をして永泉が下がると、再び天真が前菜を運んで来た。
まず、母の前に置かれた皿には、トーストしたバゲットの上にイタリアンカラーの色鮮やかなトッピングが。
「3種のチーズを使った、バジルとプロシュットのクロスティーニです」
そして次にあかねの皿は、綺麗なサーモンピンクのムースにオレンジ色のソース。
「モッツァレラとパプリカのムース。オレンジのモスタルダ添えです」
「こんなに立派なお食事したの何年ぶり?緊張しちゃうわ」
「おばさーん、メインも始まってないのに、今から緊張してたら大変っすよ?」
個室に仕切られているおかげで、周囲を気にすることなく和やかに会話が弾む。
さすがの天真も普段はこんな口調で接客はしない。
でも、この調子が母と自分の間に張り詰めた糸を解してくれている。

ところで友雅は、今どこにいるのだろう?



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Megumi,Ka

suga