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 Part.2(4/3)

昼間はあちこち大渋滞だった道路も、夜も更けるとすっかりガラガラだ。
それでもマンションに着いたのは、日付が変わりそうな頃。
店を出るのがもう少し早ければ良かったが、閉店後に軽食を兼ねてミーティングがあったのでこんな時間になってしまった。
外から部屋を見上げると、室内の明かりは消されている。
玄関のドアを静かに開けたが、リビングに人の気配はない。
そのまま寝室に向かいドアを開けると、ベッドの周りがぼんやりと暖かな明かりに包まれている。
「…あっ、おかえりなさい!」
布団にくるまっていたあかねが、読みかけの本を閉じて身を起こした。
「先に眠るようにと言ったのに。シンデレラも魔法が解ける時間だよ?」
「んー…本を読み始まったら、つい時間忘れちゃって」
「そこまであかねを夢中にさせてしまうとは。その本に対して嫉妬しそうだ」
ジャケットと解いたネクタイを椅子の背に投げて、シャツのボタンを緩めながらのキス。
これ以上、一冊の本に彼女を奪われるわけにはいかない。

「そういえば、女子会の件は決まったかい?」
「はあ。一応この日が良いなって希望は出たんですけど…」
「けど?」
後ろめたそうな表情で、あかねはサイドテーブルに置いたスマホを取り上げる。
「5月3日か4日なんですけど、忙しいですよね?」
カレンダーになぞらえると3日は平日の次の日。4日は連休の真ん中。
どちらにしたって、空いているとは言えない日程だ。
「好きな方で構わないよ。こちらで調整するから」
「大丈夫なんですか?お客さんお断りするようなことは、したくないです」
「そうならないように、ちゃんと考えてあるから心配しなくて良いよ」
ただし、条件がいくつかある。
「メニューはこちらに任せてもらえるかな。食べたいもの、食材、好きなものとか分かるだけ教えてもらえると有り難い」
「食べたいもの…ですね」
あかねはスマホのメモに、必要条件を記入して行く。
「それと時間なんだが、2時から4時…或いは4時半くらいまででは無理かな?」
「2時間もらえれば十分ですよ!って、あれ?」
もう一度、彼が提示した時間帯を確認する。
2時から4時といったら、お店は休憩時間のはずだ。
なのに敢えてその時間に、ということは。
「みんなの休憩時間を消費するのは嫌ですよ」
「スタッフにはちゃんと休んでもらうよ。その時は、私がエスコートする」
「友雅さんが!?」
基本、オーナーは厨房で調理を手伝うわけでもないし、フロアに出て配膳や接客をするわけでもない。
時折客から、シェフやオーナーへ挨拶をしたいと呼び出される事はあるが、スタッフのように慌ただしく動き回ることは稀。だから、体力は殆ど消耗されない。
「良いんですか?友雅さんだって休憩必要なのに…」
「お客様に満足してもらえるようセッティングするのが、オーナーである私の役目なのだよ」
特別扱いは否定しないけれどね、と言って友雅は笑った。
店に来て飲食を楽しみ、支払いをしてくれる。一般客と何ら変わりない。
ただ、そこにあかねの存在がある分を、個人的にプラスアルファする程度のこと。

「いろいろと制約をしてすまないが、こんな感じで構わないかい?」
「全然。こっちこそ急なことでホントに申し訳なくて…」
「姫君のお願いなら、どんなことでも。そもそもあの店は、すべて君のためのものだしね」
君との未来を考えなければ、始まることもなかった新しい世界。
思い描くものがあるからこそ、今日から明日へとつながっている。
「ありがとうございます。みんな喜んでくれると思います」
「そうそう。君からの、その言葉を聞きたかったのだよ」
素直に喜んでみせて欲しい。嬉しいと言って欲しい。
愛しい人のそんな表情が、どんなものより満たされることを知っているからこそ。
「じゃ、読書の続きを楽しんでおくれ」
閉じてあった本をあかねに渡し、友雅は寝室を出てバスルームへと向かう。
ドアを閉めるとき一旦足を止めて、ベッドの方を振り返った。
「タイムリミットはシャワーが終わるまで。それ以降は、私の時間だからね?」


+++++


5月4日。
今朝も友雅は午前中に家を出た。
ひとつだけいつもと違っていたのは、本日の予定を確認していたこと。
"午後2時から、女性5人でのご予約ですね?"
ランチタイムが終わって、一旦店が休憩に入る時間。
他の客がいない中、ほぼ貸し切り状態で久しぶりに会う友人たちとゆっくり食事を楽しめることになった。
カジュアルな時間だからドレスアップは必要ない。けれど、何を着ていこうか少しは迷ってしまう。女性同士はファッションチェックに厳しいから、こういう時はそれなりに気を使うのだ。
「やっぱりワンピースより、こっちかなあ」
今日は天気も良く気温も上がりそうなので、半袖のカットソーにフレアスカートを組み合わせて。
これに薄手のカーディガンを一枚羽織れば、温度の変化にも対処出来そうだ。
「うん、今日はこのコーデにしよう!」
さっそく着替えなくては、と思ったときだった。スマホが着信音を鳴らし始めた。
今日集まる友人の一人からかな、とすぐに手を伸ばし画面を見た瞬間-----------
ぎくっと頭の中で擬音が聞こえた。
「なっ…何でお母さんからっ…!」
間違いなく画面には、"実家:母"と表示されている。

「も、もしもし…」
おそるおそる、応答ボタンを押す。
『あかね?どうしたのよあなた、最近全然電話もしないで』
「どうしたのって、こ、こっちが言う台詞でしょ!何でいきなり電話なんて…」
『実家にも帰ってこないし、電話で声も聞かせないし。どうしてるか気にしてたのよ、あたりまえでしょ』
母の言い分は分かるけれども、帰省したくない理由があるのだから仕方ない。
もう少し時間が経ったら…。
そう思って、もうどれくらい時が経ったのか。
『元気なら良いのよ。元気なんでしょ?』
「元気だよ、すごく元気!仕事も順調!」
『そう。良かったわ』
………それだけ?元気かどうか、声を聞きたかったから電話しただけ?
このGWど真ん中の日に、突然過ぎないか?
「お母さん、他に何か用事があるんじゃないの?」
『まあね。実はね、今度高校時代の同窓会があるのよ。その会場が、あなたの大学の近くなのよね』
微妙な胸騒ぎ。そわそわする。
『せっかくだから、ちょっとお昼でも一緒に食べない?って思って』
日帰り同窓会なので時間はあまりないけれど、久しぶりに顔見せも兼ねて食事しましょうよ、と。
あまりに唐突すぎる展開に、あかねは唖然として頭が働かなくなった。
『お父さんも心配してるのよ。この機会に、顔だけでも見てこいって言ってるし』
「ちょ、ちょっと待って…。まだ仕事の予定が分からないからっ…」
『あ、そうね。図書館って日曜祝日も開いてるんだものね。でも、まあ何とか考えてちょうだいよ』

電話を切って数分が過ぎても、あかねはベッドの上でぼーっとしていた。
そろそろ着替えなきゃいけないのに、色々なことが頭の中で回り回ってこんがらがって。
でも、落ち着かなくては。
今日は友人たちと、楽しいランチタイムを過ごす予定なのだから。



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Megumi,Ka

suga