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 Part.2(4/2)

大型連休直前の4月最終週。
『JADE』の営業は27日で終了し、休日を挟んで29日から8日までは『giada』の営業となる。
「連休初日から、忙しくなりそうッスね」
「大変だろうけど頑張ってね。連休明けにはオーナーからご褒美があるそうよ」
「マジっすか!」
目をキラキラさせてこちらを見る天真に、友雅は何も答えず笑顔を見せた。
『JADE』に比べて長時間の労働になる。
少しくらい、スタッフに還元しても良いだろう。

鷹通の母のジャケットから、携帯電話の呼び出し音が響いた。
しばらく席を外してホールの隅で話をしていたが、すぐに友雅たちのところへ戻って来た。
「ちょっと良いかしら。ええと…永泉さんにお話なんだけど」
突然指名を受けたのは、ホールスタッフの永泉。
ここではテーブルセッティングや、インテリアコーディネートにも携わっている。
名家の生まれに相応しく穏やかで品のある物腰とセンスで、『JADE』でも癒し系として人気があった。
「あのねえ突然なんだけど、取材の申し出なのよね」
「取材?」
各業界に顔の広い彼女は、出版社やフリーライターにも知り合いがいる。
今回取材を申し込んで来たのは、ワインの専門誌の記者。
その中で『giada』が取り上げられる予定で、内装やインテリアのこだわりについてインタビューをしたいとのこと。
「わ、私などがお役に立つかどうか…」
「十分豊富な知識を持っていると思うけどね」
陶器や食器、カトラリーについても博識で、料理に合ったものをそつなく選べる。フォーマルすぎずカジュアルすぎず、気軽に本格イタリアンを楽しめるというこの店にぴったりの審美眼を持っている。
「じゃあ、取材入れちゃって良いわよね」
初めての経験で、さすがの永泉も緊張気味。
しかし『giada』が雑誌の取材を受けるなんて、初めてのことではないか。
「それだけここも注目されて来ている、ってことかもしれないわねえ」
広報も考えておくべきかしら、と彼女は息子に声を掛けた。



交代で昼休みに入ったあかねは、キャンパス内のカフェテラスに向かった。
学生時代からよく通っていた店に、今は学校関係者として訪れている。
今日から連休なので、普段なら学生たちで満席近いテラス席も空きが多い。あかねは、大きなマロニエの木の近くに席を取った。
この時期はぽつぽつと小さな花が咲き、日差しの強い午後も木陰があるから涼しげ。通り抜けていく風も心地良い。
パニーニのランチセットを注文し、バッグからスマホを取り出すとメールの着信履歴が残っている。
送信相手は大学時代の友人から。この店でよくつるんでいた仲間の一人。社会人になってからも、機会があるとお茶したりする仲だ。
「んー…?」
内容に目を通すと、県外に就職した他の友人たちがGWに戻ってくるという。
せっかくだから、久々にみんなで集まらないか?という女子会のお誘いだ。
しかもそのメールの最後には、こんな言葉が。

"橘さんの始めたレストラン、行ってみたいってみんな言ってるんだけど無理?"

『giada』かあ…。
友人たちは『JADE』のことも知っているし、友雅と自分の関係も知っている。
それに、天真とも親しいから『giada』で集まれれば彼とも会えるし、一石二鳥だと思うのだけど…。
「大人数じゃ予約しないとダメだよねえ…」
GWの真っ最中だから、店もいつもより混んでるはず。
急に予約を入れたいなんて言っても、果たして通るかどうか。
とはいえ、せっかく久しぶりに友人と集まれる機会だし。
時刻はもうすぐ1時半。確か『giada』の休憩は2時から4時までだったから、その時間に電話かメールを入れておこう。


平日は夜7時過ぎまで開館している図書館も、休日は5時で終わる。
閉館後の細々とした雑用を済ませ、駅まで歩いて電車で三つ目の駅で下車。そこからはバスで一直線。
乗客も少ないので席に座ってホッと一息、スマホをバッグから取り出した。
昼間、友雅に送ったメールの返信が届いている。
"ディナータイムは難しいけれど、昼間なら調整出来るかもしれないよ”
予想はしていたが、やはり夜は無理か。
では、もう一度友人にメールしてみよう。
日中でも都合つけば問題ないのだが。

バスが高台への道をどんどん上って行く。やがて眼下に海が見えて来る。
夕暮れは既に終わっているが、まだわずかに水平線から光が漏れて空は明るい。
海の近くに住んでいると、季節の移り変わりを直に感じる。
朝日が昇る時間、夕日が沈む時間。
その変化を目の当たりにしながら、日々を生きている。
マンションの鍵を開けて着替えを済ませ、さあこれからどうしようか。
今夜から友雅は帰りが遅いから、夕飯は一人分だけ用意すれば良いので時間は掛からないし。
「先にお風呂入っちゃおうかな」
あかねは思いついて、バスルームのお湯はりボタンを押した。
それからもう一度リビングに戻って、今夜は何を作ろうかなとキッチンに向かおうとした時、スマホに着信表示が点滅しているのに気づいた。
友人からのメールの返信だ。
例の件、ランチタイムでもみんな大丈夫だと、全員確認を取ってくれたらしい。
問題の日時は、5月3日か4日のどちらかが良いという。
「うーん…完全に連休ど真ん中だなあ…」
空いている日を探す方が難しいだろうけれど、果たしてこの2日どちらかで融通が利くだろうか。
あまり友雅さんに、無理を言いたくないんだけどね…。
彼のことだから、おそらく何とかしてくれるはず。
でもそのおかげで、予想外に忙しくなってしまったら申し訳ない気がして。
だけど…『giada』にみんなを招待してあげたいとも思う。
こだわり抜いた本格的なインテリア、素材を活かした美味しいお料理、宝石みたいなドルチェ、口に優しいワインやシャンパン…。
彼が生み出した新しいお店が、どんなに素敵な空間なのか見せてあげたい。



ラストオーダー時間が過ぎると、ようやく厨房も落ち着いて来た。
食器や調理器具の後片付け、ワインや食材の在庫チェック、厨房の掃除…。
手の空いている者は皆自主的に、閉店時間への準備を始めている。
「連休初日ですが、思った以上にお客様が多かったですね」
「この調子だと、明日明後日は更に混雑するかもしれないな」
一日の売上に目を通しながら、友雅と鷹通は明日以降の混雑予想を立て直す。
減っているボトルやドリンクの追加をチェックし、予約の入っている客のコースメニューを確認。
仕入れ先も休みの場合があるため、余裕を持った発注をしておかねば。
「…そういえばあかねさんのご友人の件ですが、その後はご連絡ありましたか?」
昼間のあかねからのメール。
大学時代の友人たちと集まる予定なのだが、ここを使うことは出来ないか、という内容。
「昼間なら調整出来るかもしれないと言っておいたが、その後は連絡ないね」
「あかねさんのことですから、敢えて返信されていないのでは」
「そうかもしれないね」
連休の夜が忙しいのは十分承知。その波を遮るようなことはしないでおこう。
帰宅したら直に話せばいいことだし、職場を邪魔してはいけない--------とか、彼女なら考えそうだ。
「まあ、例えあかねの予定が入ったとしても、皆にはオーバーワークさせないようにするから」
予約を入れたせいで、スタッフの休憩時間が減っては困る。
GWはまだ始まったばかり。体力を温存させながら、皆にはラストまで突っ走ってもらわなくては。



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Megumi,Ka

suga