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 Part.2(4/1)

「皆さんお集りですね」
スタッフの顔を一人ずつ確認し、鷹通はその場でファイルを開いた。
「では、話し合いを始めます」
そう告げると、皆ポケットから手帳を取り出す。
本革の手帳はモスグリーンで、店のロゴが小さく金文字で刻まれている。当然ながら特注だ。
鷹通がいつも傍らに抱えるファイルもまた、手帳を大きめにしたような同じタイプのもの。
いわばこれは、ここに勤務する者たちの制服の一部と言って良い。

「まずは先月と今月の売上について、簡単に私共よりお話させて頂きます」
そう言うと鷹通は、持っていたファイルを母に手渡した。
『giada』を始めることが正式に決まったとき、これまでの社内組織を改めて整え直した。
各店舗にそれぞれの責任者を振り分け、『JADE』は従来通り鷹通に、『giada』の方は彼の母にお願いすることにした。
「円高による価格変動は様々ですが、商品の差し替えは臨機応変に行っています。スタッフの皆さんは、これからもいつも通りでお願いしますね」
「二店舗の売上についても水準のラインを保っておりますので、今のところ特に問題はありません」
『giada』がオープンして間もなく1年だが、滞りなく営業を続けられている。
かと言っても、問題はこれから。
今はまだ新店舗の趣があるが故に、客も物珍しさで足を運んでくれる。それに満足していたら、いずれ何もかもがマンネリ化する。
最初の客に飽きられてないよう、今後更に策を練っていかねばならない。
「『giada』は、ここにいる皆さんと作り上げた店舗ですから、皆さんもアイデアを発言する権利があります。遠慮なく、どんどん伝えて下さいね」
と言ってから彼女は、友雅の肩を軽く叩く。
「ほら、オーナーも黙っていないで何が言ったら?」
けしかける彼女の行動に、場が和やかになる。
上下関係の厳しさが殆どない職場だが、オーナーと対等に接することが出来る彼女の存在はムードメーカーだ。
「私からは特に何もないのだけれどね…。まあ、皆のおかげでこの通り経営状態は順調だ。来月はGWもあるから大変だけれど、何とか頑張って乗り切っておくれ」
友雅の言葉が終わり、それでは…と鷹通が改めてファイルのページをめくった。
「これからは、5月の予定についてお話します」
カチカチとボールペンノック音が数個聞こえ、鷹通の説明に沿って手帳に書き込みを入れる。
最大で10連休という今年のゴールデンウイーク。
接客・飲食業界はどこもかしこも、休日には縁遠い多忙なシーズンである。


「私もGWは出勤ですよ」
帰宅して来月の予定表を見せると、グラスにワインを注ぎながらあかねは答えた。
彼女が勤務する大学図書館は一般開放しているので、この時期は見学を兼ねた高校生が受験勉強に来たりする。
「丁度連休欲しい人がいたので、お休み交換しちゃいました」
「最近こういう事ばかりだな。休日を調整しにくくなってしまった」
「忙しいのはお店の評判が良い証拠なんですから、喜ばしいことですよ」
『JADE』と『giada』は、当然ながら客層が全く違う。
仕事帰りの女性がメイン客だった『JADE』は、会社が動いている日に合わせて営業をしていた。
しかし『giada』の客は老若男女問わない。
休日に友達同士やデートで食事に来る客も多いため、週末や連休が一番集客率が高くなる。
「スタッフを補充しようかとも考えたけれど、今くらいが丁度良いだろうって決めたからね」
人手が増えれば、それだけ賄える客数も増える。
だが、大所帯になればスタッフ一人に向き合う時間も短くなる。それがきっかけとなり、信頼感が薄まっていく可能性がある。
元出が取れると試算した金額に、5%前後上乗せ出来るのが理想的な売上。
これまで目標を下回ったことはないし、わずかだが利益は上がって来ている。
しばらくはこのままの体制で問題ないだろう、と1年を過ぎて確信が生まれた。
「うん、私も今のスタッフさんたちだから、上手く行ってるんじゃないかなって思います」
「皆、付き合いが長いからね」
接客だけでなく、スタッフに負担を掛けさせないことも重要だと鷹通の母には言われた。少人数でもハードワークにならぬよう、営業形態を整えて組み直すことが大切だと。
「彼女は本当にやり手だよ。こうして上手く行っているのは、ほぼ彼女のおかげなんじゃないかな」
「友雅さんだって、『JADE』をあんな凄い規模で経営してたじゃないですか」
「運が良かっただけだよ、これまでは」
そうかなあ…とつぶやいたあかねは、電子音に気づいて席を立った。
仕掛けていた帆立の貝柱が焼き上がったようだ。オーブンのドアを開けると、バターとハーブの香りが立ち上る。
プレートごとテーブルに差し出して、冷蔵庫から自分用のジンジャエールのボトルを1本。
最近汗ばむ陽気が続いているので、刺激のある炭酸系は爽快感を与えてくれる。

「でもやっぱ、運が良いのも才能だと思いますけど」
改めて、あかねは身を乗り出して言った。
「多分友雅さんて、すごく勘が良いんですよ。あ、でも勘っていうのはちょっと違うかなあ」
勘が良いのは間違いないが、選択眼が優れていると言った方が正しいかも。
例えば分岐点がいくつか用意されていても、正解ルートを見抜く力があるから彼は成功したのでは。
「選択を間違えたりしなさそう」
「どうかな。すべて思い通りでなかったと思うが」
「『別の方選べば上手く行ったのになあ』って、後悔したとか?」
「そこまで深刻に悔やんだ記憶もないけれど」
誰だって失敗や誤りはある。それをいつまで引きずるか、いつ切り替えるかで結果はいくらでも変化する。
自覚はなかったが、どうも自分は切り替えが早い性格のようだ、と友雅は思った。
「やり直しがきかないことなら、さっさと別の方法を考えた方が時間も無駄にならないよ」
「だから、そういうところが天才肌なんですよ友雅さんはー。普通はそんなにパッと、リスタート出来ないですもん」
「そうかな?」
「そーですよ。ホント、羨ましいです」
悩んだり立ち止まったりせず、常に自分のペースで問題を完結出来る。
そんな風にスマートに行動出来たら、どんなに毎日が過ごしやすいだろう?

透き通ったグラスの中に、細かい気泡が水玉のように浮いている。
観葉植物の代わりにキッチンで育てているミントの葉を数枚散らして、彩りと香りを添えたジンジャエールが喉を通り抜けた。
「ああ、でもひとつだけ…時間を掛けたことがあったな」
何か思い当たることがあったらしく、友雅はグラスをテーブルの上に置いた。
「正解自体が分かっていなかったからね。どうすれば良いか、分かるわけもない」
それでも絶対に、選択を誤りたくはなかった。正解だけを求めていた。
本当に大切なものに関わる時、こんなにも自分は慎重になってしまうのだとその時知った。
「かなり戸惑ったけれど、こうして正解に辿り着けて良かったよ」
友雅の指先が、目の前に伸びてくる。
大きな手のひらが頬を包み、親指の先が艶やかな唇に触れると、あかねはゆっくりと腰を上げた。
言葉を交わさずともひとつの仕草で、次にどうするべきかお互いは理解している。
彼に近づき、彼女を膝の上へ誘う。腰を支えると、細い腕が肩に掛かる。
「でも、まだ終わりではないね」
今は、ようやく問題解決への道が見つかったところ。
これからその道を、しっかりと踏み固めて行かなければならない。
「そう易々と手に入らないのは承知の上だ。それだけの価値があるのだから」
「ふふっ、手に入れてくれるの待ってます」
「待っている間も楽しませてあげるから、期待しておいで」

早くあなたのものになりたい。早く君を手に入れたい。
二人が想うことは同じだけれど、焦ってはいけないことも分かってる。
時間は必要不可欠。しかし、無制限ではない。
もどかしさは常につきまとう。
だから時には向き合って、労り合うように愛を確かめる。



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Megumi,Ka

suga