すべて準備は万端。
これまで予定通りに遂行されているとはいえ、厨房もフロアも普段とは比べ物にならないほど慌ただしい。
「忙しいのは承知だが、忘れずに交代で休憩を取るようにね」
友雅は厨房を覗き込んで、スタッフたちに声を掛けている。
調理に集中している彼らに代わって、鷹通の母がまかないを用意した。
「休憩に入りまーす」
まず、スタッフルームにやって来たのは天真。
サンドイッチや唐揚げなど。クリスマスにしてはムードがないけれど、今日は体力勝負だからガッツリ系が良いと思い、こんなメニューなった。
「最終日には大入り袋を渡すから、あと少し頑張ってちょうだいねー」
「ありがとーございまっす!」
鷹通の母に肩を叩かれ、天真も更にやる気が増して来た。
「天真はいつ帰省するんだい?」
紙コップに注いだコーヒーを差し出しながら、友雅がそんなことを尋ねて来た。
「30日の夕方には、こっちを出るつもりっすけど」
高速は渋滞しそうなので使わずに、遠回りになるが別ルートで行こうと思う。
通常でも車なら2時間程度の距離。
車が集中してしまう道よりも、こういう季節は急がば回れだ。
「そうか。実は頼まれごとを引き受けてもらえないか?」
友雅が切り出したのは、あかねからのお願いであった。
自分は帰省出来ないから、代わりに実家にお土産を持って行ってくれないかと。
「あー、構わないっすよ。うち近いっすから」
天真とあかねの家は隣の町内同士で、小学校から延々と腐れ縁的な付き合い。
当然お互いの両親も親しく、離れて暮らす子どもたちの生活ぶりをいつも気にかけている。
「心配しておられるのではないかい?」
「そりゃまあやっぱ…実際に顔を見るのと声だけを聞くのとじゃ、違うと思いますけどねえ」
どんな生活をしているのか、食事は偏ったりしていないのかと、帰省すると天真にまで聞いて来るくらいだし。
娘だから余計に神経質になってしまうのだろうな。
天真も妹に対する親の対応を見ていると、どこも同じなのだな感じる。
「でも、あいつの日常生活も気になるでしょーけど、一番気になってるのはお相手のことじゃないっすか?」
数年前に売り言葉に買い言葉で、結婚を前提に付き合っている人がいると告げてしまったあかね。
しかしその相手がどんな人であるかは説明せず、それっきり実家に寄り付かなくなっている。
当時は完全にあかねの虚言に過ぎなかったことも、今では間違いなく真実。
だからもうごまかすこともないし、堂々としていれば良いのだけれど…。
「あなたが動かないと、ずっとあかねさんは実家に帰れないかもしれないわねえ」
鷹通の母が、友雅を見てそんなことを言う。
両親に自分の素性を認めさせてしまえば、もう隠すことも必要なくなる。
あかねも以前のように、気軽に帰省することが出来るはず。
「早いうちに何とかしたら?。どうせいつかは、ご挨拶することになるんだし」
「そーっすね。橘さんの肩書きと収入なら安泰っしょ」
二人は口を揃えて言うが、なかなか踏ん切りをつけるのも難しいもので。
もうしばらく経営方針が安定してきたら…と考えていたけれど、先延ばしにすればするほどタイミングは逃げて行くものかもしれない。
これまでの人生、慎重に行動することはあまりなかったが、あかねに出会ってからは立ち止まることが増えた。
足下を確認したあとで、時には後ろを振り返ったり。
自分の作って来た轍の跡が歪んでいないか、そんなこと気にしなかったのに。
「あなたね、一人の女の子を頂くことになるのよ?慎重になって当然でしょ」
呆れながら笑う鷹通の母の言葉に、なるほど確かに、と改めて我に返る。
他人の目を気にして生きるなんて、堅苦しいし面倒なことだと昔の自分ならそう感じただろう。
だけど今は、そんなプロセスも悪い気はしない。
その先にある思い描いた未来に、彼女の姿があるからに違いない。
世間的には昨日が御用納めだが、ここは本日30日が一年の締めくくり。
しかし店舗の営業は昨日が最終日で、今日は店内の掃除やスタッフとのミーティングのみ。
「というわけで、これまでの業務に加えて新店舗もスタートし、皆も大変な一年だっただろう。だが、最後まで頑張ってくれたおかげで無事に年を越せそうだ。来年も落ち着けないだろうが、引き続きよろしく頼むよ」
友雅が挨拶をしたあと、鷹通の母が一人ずつ封筒を手渡していく。
年に二回の賞与とは別口で、単純に両店舗から出た利益の中から差し引いた謝礼。こういう臨時収入があるから、スタッフがずっと固定しているのである。
「では、これで今年はおしまい。皆、本当にありがとう。良いお年をね」
こうして一旦チームは解散。
故郷に帰省する者、旅行に出発する者、自宅の大掃除を始める者…これからは個人で様々な休暇を過ごすことになる。
「ああ天真、部屋に荷物があるから来てくれるかい」
他のスタッフと挨拶を交わしている天真を呼びつけ、友雅は自分の部屋に連れて行った。
「これね、あかねからの頼まれもの」
百貨店のロゴが入った大きな赤い紙袋。
そして、さっきまで冷蔵庫に入れておいた保冷バッグ。
お正月に食べるようなものが入っていると、彼女から伝言をもらってきた。
「あと、荷物が増えて申し訳ないのだが…これも一緒に渡してくれるかな」
「え?これって…」
マットな黒の紙袋に、鮮やかなグリーンで刻印された店名。
ずっしりとした重さがあるのは、ワインのフルボトルが入っているからだ。
それだけじゃない。赤ワインのハーフボトル1本、ハードとフレッシュのチーズにパンチェッタ、プロシュート、モルタデッラ…etc。
「15000円の福袋っすよね。あかねが頼んだんですか」
「いや、私からのお歳暮みたいなものだ。是非、ご両親に渡してもらいたい」
もしかして、販売個数とは別に用意したのだろうか。
「自分で持って行けば良いじゃないの」
ドアの隙間から様子を伺っていた鷹通の母が、またも呆れ気味に言う。
「あかねが一緒に来ないのに、私だけ訪問するわけに行かないじゃないですか」
とか何とか言いながら…まったくじれったいこと。
これは少しおせっかいでもしないといけないかしらね、と彼女の企みを感づいたのか、鷹通が首を横に振った。
「橘さんのお考えがあるので、口出しは無用ですよ」
「考えねえ?大丈夫かしら」
ぶつぶつ言いながら、親子揃って事務所に戻る。
スタッフたちはもう引き払っていて、一瞬で広間ががらんとした雰囲気に変わっていた。
パソコンデスクに視線を向けると、ケースに入った年賀状の束が。
「もう年賀状出したんでしょう?何でこんなに残ってるの?」
「予備の分ですよ。こちらが出していない方からも、結構届いたりするもので」
今年はこれまでの『JADE』の顧客の他に、『giada』で迎えた新規客も多い。
『giada』をどのように捕らえてくれているか、まだ未知数なのだ。
「あかねさんのご実家にも、年賀状をお出ししていますよ」
「ええっ?!」
さらっと答えた鷹通に、母がびっくりして詰め寄る。
"あくまでビジネス的な年賀状ですけれどね"と鷹通が言うと、彼女は気が抜けたように肩を落とした。
「良いじゃないのよねえ、個人名義で」
「まあ、橘さんにお任せしましょう。会社経営者としてお名前を覚えて頂くのも、また印象が違うかと思いますし」
そういうものかしらね?
そういうものかもしれませんよ。
親子のやり取りが終わった頃、友雅は天真と共に荷物を抱えて部屋から出て来た。
「天真の車まで、荷物を積みに行ってくるよ」
「はいはい。お疲れさまでしたー」
新しいことばかりの2015年が、もうすぐ終わりを告げる。
2016年もまた、今年とは違う新しいことが生まれることだろう。
果たして、二人にどんな展開が待っているのやら…。
楽しみなような、不安なような年の暮れ。
--------THE END
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