Follow me Along

 Part.1(4/3)

同僚たちと過ごす今年最後の時間が終わり、頼んでもらったタクシーにそれぞれ乗り込んだ。
駅まで相乗りする彼女たちを見送ったあとで、あかねは別の車でいつも違う行く先を告げた。
クリスマスのディスプレイと、きらきらしたイルミネーション。
眩しい繁華街を抜けて辿り着いたホテルの前では、ベルボーイが出迎えてくれた。
「元宮様ですね。お連れの方がお部屋でお待ちですので、ご案内致します。」
「あ、部屋の番号だけ教えて頂ければ、あとは大丈夫です。本人に連絡はしてありますので。」
カードキーを受け取って、エレベーターに乗り込み19階へ。
吹き抜けのエントランスを見下ろしながら、天空へと近づいて行く。

ルームナンバーのプレート横にあるインターホンのボタンを、人差し指で軽く押してみる。
せっかくもらったカードキーだけれど、出迎えてくれる人がいるから不要。
カチャ、と内側からロックが外され、ゆっくりドアが開いた。
「お待ちしておりました、姫君」
差し伸べられた手を受けて、あかねは部屋の中へと誘われた。
クラシカルなマホガニーの調度品に、豪奢なドレープカーテンが重厚感を与える。
窓際に置かれたテーブルセットの上には、ディナーオードブルの数々とシャンパングラス。
「宝石のような夜をお楽しみ頂けるように、セッティングさせて頂きましたが如何です?」
-----それは、『JADE』のキャッチコピー。
店を尋ねて来る女性のための、ほんのひとときのおもてなし。
わずかな時間でも、輝くような時間を楽しんでもらえるように、必ず入店時にスタッフがそんな言葉をかけてくれた。

「既に女子会で満足してしまったかな?」
「ううん、ちゃんと控えめにしてきました。きっと美味しいものを用意してくれてるだろうな、と思って」
バニラクリーム色のコートを脱ぎ、引かれた椅子に腰を下ろす。
グラスをテーブルの上に立て、友雅は栓を抜いたボトルを傾けた。
イタリア産のスパークリングロゼは、リーズナブルだけれどフルーティで飲みやすいものが豊富にある。
半分グラスに注いだら、仕上げにピーチシロップを少々。
やや辛口なこのプロセッコも、これであかね向きの甘いカクテル風になる。
「では、遅くなってしまったがクリスマスディナーを始めようか」
窓の向こうに見える街の灯りが、まるでツリーを彩るオーナメントのよう。
掲げたグラスで乾杯をして、二人だけのクリスマスパーティーが幕を開けた。

夜も遅いので、用意してもらったオードブルは野菜中心の軽めなもの。
もちろんこれは、今夜『giada』の厨房で用意しておいたものである。
それらをつまみながらグラスを傾け、しばらくはお互いの話を聞き合う時間。
「そうですかー。福袋完売したんですね!すごいなあ」
個数はあまり用意していなかったらしいが、10000円以上のものが瞬時に予約終了とは、それだけ客からの期待と信頼が大きいということ。
『JADE』からの顧客が結構流れているとしても、新しい店舗でも贔屓にしてくれるのは有り難い。
「中身は大体決まったんですか?」
「赤字が出ない程度に、良いものを見繕ったよ。多分納得してもらえるのではないかな」
原価割れは覚悟の上だが、それでもチョイスに妥協はしていない。
店は違えどこちらも同じ。常に客には輝く宝石の中で過ごすが如く、非日常的な満足感を得て欲しいものである。
「で、あかねの方は楽しかったかい?」
「楽しかったですよ。仕事納めにストレス解消できました」
「それは聞き捨てならないな。私が原因になっているとしたら穏やかではない」
「友雅さんがストレスになるなんて、ありえませんよ」
クリスマスは店が忙しいから、ゆっくり二人で夜を過ごすことは出来ない。
だからその代わりに…と言って用意してくれたのは、こんなに素敵なホテルのスイートルーム。
特別に店で作らせた本格的なイタリアンオードブルを並べ、彼が選んだプロセッコを飲みやすくアレンジしてくれたカクテル。
高級レストランのリザーブ席より雰囲気の良い空間を、恋人のためだけに仕立て上げてしまうような彼に対して、どんな不満を言えば良いのか。

「明日からあかねは休みなのだから、少しのんびり一日を過ごすと良い」
「そうですね。でも友雅さんは、これからが一番忙しいでしょ。無理のない程度に頑張ってくださいね」
23、24のディナーはすべて予約が入っていて、客数もメニューも準備が整っている。特に慌てることはないが、最後の客を見送るまでが仕事だから気は抜けない。
おそらく厨房やホールスタッフは、この二日間は四六時中多忙を極める。
オーナーも直接関わるのは少ないとはいえ、責任者である以上は客の様子に目を行き渡らせることも重要だ。
友雅も鷹通の母も、終始神経を緩めることが出来ないだろう。
「というわけで、帰宅したら癒してもらえるかい?」
「いつもの白ワインですね?グラスと一緒に冷やしておきますよ」
トスカーナ地方で作られる、少量生産の白ワイン。
普段辛口を好む友雅だが、疲れたときは甘口を少しずつ味わいたくなるらしい。
その時はあかねもちょっとだけ、御相伴にあずかる事にしている。
「甘口のワインと甘口の唇のマリアージュは、最高なのだよ」
伸ばしてきた友雅の指先が、あかねの唇を静かになぞる。
柔らかな彼女の唇に広がる甘いワインの芳香。
唇同士が重なり合うと同時に、深く艶やかな酔いが全身を浸して行く時の心地よさは格別なもの。
「素材が良いからね。例えワインがなくても十分美味ではあるけれど」
友雅は椅子から離れ、あかねの背後へと回る。
少なくなったグラスにボトルを傾けて、それに手を伸ばそうとした彼女の手を握りしめた。
細い喉元から顎のラインを伝い、後ろから覗き込んで唇を奪う。
ほんのりと紅が差す彼女の頬の色は、アルコールのせいなのか、それとも…。
軽く手を引いただけで、あかねは椅子から立ち上がった。
すべて彼に任せるつもりでもたれ掛かると、いとも簡単に身体が宙に浮かぶ。

「まだディナーを続ける?」
友雅の問いに、首を横に振る。
「では、次のステップへお連れ致しましょうか」
リビングに用がないなら、ここはもう照明を消してしまおう。
観音開きの白いドアの向こうへ移動したら、ラム酒よりも強く甘く酔える時間が待っている。




北国でもない限り、ホワイトクリスマスなんて夢のまた夢。例え天気予報が下り坂でも、雪になることは殆どないだろう。
それは今年も同様で、カーテンを開ければ眩しい朝の光が室内に差し込んでいる。
「チェックアウトは正午なのだし、ゆっくりしていても良いのだよ?」
「ううん、私も一緒に出ます。やっぱり家の方が落ち着きますし」
午前9時。既に身支度も整えて、窓辺でルームサービスのアメリカンブレックファスト。
あんなに夜はきらめいていた外の景色も、太陽の下では至って普通の町並みにしか見えない。
「そういえば…イヴに話す内容でもないけれど、正月休みにどこか出かけようか?」
あかねの仕事始めは5日から。友雅の仕事は『JADE』が7日、『giada』が9日から。
仕事納めは30日で、あかねほど長期休みにはならないが、多忙なクリスマスの代わりに新年は二人きりで過ごしても良いかと。
「帰省は、しないのだろう?」
「うん。あ、でも元旦はアパートに帰りたいかなぁ」
年賀状が向こうに届くだろうから、それらを回収しておきたい。
友雅の部屋で暮らしていることを知っているのは、限られた一部の知人たちだけ。その知人にも、住所までは教えていない(そもそも友雅の家なのだし)。
「なら、近場の別荘でも借りようか」
『JADE』の古いお得意様に、貸別荘も扱っている不動産オーナーがいる。
基本的に冬はオフシーズンだから、彼女に頼めば良いところを紹介してくれるはずだ。
「年賀状を確認して出掛けても、十分時間はあるだろう」
ホテルみたいに至れり尽くせりは楽だけど、それが続くと逆に堅苦しく感じてしまう。
自分たちのペースで、気楽に好き勝手に楽しいことだけをして過ごすのならば、こんな旅先が良いのかもと思う。
「密室で二人きりだなんて、そそられるね」
「それを言ったら、今もですよ?」
「だから、ね」
不意に手を引っ張られて、思いがけなくキス。
彼が唇を奪う早業は、常にサプライズ過ぎて胸をときめかせる。

+++++

Megumi,Ka

suga