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 Part.1(4/2)

日々は流れて、クリスマスまであと数日。
『JADE』のビル内にある事務所に、友雅と鷹通、そして鷹通の母の3人が集まっている。
「昨日で15000円のセットが終了となりましたので、すべて予約完売ですね」
「良かったわー!これで一安心!」
思わず鷹通の母が、両手を上げて万歳のポーズを取った。
例の福袋企画は順調に打ち合わせが進み、最終的に5000円、10000円、15000円の3種類を用意することになった。
ソムリエが選んだイタリアワインのフルボトルが、各1本入るというのをウリにしたところ、予約開始から3日で予定個数に到達した。
「あかねさんのアイデア、大成功ですね」
「ふふ、私の姫君は意外と商才があるようだよ」
『giada』の企画経営にヘッドハンティングしたいね、と冗談か本気か分からないことを言いながら友雅はコーヒーを口に運ぶ。
クリスマスの予約は終わって、年明けの福袋の予約も済んで一段落。
……とも言ってはいられない。
福袋に組み込むワイン以外の内容を、これから考えねばならないのだ。
「無難なのは、やはりチーズでしょうか」
「プロシュートなどは、日持ちが問題だろうかね」
「手間は掛かるけれどお客さんが取りにきたとき、その都度一番新しいものを入れ替えてあげれば?」
そう神経質にならなくとも、ハムやソーセージは真空パックにされているので、元々一年くらい賞味期限があるものばかり。
チーズもフレッシュタイプを除けば、十分保存が効くだろう。
他に、オリーブオイルやバルサミコ酢、ハーブソルトやパスタソースなど選択肢は豊富にある。
「楽しいわねえ、こういうの選ぶのって」
モニタに映し出される取引先のカタログを見ながら、鷹通の母は嬉しそうに手当たり次第メモを取る。
後々予算に合ったものを選ぶとして、まずは直感でより多くの商品をピックアップしてもらうことに。
「お任せしてしまって良いかな」
「ええ、平気よ。明日までにはまとめておくから」
彼女からの言葉に甘えて、友雅は鷹通と共に事務所を出た。

駐車場まではそれほど距離がないので、コートは羽織らず腕に抱えた。
今年は暖冬になると言っていた天気予報は、今のところ外れていないらしい。
クリスマス目前ともなれば、平日の昼間でも町中は賑わっている。
年末で物入りなこともあるし、なんのかんのと混雑は大晦日まで続くのだろう。
「年が明けても混み合いますよ」
初詣…初売り…etc。元旦から人がごった返す光景は、もはや珍しくない。
「三が日くらいは、自宅に引きこもるのが正解かな」
『JADE』も『giada』もしばらく休み。
わざわざ騒がしい場所に出向くよりも、家でくつろいでいた方が良い。
まとまった休暇が取れるのは、本当に久しぶりなのだし。

「あかねさんは、帰省されるのですか?」
駅前通りを抜けて広い国道に出る手前の信号が、黄色から赤に変わって車は一旦停止する。
鷹通がミラー越しに、後部座席の友雅へ声をかけた。
「しばらく帰られていないでしょう。ご家族も心配されているのでは?」
「私もそう思って、度々言ってはいるのだけどねえ…」
学生の頃は、年に最低二回は帰省していたようだ。
お盆に掛かる夏休みと、正月を挟んだ年末年始。夏休みは無理だとしても、年の終わりと始めには自宅に顔を出した。
それが、社会人になってからは殆ど帰省することはない。
せめて正月くらいは顔を見せてやれば…と、友雅も言ったのだが。
「電話で話しているから平気、の一点張りでね」
声を聞けば元気かどうかくらいは分かる、といつもそんな感じで。
「ご両親とは元々、あまり仲が良くないのですか?」
「そういうわけではないよ。まあ、年頃だからね…」
例え実家に帰省はしなくとも、誕生日や母の日父の日にプレゼントを贈っている。
どこかに旅行した時も、現地から実家に土産を送っていたし。
仲が悪いというより、敢えて近づくのを避けている。
年頃の娘だからこその困った問題。
実家に帰れば、色々なおせっかい事が押し寄せてくるせいだ。
鷹通も以前別のところから耳にして、その話はそれとなく知っている。
「私としては、帰省せずに家にいてくれた方が嬉しいけれどね」
それは包み隠すことのない、あきらかな友雅の本音。
しかしその反面、後ろめたさも確かにある。
遠くない未来、必ず彼女の両親と向き合う機会がやってくるだろう。
親元に帰るのを引き止めるような男を、両親が快く思うかと考えたら微妙だ。
「いずれは橘さんの身内になる方ですからね」
「難しいねえ」
信号が青に変わって、再びシトロエンが動き出す。
後続車を確認しながら友雅を見て、鷹通はかすかに笑みを浮かべた。

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みんなで夜ごはんに行こうかと思い立っても、なかなか良い店が見つからない。
時期的にパーティーや忘年会が多いので貸し切りだったり、空いていてもすぐに満員御礼になっていたりが大半。
それでも店を探すとなれば、若干の妥協を余儀なくされる。
職場や駅から少し遠くの地域にアンテナを伸ばし、ようやく見つけたのは創作料理の居酒屋。
「仕事納めの打ち上げは、上司抜きじゃないとねー!」
サワーのグラスで乾杯をしてから、仲間同士で話が弾む。
会社主催の忘年会だとしがらみが多くて息苦しいが、同じ立場の同僚限定なら言いたい事も言い合える。
積もり積もった仕事上の愚痴、上司への文句、言いたいこと言いまくりでストレス発散。
一年の疲れを発散させる意味の忘年会なら、やはり上司禁制でなければ。

追加オーダーを何度か繰り返し、3杯目は冷たいウーロン茶。
わずかなアルコールを覚ましたら、ようやくテンションも落ち着きを取り戻す。
小鉢と大鉢をつまみつつ、会話も口調もゆったりとした方向へ。
「え、元宮さん帰省しないの?」
冬期休暇の話題になった時、あかねの予定を聞いて皆が驚いた顔でこちらを見た。
「だって、全然帰省してなくない?大丈夫なの?」
「平気ですよ、連絡だけはしてますし。それに-------」
口数の少ない女子会なんて、そう滅多にあるものじゃない。
更に少し酔いが残っているせいもあって、ついつい饒舌になる。
プライベートの話題もオープンになりがち。
「あー、分かる。うるさいよね親戚とかね」
全員があかねの言葉に、うんうんとうなづいた。
結婚適齢期というものが世の中には存在していて、それくらいの年齢になると周りが勝手に騒ぎ出す。
本人の考えなど完全無視で、おせっかい焼きの誰かさんがどこかから異性を見つけてくる。
一旦断っても別の人が首を突っ込んできて、また別の相手を紹介してきたり…と何度も何度も繰り返し。
「だから、あまり帰省したくないんですよね」
両親が心配しているのは分かるけれど、こういうことが続くと何となく疎遠になってしまう。
せっかく帰省しても見合い話ばかりじゃ、正直なところうんざりだ。

「でも元宮さん、彼氏いるでしょ。結婚の話はしないの?」
恋人がいることはオープンにしているし、殆ど同棲しているようなものだということも告白している。
だけど彼氏が誰なのか…はまだ秘密。
みんな同世代の女性だから、名前を言えば知っている人もいるかも。
業種はどうあれ、『JADE』の知名度はこの街でも業界でも絶大だから。
「今度、写真くらい見せてよねえ」
「あはは…そのうち…」
あかねは笑いながら彼女たちの言葉をスルーし、グラスの中のクラッシュアイスを頬張った。



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Megumi,Ka

suga