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 Part.1(4/1)

遡ること、去年の話。
とは言っても、まだまだ新しい年が明けたばかり。
正確にはほんの一ヶ月ほど前、のことだ。
12月に入ってようやくクリスマスムードも最高潮になり、リビングに飾った真っ白なツリーも日常的に見えてきた頃。

「おせちですか」
話題に上ったのはイヴのディナーではなく、新年のおせち料理について。
少し気が早い話ではあるが、常に季節を先取りしなくてはならないのがこの業界。
現にクリスマスの話は既に片付いており、今は当日に向けて準備段階というところである。
話を戻して、ここで持ち上がっているのはおせち料理。
例年ならば店は年末年始定休日。それにクリスマスならいざ知らず、正月料理をもてなすような店ではないので範疇外だった。
だが、今年は違った。
「鷹通の母上殿がね、注文を取ったらどうかと言うのだよ」
事の発端はクリスマスの予定を組み終えた後、店のアドバイザーでもある彼女が提案を持ち出した。
正月シーズンにも店をアピールするために、おせち料理を作って販売してみてはどうか、と。
「でも、おせちって和食じゃないですか」
「そこはまあ、洋風にアレンジしたものをって考えらしいがね」
最近は和風に限らず洋風や中華、エスニック風と和洋折衷な趣向のおせちが登場している。
『giada』はイタリア料理のレストランであるから、イタリアンなおせち料理…というか正月料理になるだろう。

アルクールグラスの中身が、残り少なくなっていた。
ハーフボトルの白ワインも底が見えて、そろそろ終わりが近づいている。
軽めのものなら二本目をお願いしたいところだが、今夜は少し度数の高めなものを選んだ。
あまり欲を出さずに、残りわずかな量をゆっくり味わうくらいにしておこうか。
「で、あかねはどう思う?」
「どう思うって…おせちについてですか?献立とか?」
「それよりも、まずうちの店でそういうものを出すことを、どう思う?」
経営に携わる側の意見ではなく、客観的な立場からの声を聞きたい。
特に、『giada』の客層に一番近いあかねの意見を、まず聞いてみたいと友雅は思った。
「うーん…。今時のおせちは洋風も多いですけど…」
リーズナブルかつ、本格イタリアンをモットーとする『gaida』のおせち。
どんなアレンジの料理でも美味しいだろうから、確かに興味があるのだけれど。
「何となく、おせちってイメージじゃないかなあ…」
鷹通の母が提案した理由は、もちろん理解出来る。
あらゆる季節に対応したアピールポイントを作って、こちらの業界では新参である『giada』の評判を広めるためであること。
だが、やっぱりおせちは日本料理という印象が強いし、すなわち日本の正月という感じがする。
それに、もし洋風のおせちを作ったとしても、クリスマスのオードブルと代わり映えしないのでは?
「なるほどね。確かに、あかねの言う事は尤もだ」
じゃあ…と、友雅はサイドテーブルの上にあるスマホを手に取った。
「どこに電話するんですか?」
「うちのアドバイザー殿に、おせちの提案は却下ということをね」
「ちょ、ちょっ…ちょっと待ってください!」
発信ボタンを押そうとする友雅の手を、あかねが慌てて引き止めた。
「今のは素人の意見ですよ!あてになりませんよ!」
「だが、商品を買うのはあかねと同じ一般の人たちだ。業者ではないよ?」
「それはそうですけど…」
友雅の言うことも分かる、でも、せっかく鷹通の母が提案した案を却下してしまうのも気が引ける。
何か別のアイデアがないものだろうか。
この季節、年末年始の商戦に絡められるような、おせち以外の正月らしいものと言ったら…。

「あ!じゃあ福袋とかはどうですか?」
歳末セールが終わって年が明ければ、今度は初売りセールがある。
そこで注目されるのが、所謂福袋という商品。
ひとつの袋に目玉商品を詰め合わせたもので、毎年駅ビルやショッピングセンターは元旦から大混雑している。
「フード系のお店も、最近はたくさん福袋とか出してますよ」
洋菓子店では焼き菓子のセットとか、コーヒーショップでは数種類の豆のセットなども見かける。
最初から中身をオープンにしているものもあれば、サイズや内容を客が選べるものもあったりと、店舗によって様々な工夫を凝らしている。
実を言うとあかね自身も、毎年気になっている店がいくつかあるのだ。

『良いじゃない!福袋は思いつかなかったわ』
急に女性の声が部屋に響いて、はっとしたあかねは辺りを見渡した。
自分たちの他には誰もいないことは分かっているが、条件反射的にきょろきょろを声の出所を探すと、友雅の手の中にあるスマホのスピーカーがONになっている。
『予定変更しましょう。あかねさんの提案で進めましょう』
「え、えっ…でも…」
果たして鷹通の母は、どこから会話を聞いていたのか。
友雅は戸惑っているあかねの背中に腕をまわし、片手で耳にスマホを当てる。
「私も同調させて頂くよ。内容については後日話し合うとして…」
トントン拍子に話が進められていく。
そしてついに、『giada』の年末商戦は福袋で参加ということになってしまった。

メモに書きなぐられているのは、日本語とイタリア語のミックス。
あかねが理解出来るのは英語の他に、第二外国語で選択したフランス語を少々。
イタリア語は文字で見るより、音で聞いた方が何となく分かる…ような気がする。
「ホントに良いんですか…簡単に決めちゃって」
「こういうのは、意外と直感が一番正確だったりするものだよ」
変に考えすぎてしまうと、色々な方向に欲が出てきてしまう。
ついには何通りもの話題に枝分かれしてしまい、混線してまとまりがつかなくなったりする。
「まあ、売れ残ったことを考えて、店で再利用出来そうなものを選べばいいさ」
調理したものでは賞味期限を厳守せねばならないが、元から保存の効く商品をチョイスしておけば損はない。
「福袋の中身を決める時は、あかねにも出席してもらおうかな」
「無理です無理です!いくら何でもそれは無理!」
イタリアには数回連れて行ってもらったとはいえ、知識も文化もまったくの素人。
当然、イタリア料理や食材に関しても無知識の自分に、福袋のチョイスなど完全な無茶ぶりだ。
「そういうのこそ、プロが選ぶべきですよ。だから価値があるんですから」
『gaida』には本職のソムリエがいるし、現地の食文化に精通している鷹通の母もいる。
友雅だってバーテンダーの資格を持っているだけあって、ワインや食材をチョイスするセンスは良いし。
彼にすべておまかせすれば、口に合わないものは絶対に出てこない。
客として接してくれるときも、二人の日常生活の中でも。
「姫君がお気に召して頂けるか、常に気を配っているからね」
すべての客に対して完璧なもてなしをするのは不可能に近いが、特別な相手にだけはいつも完璧を目指す。
たった一人、自分にとってのVIPのためならば。
彼女を喜ばせられるのならば、手を抜くことなど考えられない。

「さあ、今宵の姫君はどんなことをお望みかな?」
ディナーのメインディッシュに、ワインの銘柄、食後のデザート。
身に纏うドレスも、君に似合うものを選んであげようか。
「そうですねえ…」
少し考えるようなふりをして、すぐにあかねは答える。
「ビーフシチューが良いですね。夕べからじっくり煮込んでますから、そろそろ美味しくなってますよ?」
駅前のベーカリーで買ったパン・ド・カンパーニュに添えるのは、鷹通の母から貰ったサルヴァ・クレマスコ。
そして食後のデザートは、プレーンヨーグルトに手作りマチェドニア。
「ドレスコードは無礼講ってことで、普段着でどうですか?」
「良いね。最高のディナーになりそうだ」
リザーブシートはダイニングチェア。
甘口のスパークリングワインの栓を開けたら、今宵も二人だけのディナータイムの始まる。



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Megumi,Ka

suga