Truth in my heart

 03

「でも、別に結婚するとかって付き合いじゃないんでしょ?」
黙っているあかねを気にせず、母は話を続けた。
「結婚と恋愛は別なんだし。アンタも少しは結婚相手として考えられる人とか、そろそろ見た方が良いのよ」
鷹通の母に言われた言葉が、また頭の中に蘇って来る。
母の言葉と彼女の言葉。ニュアンスは違えど、意味は同じ。
単なる恋愛ではなく、将来のある恋愛を考える頃に来ているのではないのかと。
「だからね、一度会ってみなさいよ。まさかその付き合ってる人と、結婚の約束とかしてるわけじゃないんでしょ?」

約束なんて…何もない。そんな言葉を、言われたこともない。
ただ繰り返すのは"愛している"という言葉だけ。
それには永遠の意味はないけれど……それでも------。


「…約束してる!いずれ結婚しようって、もうちゃんと約束してるの!」
「はあ!?」
思いがけないあかねの返事に、さすがの母も目を丸くした。
年頃だから恋人の一人くらい…というのは想定内だったようだが、まさか結婚を考えている相手だとは思わなかったのだろう。
言ってしまった以上、後には引けない。
例えそれが嘘っぱちであっても、誤摩化し通さなければ。
「だからっ…彼以外はダメなの!絶対に他の人はダメ!」
「ちょっと待ちなさいよ、あかねっ!!」
バッグを握りしめ、椅子の上に掛けておいたコートを掴み、一目散であかねは部屋を出て行く。
振り向いたら、きっと引き止められる。
真っすぐに玄関を出て、駅へと向かおう。

耳障りな音ばかりが聞こえるここでは、気持ちが落ち着かない。
今はただ…彼の残り香が恋しい。


+++++


その日の夜、鷹通は友雅のマンションへと車を走らせていた。
昼間、ベネツィアにいる彼から電話があり、今夜中に書類をFAXして欲しいとの事で、家捜しを頼まれたのである。
書類の置き場所は分かっているので、あちこち探しまわる手間はない。
見付けたら部屋からFAXを流し、あとはメールで一言連絡しておけば良いだけの、簡単な事務作業だ。
おそらく向こうで友雅は、鷹通の両親に付き合わされているのだろうが、息子である彼は今回同行しなかった。
仕事で渡欧の際は、大概友雅に同行するのがマネージャーの仕事。
しかし、彼から直接"正月休みをプライベートに使え"と言われ、厚意に甘えることにした。
鷹通も健全な青年であるから、色々と優先すべき相手がいる。
普段から多忙を極めているからこそ、こういう時は和やかな時間を紡ぎたいと思っていたので、友雅がそう言ってくれたのは好都合だった。

カーステレオの音楽が3曲目を終えた頃、友雅のマンションが見えて来た。
そういえば、年末年始はあかねも帰省中だと聞いた。
となると珍しく友雅の部屋は、数日間無人の空家状態なのか。
「………え?」
そんな事を考えながら、駐車場に車を停めて鷹通は上を見上げたが、目に映ったものに眉を潜めた。
誰もいないと聞いていたはずなのに、窓から漏れているのは煌煌とした明かり。
照明を消し忘れたか?
いや、しっかりものであるあかねだし、そういうことはあり得ないはず。
だとしたら、部屋に誰かがいるということだが。
誰がいるのだ?
まさか、あかね以外に彼の部屋に立ち入ることが出来る女性がいる…とか?

「今更あの方に、それはあり得ないか…」
鷹通はすぐに首を横に振る。
昔の友雅ならいざ知らず、あかねと付き合うようになってからの彼は、一人しか目に入っていない。
常に瞳の中に映し込まれているのは彼女で、離れていようがその存在は身体に刻まれている、と言っても過言ではない。
このマンションだって、そもそもの発端は彼女と時間を過ごすために借りたもの。
夜の繁華街ど真ん中にある、『JADE』が入った自社ビル内のペントハウスが以前の住まいだったが、夜遅くに町中を一人で歩かせるのは危険だから、と。
そこまで彼女を日常の中心に置いた彼が、今になって他の女性に流されるとは考えられない。
何せ、目が眩むほどの桁数を携えた指輪を、ぽいっとプレゼントしたくらいの相手なのだから。

しかし、それなら更に部屋の明かりが気になる。
セキュリティが厳重で有名なマンションだから、そうそう不審者が立ち入れる訳も無いからこそ、首を傾げたくもなる。
「一応、守衛の方にお聞きしてから…にしましょうか」
車のドアをロックしたあと、鷹通はエントランスへと向かう。
そこには24時間、交代で常駐している警備員がいる。
彼らに尋ねてみれば、誰がここを通り過ぎて行ったか、少なからず分かるだろう。




おせち料理もない。もちろん、餅なんてものもない。
冷蔵庫にあるのは、飲みかけの白ワインが数本と、ほんの少しの食材。
しばらく無人になるからと、あらかた昨年中に食べ物は片付けてしまったせいで、キッチンはがらんとしている。
仕方がないのであかねは、ポスティングされていたチラシの中から、適当にケータリングを頼んで食事を済ませることにした。

ただでさえ広い部屋が、更に殺風景に感じる。
部屋の主がいてくれたなら、こんな気持ちを抱いたりしないのに、彼は今頃アズーリブルーの海を背に受けているはず。
「予定より、一人の時間が長くなっちゃった…」
あかねはごろりとムートンラグの上に寝転がり、ぼーっと天井を見上げた。
退屈しのぎにテレビをつけているが、興味の惹かれるものは放送されていない。
特別編成の番組になったとたん、つまらなくなるというのはよくある話だ。
それでも、無音だと孤独感が押し寄せてきてしまって、余計な事を考えてしまいそうだから、テレビを付けっぱなしにしておく。

ピン、ポーン……
はっとして、あかねは起き上がった。
インターホンが鳴っている。誰かが外にやって来ている、という知らせ。
「え、誰…?」
元旦に友雅の部屋を訪れる人なんて、思い付かない。
何より、来客があるなんてこと自体が皆無に等しい部屋である。
完全にここはプライベートな空間だと彼は考えているため、特別な相手以外は招かないという信条もあるからだ。
住所でさえ、限られた人にしか伝えていないと言うし。
ケータリングは既に到着しているし…。
そんなことを考えているうちにも、インターホンは数回鳴り響く。

まずはモニタで確認してから、ドアを開けること。
チェーンは完全に外の来訪者を確認してから、と友雅には強く何度も言われているので、あかねはモニタのボタンをそっと押した。

「…夜遅く申し訳ありません。藤原ですが…あかねさん?お部屋にいらっしゃるのですよね?」
少し薄暗い画面に映し出されたのは、穏やかな眼差しを眼鏡で覆った青年。
どきどきしてモニタを覗いたあかねだったが、彼の顔を見たとたんに、ホッとしてドアのチェーンを外した。




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Megumi,Ka

suga