Truth in my heart

 02

インターホンが鳴り響いたのは、それから1時間ほど過ぎた頃だったか。
慌てて母が玄関へと向かうと、賑やかな話し声がリビングにまで聞こえて来た。
声の雰囲気では、母と同年代くらいの女性らしい。
やけに親しい口調であるが、この声はあかねも何となく聞き覚えがある。
誰の声だったかな?近所のおばさんだったっけ?
そうこうしているうちに、母が客人を連れて戻って来た。
「あかねちゃん、お久しぶり〜」
顔を見て、すぐに分かった。彼女は母方の叔母であった。
「御年始の挨拶に来たのよ。あかねちゃん、こっちに帰って来てるって聞いたから、顔を見たいと思って」
良かった、気兼ねする必要のない客人で。
改まった相手だったら、こんな普段着のまま新年の挨拶なんて出来なかった。

お茶と一緒におせち料理を小皿に移して、二人はあかねを交えながら話を始める。
元旦だからって、話す内容は普段と変わらない雑談。
夫の仕事がどうだとか、息子の進学がどうのとか、そんな話ばかりだ。
「ところで、あかねちゃんはいつまでこっちにいるの?」
唐突に、話題がこちらに飛んで来る時がある。
「えーと、明後日の午後には帰りますよ。4日から仕事なんで」
「なあに!そんなに早く帰っちゃうの?だったら急がなきゃ!」
何故だか慌てる叔母の様子に、首を傾げながらあかねは茶を啜る。
すると叔母はバッグの中から手帳を取り出し、ページを確認し始めた。
「ねえ、明日の午後は用事ある?」
「…別にないですけど」
初売りにでも行ってみようかと思ったが、こちらで荷物を増やしても仕方がないし、向こうの方が店も多い。
買うなら戻ってからの方が良さそうだと、出掛けるのを諦めていたところだ。
「じゃあ、明日の午後!叔母さんたちと一緒にね、駅前のホテルのカフェでランチしない?」
どうしたんだ、急にそんなこと。
そんなもの、二人して行けば良いのに…と思っていた矢先、叔母の口からとんでもない言葉が発せられた。
「実はねえ…あかねちゃんに紹介したいヒトがいるのよ!」

------------嫌な予感がする、この展開。以前も経験したことがあったような…。
それはデジャヴュではなくて、現実。
あれは高校を卒業したばかりの、18の夏。
「あちらは27才でね、薬品会社で開発研究とかしてる人でね、真面目でしっかりした人なのよ」
そう、親元を離れて大学へ通い、夏休みに帰省したときもこんな感じで。
せっかく帰省してるんだから、お食事会をしようと妙なプランで言いくるめられ、連れて行かれた料理屋で待っていたのは…少し年上の神経質そうな男性。
いくら法律的には可能だと言えど、まさかこんなに早く見合いをさせられるとは思ってなくて、呆気にとられていたのを思い出す。
…もちろん、即時お断りしたが。

「そろそろあかねちゃんも、将来を考えたお付き合いがしたいでしょ?彼、良いと思うわよ〜」
「叔母さんっ!私、結婚なんて全然考えてないですってば!」
「別に、すぐ決めろってわけじゃないわよ。そーいうことを考えて、長〜い目でおつきあいをするきっかけを作るのも、そろそろ良いんじゃないかってことで……」

これだから、帰省するのは気が進まなかったのだ。
結婚なんてもの、本人がその気にならなきゃどうしようもないのに、周りの者たちはお節介を焼きたがる。
本当に幸せにしたくて、結婚を勧めてくるのか。
それとも、仲人としての自分に満足したいから、男女をくっつけたがるのか。
親戚だから悪くは言いたくないが、そんな穿った目で見てしまう。
「ねえ、一度会ってごらんなさいよ。もしかしたら、案外いい感じに……」

バタン!
勢い良くテーブルが音を立てて揺れると、あかねはその場から立ち上がった。
「行きませんっ!!!」
たった一言、まるで捨て台詞のように残して、二人に背を向けたままリビングを出て行く。
もういやだ。さっさと向こうに帰ろう。
こんなところにいたら、またしつこく話をされる可能性もある。
お節介焼き達は、そう簡単に引き下がってくれないから。
あかねはすぐに二階へ上がり、自分の部屋のドアを開けた。

ベッドの横に置いたままの、着替えだけが詰まったトラベルバッグ。
元旦に実家から帰るなんて…普通とはまるで逆だけど、ここにはいたくなかった。

向こうに戻ったら---------。
でも、彼はまだイタリアから戻っていない。
彼のマンションへ行っても、そこには誰もいない空間が広がっているだけ。
どのみち、自分のアパートに戻っても同じこと。
一人暮らしの部屋には、自分が戻らなければ誰もいない。
あちらもこちらも、同じ無人の部屋。
どっちに…戻る?


コンコン、とドアをノックする音がした。
こちらが返事をする前に、すっとドアが開かれる。
「何よアンタ、さっきの態度は。叔母さんに失礼じゃないのよ」
母は睨むように言うが、あかねとしてはそんなもの承知の上の行動だった。
あれくらいキツく示さなければ、どんどんゴリ押しされるのは目に見えている。
「どうして叔母さんって、見合い見合いって五月蝿いの!?私、まだ社会人になって一年も経ってないんだよ!?」
「だから、すぐに決めろって言ってないでしょうに…って、あんた、荷物まとめたりして、まさかこれから帰るの?」
「そう!向こうにいた方がずっと気楽!!」
ムキになって突っかかるあかねを、母は呆れながら眺める。
けど、もう引くに引けない。
気持ちは…早くここから立ち去りたい。

「会ってみたら、気が変わるかもしれないわよ?」
背を向けて荷物をまとめていたあかねを、しばらく母はじっと眺めているだけだったが、やがてため息混じりに口を開いた。
「その時は無関心かもしれないけど、付き合って行くうちに、そういう風になれる人かもしれないのに」
「ならないもの!」
「そんなの、分からないじゃないのよ。今のうちにいろんな人に会っておけば、その中から結婚したい人が…」
「絶対にいない!いるはずない!」
「どうして、そうムキになるのよー」
バサバサっと服を無造作に丸めて、バッグの中に押し込んで。
化粧道具やらのポーチも突っ込んで…。
洗濯した下着とか着替えは、まあ家に置きっぱなしで良いや。
そんなもの、向こうにいくらでもあるし。
荷物をまとめ終えたあかねは、携帯を取り出して時刻表をチェックし始めた。
元旦だから、ダイヤは休日運転になっているはず。
これから駅に向かったら…丁度良い時間の電車があるだろうか。


「…ねえ。あんた、付き合ってる人がいるんじゃないの?」
携帯のボタンを押すあかねの指が、ぴたりとその瞬間に止まった。
返事をしなきゃ怪しまれるのに、声が出ない。
頭の中に答えが浮かばなくて、母の問いを返せない。
「誰?もしかして、森村さんとこの天真くん?」
「天真くん?!ち、違うよそんな!!」
「じゃあ誰よ。そこまで否定するってことは、誰かいるんでしょう?」
…痛いところを突かれた。
反論しすぎたのは、かえって逆効果だったらしい。



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Megumi,Ka

suga