Truth in my heart

 01

隣から、寝息が聞こえている。
広いベッドの中、柔らかい毛布にうずもれて、白い背中が呼吸と同時に上下するのを、彼はぼんやりと眺めていた。
まだ寒い季節なのに、紅が浮かぶその肌のぬくもりを思い出すと、抱きしめたくなる衝動にかられてしまう。
けれどそんな想いを押し殺し、友雅はただ…あかねの寝顔を見つめている。

空港に隣接した、エアポートホテルの高層階。
広々としたダブルベッドで二人、何度も抱き合いながら夜が過ぎて行く。


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年の瀬から年明けまでの約10日間、二人は別の場所で過ごすことになった。
正確に言うのなら、別々の国で過ごす、というのが正しい。
友雅は仕事の関係で、再びイタリアへ渡欧する予定があった。
一応あかねも一緒にどうかと誘ってみたのだが、残念ながら断られてしまった。
別に"行きたくない"という意味ではなく、スケジュール的に無理だという理由。
今の彼女は社会人で、仕事を持つ身である。
大学時代のような長い休暇なんて、なかなか取れない身分なのだ。
「そうか。残念だが仕方ないね」
「うん、行きたいですけど…まだ一年も経たない新人ですからね。休みをあれこれ言うのも、ちょっと」
今回も鷹通が同行し、向こうでは彼の母があかねに会えるのを、ずっと楽しみにしていた。
見た目も感覚も若々しい鷹通の母は、頼もしくて美しい。憧れの女性である。
再会はあかねも楽しみだったが、やはり今の自分では仕事のことを考えると、長期の旅行は無理があった。

「その間、私は実家に帰省しますよ」
一人でこちらにいても、退屈なだけだし。
自宅にも全然帰っていないので、顔を見せるくらいの親孝行はしなければ、とあかねは苦笑した。
「そうだね、その方が安心だ。一人残して行くのは、私も心配だからね」
セキュリティに力の入ったマンションであるから、彼女が一人でも危険はそれほどないと思う。
だが、やはり自分が駆け付けられない場所に行くとなれば、安心出来る場所にいてくれた方が良い。
実家ならば、両親や親戚・知人も近くに多いはず。
ある意味、一番安心出来る場所だろう。

「友雅さんが帰国するより、私の方が早く戻ってきてますね。帰国したら、改めて新年会しましょう?」
「二人きりでの新年会、ね。それはとても魅惑的だ」
仕事なんかよりも、こちらの方を優先したいな、と彼がふざけながら唇を寄せると、彼女はつんとその唇を突いた。
「お仕事は、ちゃんとこなして下さい。サボりはダメですよ!私だって、泣く泣くイタリア旅行諦めて仕事優先するんですから」
と答えてから、今度は彼女から唇を近付ける。
一旦払い除けて、立場を変えてのキス。
さりげないじらしのテクニックに、ほとばしる熱が止められなくなる。

「ちゃんと仕事をしてくるから、帰ったら二人の時間を楽しませておくれ」
抱きしめたまま、ソファの上にあかねを倒し、自分の体重を上から預ける。
年が明けたら、しばらく離れてしまうから…今この時はしっかりと甘いひとときを味わおう。




2010年が除夜の鐘と共に過ぎて行き、初日の出と共に2011年が明けた。
しかし、元旦からあかねは寝正月で、起きてきたのは昼近かった。
「お正月だからって、寝過ぎでしょう!」
かなり遅れて雑煮とおせちを用意しながら、新年早々母の小言が浴びせられる。
文句を言いたい母の気持ちも分かるが、久しぶりの実家なのだし、少しは自由気ままに過ごさせて欲しい。
一人暮らしともなれば、炊事洗濯などの家事を、すべて自分でこなさなければいけない。
自宅にいる時くらい、それらから解放されてだらけても良いじゃないか。
…まあ、一人暮らしと言いつつ、そう言い切れない事実もあるけれど。

あかね宛の年賀状は、殆ど実家には届いていない。おそらくみんな、アパートの方に送ったのだろう。
向こうに帰ったら、友雅のマンションに戻る前に、一旦自分の部屋に行って年賀状を引き取ってこなければ。
と考えながら、あかねは我に返った。

"友雅のマンションに戻る前に”
戻る…って、何だかこれじゃ、自分の住んでるところが友雅さんちみたいだ。
過ごしている時間は、圧倒的に彼の部屋の方が多い。
最近じゃ、週に一度アパートに戻るかどうかさえ、微妙なくらいに生活エリアは変わって来ている。
引っ越しておいでと、何度か言われつつも現状維持のままでいるが、これじゃ同棲しているもんじゃないかと、自分でも思うけど。

同棲かあ…。
改めてそうなったとしても、別に今と全然変わらないだろう。
だけど、何の理由も無く一緒に暮らすなんて、それってどうなのかな…。
いずれ結婚するつもりだったら、別に構わないんだろうけどね。
結婚かあ…。
そしてまた、浮かんで来るのは鷹通の母に言われたこと。
"あの人を、そういう相手として見られない?"
そういう相手というのは、そういう相手。未来を共に生きて行く相手となり得るか…という意味。
お守りのように、帰省の際も持って来たあの指輪。
ピンクトルマリンのリングに、深い想いが詰まっているのではないか?と鷹通の母は言っていたけれど、真相はまだ分からない。

聞いて良いものか。問いつめて良いものか。
この指輪には、どんな意味があるのか。
彼が言ったとおりに、ただの就職祝いに過ぎないのか…。
もしそうじゃなかったら?
でも、本当にそうだったら?
どっちの答えを自分は期待しているのか、あかね自身そこが分からない。

今年も一緒にいられる…んだろうな。普段通りに彼の部屋を生活の場として。
一緒にご飯食べて、一緒に寝起きして…それが当たり前のように続いているけれど、いつまでそれは続くのか。
彼と別れて、誰かと結婚する自分。
どうしてもそれが想像出来なくて困るのに、だからって彼と結婚するかと言えば…果たしてどうなのだろう。

「早くお雑煮食べちゃいなさいよ」
母に急かされて、あかねは箸を取る。
友雅は今ごろ、ベネツイアの風に吹かれているだろう。
どこまでも青い海と空。そして白い雲が流れて行くイタリアの景色。
もう一度行きたかったなあ。
彼が買ってくれたベネツィアンガラスのネックレスを、そっとセーターの下に隠して、遠い異国の風景をあかねは想い描いた。



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Megumi,Ka

suga