Midsummer,Midnight

 後編---04

ドレスやスーツを着慣れた人々が、ぎっしりと集まったバンケットルーム。
オープン後は主にウェディングのパーティールームとして、貸し出される広々としたホールだ。
日本人と外国人の客層は、大体半々程度。
かなりインターナショナルなパーティーで、各国の言葉があちこちから飛び交う。

「あ、向こうのフルーツが乗ってるテーブル、すごーい」
あかねが指差した方向にあったのは、かなり手の込んだカービングを施したフルーツのコーナー。
旬のフルーツから、トロピカルなもの。あまり見覚えのない珍しいものまで、アイスクリームやソースを添えて好きなだけ食べられる。
「行っておいで。ここで待っているから」
「はあい。じゃあ行ってきます」
人混みをかき分けて、嬉しそうに彼女はフルーツの元へと向かって行く。
まるで蜜に引き寄せられる、蝶やミツバチみたいだ。

「可愛いわよねえ、ホントに」
いつのまにか、隣に鷹通の母がやって来ていた。
「でも、初めて会った時よりは、ずいぶんと大人っぽくなったわよね。それは、あなたのせいかしらね」
「どうでしょうねえ。けど、あまりに色めかれると、他の男の目が気になってしまって、ハラハラしてしまうよ」
ごらんの通り、彼女の無邪気なところは相変わらずだから、気付かぬうちに誰かが至近距離に踏み込むんじゃないか、と不安になる。
だから、さっきみたいに指輪をわざと左の薬指にはめて。
"既に伴侶がいる”と周囲に思わせて、余計な者が近付かないように。

「だったらこの際、本当に言いふらせば良いじゃないの」
カシスソーダのグラスを傾け、彼女は友雅をちらりと見た。
「せっかくあんな指輪プレゼントしたんだから、ちゃんとあかねさんにお話してあげたら?」
「さて…。何を言っているのか、私はさっぱり分からないんだけれど」
「しらばっくれちゃって。鷹通から、鑑定書を見せてもらったわよ」
『JADE』の事務所に保管されている、あかねに贈った指輪の鑑定書。
カット、クラリティ、カラー、カラット…4つのCを持つピンクのダイヤは、最高級とは言えないが十分高級なもの。
それらを取り巻くメレダイヤも、小さいながらに立派なレベルに達している。
更に、リングの台はもちろんプラチナだ。

「あんな指輪、ぽいっとご褒美であげるようなものじゃないでしょ。下心が、絶対にあるに決まってるわ」
「下心ねえ…。これでも私たちは、そういう疚しいものは隠さずに、オープンにしようと約束しているんだけど」
「それなら、オープンにしなさいよ。あかねさんに、その指輪に込めたもう一つのあなたの気持ち」
鷹通の母は引き下がらずに、無遠慮にツッコミを続けてくる。
あかねはといえば…、まだフルーツのテーブルから離れられないでいる。

「あかねさんだって、すぐに適齢期になるわよ。そういうことを考える時期になるわ。今から手を打たないと…それこそ、他の誰かに取られちゃうかもよ」
カツン、カツン、と悪戯にグラスをぶつけてくる。
軽やかなはずの澄んだ音が、何故だか胸の奥に響く。
「のほほんと誤魔化してたら、彼女に愛想尽かされちゃうわよ」
「……何が何だか。私にはあなたの言っていることが、全然分かりませんが」
珍しく、赤のワインを口に運ぶ。
白ワインと違って、喉の奥に何かが残る気がする。

「はあ…もう良いわ。勝手にしなさい。女の子の期待を裏切ることになっても、知らないわよ!」
ひとつ大きな溜息をついて、呆れたように頭を抱える。
じれったいというか、まだるっこしいというか。
慎重になりたい気持ちは理解出来る。
それだけ、友雅にとってあかねが重要であるからだ。
だからと言って、こうもしぶといガードを続けていては…せっかくのチャンスを壊してしまうんじゃないかとも思う。
昼間のあかねを見た様子でも、まだ実感はないとはいえ期待は出来そうだ。
それなら思い切って友雅が、彼女の手を引き寄せれば万事OKとなりそうなものを。

何であと一歩が進めないのかしらねえ…。

友雅はすっと彼女のそばから離れて、フルーツのテーブルから一歩も動かないあかねの元へと歩いていった。


+++++


パーティーが終わって、二人は部屋に戻ってきた。
帰りがけに手渡されたノベルティの紙袋を、さっそく開封してみる。
「あ、ウェッジウッドのワイングラスですよー」
綺麗なペアのグラスの他に、おそらくホテルメイドと思われる菓子のセット。
その他にバスタオルやら紅茶やら、いろいろと詰まっている。
「まるで結婚式の引き出物みたいですねえ、こんなにたくさんもらっちゃって」
「ふふ、そうだね」
ベッドの上で、あかねは品物をひとつずつ眺めている。

結婚式の引き出物…か。
わざと、そんなことを言ったのかな?それとも無意識だったんだろうか。
普通なら聞き逃せることなのに、さすがにああ突っ込まれたあとでは…意識してしまうね。
あの指輪は、まだ彼女の左薬指にはまったままだ。
いつまでも、このままでいられる保証はない。
だから彼女が言ったように、一歩踏み出さなければ…永遠は手に入らないのだろうけれど。
それは…嫌と言うほど分かっているけれど。

----------まだ、もう少し。
もう少し、足元を固めなければダメなんだ。


「……っ、友雅さん?」
後ろから重みが押し寄せてきて、強く両腕があかねの身体を抱きしめる。
そのまま顎を引き上げられ、唇が熱を込めて重ねられる。
「ん…」
ゆっくりと首筋に唇が移動し、背中にあるファスナーがすうっと下りて、外気がひやりと肌に触れた。

求められているから、受け止める気持ちを整える。
こんな風にしてすべてを解き放って、ただその腕に、胸の中に抱かれて…二人きりの甘い夢を見る。
肌と肌が直接触れ、ぬくもりが入れ替わるように身体の芯へ沈んでゆく。
まるでふたりが、ひとつに溶けてなくなる瞬間みたいに、じわりじわりと、つながりあって。

気温とは無関係の汗が、ぽたりと雫になって流れ落ちてゆく。
抱き合えば抱き合うほどに、熱くて燃え尽きそうになる。
いつも…こんな風にして、お互いの気持ちを確かめ合ってきたけれど………。
「あ…ちょっと待って…」
友雅の髪をすくおうとした時、指輪の爪に数本が絡みつきそうになった。
外しておかないと、せっかくのひととき、集中できなくなってしまう。
あかねはそう思って、指からリングを外そうとした。

「……そのままにしておいて」
後ろから、友雅に左手を押さえ込まれた。
「指輪、外さなくて良いから」
「…でも、髪の毛に引っ掛かっちゃ………んっ…」
言葉の途中で唇を塞がれ、あかねは左手を押さえ付けられたまま、甘い痺れを身体に与えられた。

「そのままで…ね。」
耳元で、そっとかすれるように囁く声。
優しい口づけと、触れる身体と、次第にぬくもりが溶けてゆく実感。
こんなにも、心と身体で愛し合う幸せを感じ合っているのに……どうして。

……どうして、決心が付かないのかな。
きっと…自分に自信がなさすぎるんだと思う。
形で君を愛することは出来ても、それだけじゃ…多分君には相応しくない。

愛しているのに、上手く行かない。
こんなにも複雑で面倒臭くて……だから毛嫌いしていたのに、もう後戻りが出来なくなっている。
…………本当に、困ったものだね。


寝苦しい夏の夜。

-----------------改めて気付く、恋の切なさともどかしさ。







--------THE END




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2010.08.29

Megumi,Ka

suga