Midsummer,Midnight

 後編---02

「でも、結構高そうな感じよね。どんな石を使ってるのかしら」
デザートフォークを握る、あかねの右手。
きらきらと、キャンディのようにカラフルなピンクの石を、鷹通の母は興味津々に見つめる。
「もしかして…ピンクダイヤかしら?」
「あ、違います!友雅さん、トルマリンだって言ってました」
即座に、あかねが答えた。
……トルマリン?
一瞬彼女は、あかねの顔をちらっと覗き込んだ。
「薄い色だから安いらしいんです。こっちはジルコニアだって言ってました」
そう話す彼女の表情を見るところでは、全く疑ってもいない様子。
となると本当のことは、まだ伝えられていない…ということか。

「でも、トルマリンでも…きっと、すごく高いと思うんです。あのお店、すごい高級店だから」
ヨーロッパの、有名な老舗ジュエリーブランド。
各国の王室御用達と名高く、歴史はあるが現代的なデザインも手掛けていて、春秋のコレクション発表の時にはファッション業界を賑わせる。
「私はもう生粋の庶民だから、本当はあんなお店のジュエリーなんて、相応しくないって思うんですけど…」
完璧な中流家庭の育ち。
普通の学校に行って、普通に私立大を出て、今は普通の社会人。
そんな自分が、ロイヤルファミリーと同じものを身に着けるなんて…身分違いにも程がある。
「だけど…これ、友雅さんが気持ちを込めて選んでくれたから…。受け取らないのも失礼かなって」
あかねはそっと目を伏せ、瞼の奥に去年のクリスマスの事を思い出した。

クリスマスのプレゼント。
それに加えて就職のお祝いと…就職戦線の労いを込めて。
内定が取れずに、何度もくじけそうになった去年の夏。
毎日毎日、先が見えないままに時間が過ぎて、無気力になりつつあった自分を、何も聞かずにそばにいてくれた。
わざと現実の話題に触れず、気分転換に食事に連れて行ってくれたり。
彼なりに、気を遣っていてくれたのだ。
自分が、不安やもどかしさをため込まないようにと。
「だから、遠慮しないで受け取るのもお礼だろうなって、良いように解釈しちゃいました」
「ふふ、そんなことないわよ。彼だって受け取って貰えて、嬉しいはずよ」
あかねは幸せそうに、指輪を握りしめて微笑む。
彼にとって、彼女がこんな風に笑顔を見せてくれることが、何よりも願っていたことだったのだろう。
例えその指輪の真実を、伝えずにいるとしても。



食事を済ませて、あかねたちは館内を散策することにした。
ショップは殆ど閉じられているが、どんなテナントが入る予定なのかは分かる。
「さすが、高級ブランドばっかりですねー…」
ブティックだけではなく、日用品雑貨やデリを扱うショップなども、海外の有名なメーカーが揃っている。
「やっぱりお客さんのターゲットが、普通と違うんでしょうねー」
今のうちに、あちこち隅々まで見学しておかなきゃ!
そう言ってきょろきょろ見渡すあかねが、何とも素直で顔が綻ぶ。

「ねえあかねさん。あそこにある建物…見える?」
突然鷹通の母が立ち止まって、緑の芝生の向こう側に佇む白い建物を指差す。
ガラス張りの、ドームのような屋根。
一見ガゼボのようにも見えるが、屋根のてっぺんにある小さな飾りが、建物特有の意味を示している。
「チャペルですって。結婚式が出来るみたいよ」
「うわあ…。何か素敵そうですね!」
緑に囲まれた広い庭に、白い壁とガラスのチャペル。
周りには白い花が植えられていて、四季を通して花が絶えることはないという。
「ガーデンウェディングかー…。良いなあ、開放的で」
憧れめいた口調で、あかねは窓越しにチャペルを眺めている。

「あかねさんくらいの年なら、そろそろ将来のこととかも考えるでしょ」
えっ?と、あかねは驚いたような顔で振り返った。
まさかそんな話題が振られるとは、思っていなかったのだろうか。
「お友達も結婚する子とか、いるんじゃない?」
「え、まあそれは…いますけど。でも、私はまだそういうのは全然…」
笑いながらあかねは否定する。
でも、もうちょっと突っ込んでみたい。
恋している女の子の……年頃の女の子の本音。

テラコッタの廊下に置かれた、休憩用のガーデンチェア。
鷹通の母はあかねをそちらへ導き、ここでひと休みしながら彼女の気持ちを探ることにした。
「まあね。すぐにとは行かなくても…。でも、これからは嫌でも意識することになるでしょ?」
緑の芝生は、太陽の光を浴びて青々としている。
すうっと日陰に風が吹き抜け、草の香りを漂わせて過ぎてゆく。
「……あかねさんの中で、あの人はどうなの?」
「えっ…?あ、あの人って…」
「今、うちの主人たちとランチしてる、その指輪の贈り主」

-------どきん。
不思議な震動で、心が揺れた。

「指輪なんてもらっちゃって…。外から見たら、もうちゃんと約束しているように見えるけど」
「そ、そういうわけじゃないです!この指輪はそういう意味じゃ…!」
そんな意味じゃない。
これは…さっきも言ったとおり、クリスマスと就職祝いとご褒美をひとまとめにしたもの。
みっつまとめてだから、ちょっと豪勢になっただけのものだ。
普通の…プレゼントの意味に過ぎない。
特別な意味はない。
未来の約束なんてことは……別にそんなことは…。

「ね、はっきり聞いちゃうけれど、あかねさんにとって、彼はどうなの?そういう相手にならない?」
「え…そんなこと言われても…!」
「でも、ずっと恋人のままではいられないでしょ?」
鷹通の母が言う"そういう相手"というのは、つまりそういう相手のこと。
一生共に生きていく…そんな人であるという意味。
考えたこともなかった。
恋人という関係が、このままずっと続くのが当然だと思っていて、その先に何があるのかを、目を凝らしたこともなかった。

「あなたくらいのお年頃になれば、先を見据えて相手を見るようになるわ」
恋愛の先に、未来の幸せがあるか。
二人で新しい人生を築いていけるような、そんな相手なのか……を気にし始める。「だけど、彼がそういう対象じゃないのなら、いつかあかねさんは、別の人と一緒になるのよね?」
「………」
「そういうことでしょう?」
恋愛はあくまでも恋愛という期間限定のもので、そこに確実な約束は無い。
だが、その恋愛が更に発展して行った場合、将来という誓いを込めた約束を、互いに意識し始めることがある。
中にはそんな感情を抜きにして、素直に恋愛感情のまま付き合い続ける恋人同士もいる。
そういう恋愛の楽しみ方もあるだろう。

でも…自分はどうだろうか。
ただ恋を楽しみ、宛てのない将来を気にせず生きて行けるか…。



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Megumi,Ka

suga