Midsummer,Midnight

 後編---01

窓を開け放って、外の空気を部屋の中へ取り入れる。
清々しい風はエアコンよりも肌に優しく、時折プールの表面に緩やかな波を立ててゆく。
リゾートライフ満点の味わいを持つ部屋は、パンフレットを見たところ全室スイートタイプらしい。
友雅たちに提供されたダブルルームは、一般的にデラックスダブル的なランク。
スタンダードよりもややリッチだが、この上のランクもあるのだという。
果たしてそれは、どんなに豪勢な造りの部屋なのだろう?…などと、そんな興味も湧いてくる。

……コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
プールで水遊び中のあかねを残し、友雅はドアに近付き外の様子を覗き込む。
廊下には、女性が一人立っていた。
「ごめんなさいね、お邪魔じゃないかしら?」
「どうぞ。人魚姫をプールに奪われて、寂しい思いをしていたところですよ」
部屋に入ると、奥にあるバルコニーのプールが見える。
あかねは背を向けていて、来客が来たことに気付いていないようだ。
ちゃぽんと足をばたつかせ、何度も空を見上げては深呼吸して。
よっぽど気持ち良いんだろう。
こちらもそんな姿を見ると、微笑ましくなってくる。

「ね、ところであなた…これから時間ある?」
鷹通の母が、突然友雅の肩を叩いた。
「あのね、うちのヒトがこれからオーナーさんと、ランチなんですって。だから、あなたも同席したらどうかって」
オーナーとパイプラインを作れば、今後の事業に絶対損はない。
おそらく彼女たちは、息子の鷹通から詳細を聞いているのだろう。
「男性同士なら、ビジネスの話題も気兼ねないでしょ。せっかくなんだから、いってらっしゃい」
「はあ。それは光栄なのですが…」
そう言って、友雅は後ろ髪を引かれるように、さりげなく背後を気に掛ける。
いくらのんびりしたリゾートホテルとはいえど、あかねをひとりで置いたままでは退屈させてしまうのでは。

と、思っていると、それを見透かしたように彼女が口を開いた。
「あかねさんのことなら、私に任せてくれないかしら?」
今回はビジネスのため、オーナーは男性マネージャーと二人で来日している。
夫婦で同席するより、直接の友人である夫一人の方が良いだろう、と言うことだ。
「その間は私も暇だしね。だから、あかねさんとランチでも…と思って」
「とか言いながら、最初からそれが狙いだったんじゃないですか?」
友雅が軽く突っ込んでみたが、彼女もそれには反論もしなかった。


「あかね、ちょっと良いかい」
「はい〜?」
足を水面に濡らしたまま、あかねは振り返る。
が、そこには友雅しかいないと思ったのに、いつのまにか鷹通の母の姿があって、驚いてプールに滑り落ちそうになった。
「挨拶もしないで、ごめんなさいね」
「い、いえ!すいません!私こそ気付かないでっ!」
しかも、こっちはキャミソール一枚という格好だ。
プールに入りたいけど水着は無いし。せめて濡れない格好で、足くらいは浸かろうと思ったからである。
「さ、足を拭いて上がっておいで」
伸びて来た友雅の手が、あかねをその場から引き上げた。

簡単に足を拭いて、彼が用意してくれたナイトシャツを羽織る。
「あ、あの…何かご用でしたか?」
「実はね、これから私は仕事のこともあって、オーナーとのランチに出席することになってね」
友雅に言われて時計を見ると、午後1時を少し過ぎた頃。
もうランチの時間を過ぎていたなんて、全く気付いていなかった。
「だから、よかったらあかねさんはその間、私と一緒にランチをどうかしら?ってお誘いに来たの」
ホテル内には本格的なビストロもあるが、他にもカジュアルなテラスレストランもある。
女同士だし、気楽にランチを楽しまないか?と彼女は言う。

「ドレスコードのあるランチなんて、堅苦しくて嫌よねえ。一緒にいかが?」
「えっと…じゃあ…」
確かにそろそろ、お腹が空いて来た。
それに、この際だからホテルの館内も、あちこち見て回りたいような気もする。
「行っておいで。姫君を一人にするのは不安だけど、付き添いがいれば安心だ」
「あら失礼ね。まるで私が、お姫様の世話をするお局様みたいじゃない」
「それだけ、信用しているという事ですよ」
笑いながら答えて、友雅はクローゼットルームへ向かった。


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オープンテラスのカジュアルレストランは、プールサイドに続いている。
何人かの女性は水の中で優雅に泳いだり、またはチェアに横たわってドリンクを片手にくつろいでいたり…と、様々な姿が見えた。
「そうねえ。暑いんだもの、あんな風に泳げたら良いわよねえ」
「ですよね?しかも部屋にプールがあるんですよ?もー、水着持って来なかったのが、悔しくって」
甘めのスプリッツアを飲みながら、外の光景を恨めしそうにあかねが言った。
真っ白なテーブルの上には、ブルスケッタやカルパッチョ、そしてマルゲリータ。
気軽なメニューを選んで、お互いに味見しあうのは女性同士ならではだ。
「本格的にホテルがオープンすれば、水着とかのショップも出来そうよね。そうしたら、また連れてきてもらったら?」
「そ、そんなこと言えませんよ!こんな高いとこ!」
あかねは慌てて、ぶんぶんと両手を顔の前で振り回す。
そんな彼女の指先が、天窓から差し込む陽射しにキラリと輝いた。

「ね、それって…彼がくれた指輪よね?」
すかさず鷹通の母が、あかねの右手の薬指を指す。
ピンク色の透明な石を、花のように取り囲むキラキラしたかけらたち。
細い銀色のリングが、あかねの華奢な指先によく似合っている。
「良い?見せてもらっても」
「あ、はい。じゃあ…」
あかねは指からリングを引き抜こうとすると、鷹通の母がそれを止める。
「ああ、いいのよ外さなくても。ちょっと指を伸ばして見せてくれれば」
「そ、そうですか?じゃ、どうぞ…」
あかねの指先が、目の前に差し出される。

「へえ…凄いわねえ。本当に綺麗な指輪だこと」
改めてじっくりと、リングの石を凝視する。
遠目に見ても美しいと思ったが、間近で見ると品質の良さが一段と良く分かる。
透き通った柔らかいピンクの色。カットも丁寧で、光が上手く取り込まれる。もちろん傷なんて、ひとつもない。
「でも、デザインは可愛いわ。あかねさんにぴったり」
「私も可愛くて好きです、お花みたいで」
鷹通の母が手を離すと、あかねは自分の右手を大切そうに包んだ。
まるで、その指輪を外界から守るようにして。



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Megumi,Ka

suga