Midsummer,Midnight

 前編---03

「え、すごい!そのホテルって、よく週刊誌に載ってますよ!?」
友雅から詳しい説明を受けたあかねは、思わず驚いて声を上げた。
世界でも有名なリゾートホテルチェーンが、いよいよ本格的に日本進出ということで、若い世代にも情報として浸透しているようだ。
「で、オーナーが鷹通の父上と知り合いだから、パーティーを兼ねて一泊どうぞってことなんだけれどね。どうだい?」
「行きます!そんなホテル、なかなか泊まれませんし!!」
意気揚々として、楽しそうにあかねは答える。
そんなに楽しみなら、オープンしたあとだって連れていってやるのに…と思いながら、友雅はグラスを傾けた。

「じゃ、仕事が終わったらどこかで待ち合わせて、ドレスの見繕いに行くかい?」
いくらカジュアルなパーティーでも、相手は大物。
それなりのドレスアップは、やはり必要なのではないだろうか。
「い、良いですよ。前に買ってもらったドレス、たくさんあるし…。その中からどれか着て行きますっ」
確かに付き合い始めの頃、あかねにパーティー用のドレスを度々プレゼントした。
ドレッシーなものから、フェミニンなものまで、色もデザインも豊富に揃えた。
しかし、パーティーに参加する機会が減って、殆ど一度か二度袖を通しただけのまま、今はクローゼットに眠っている。
「殆どみんな、新品同様ですもん。だから、着られますよ。」
「そうかねえ?ドレス自体は傷んでいなくても、あの頃とサイズが違っていては、ちょっと辛くないかい?」
友雅の手が、なぞるようにしてあかねの手に触れる。
そっとその手は、手首からゆっくり肩の方へと上がってゆき、するりとチューブトップの脇に指先が忍び込む。
「ウエストから下は変わらなくても、他は…ね?きつくては息苦しくなるよ。それじゃ困るだろう?」
「…やっ、ちょっと…もうっ!」
意志を持つ友雅の指は、チューブトップのラインに沿って、柔らかな膨らみが押し込められた谷間を悪戯する。

「何もかも全部、私にプロデュースさせなさい。他人の目からは普通に見えて、私だけがそそるようなドレスを選んであげるよ。」
「えぇ?何ですかそれって〜」
ぐいっと両手を引っ張られ、身体は友雅の腕の中へ傾いてゆく。
白ワインとバジルの香りがする唇を重ね合い、はだけた背中がひんやりと冷房に当たる。
「うん、このままでも十分そそる。」
「………そんなことばっかり」
くすっと笑った声が、どちらからともなく聞こえて。
どちらかともなく、腕を絡めて抱きしめあって。
再び唇は重なったまま、影はひとつに溶け合おうとする。
ワインとアップルタイザーだけが、テーブルの上で置き去りにされたままで、甘い光景を眺め続けていた。


+++++


次の週の月曜日、あかねは休みを申請した。
日曜日にパーティーがあるというので、ホテルに泊まって次の日ゆっくり…というのが良いだろう、と思ったからだ。
幸い職場でも嫌な顔されず受理してもらえ、結局ドレスも新調してもらい、当日をわくわくして待っていた。

「あらー!すごく大人っぽくなった感じ。あかねさん、素敵よ?」
「あ、ありがとうございますっ…」
ドレス姿のあかねを見るやいなや、鷹通の母が嬉しそうに近付いてきた。
勿論これらは友雅の見立てで、ラベンダーピンクのオーガンジーとレースを使った、上品なミディドレスだ。
「ふふ、可愛いのは相変わらずね。でも、本当に素敵。こんなお相手なら、あなたもエスコートのしがいがあるんじゃない?」
隣にいた友雅を、ちらっと見て意味深に微笑む。
あかねの指に、ピンク色の指輪を見付けたからだろう。
「私はエスコート役というより、ガードマンみたいなものかな。プリンセスを他の男の目から守るために、ね。」
「また冗談言う!」
友雅にぎゅっと抱き寄せられ、あかねは頬を染めながら彼の腕を突く。
どこまでも微笑ましい、恋人同士の光景。思わず鷹通の母も、顔がほころぶ。

でも、そろそろもう一歩進んでも良いでしょうにねえ……。

あかねはその指に光るリングを、どう思いながら身に着けているんだろう。
例え彼が本心を打ち明けていないとしても、そういう願望は…彼女自身にはないのだろうか。
もうあかねさんだって、お年頃ですものねえ。
恋人がいるなら、そんな未来のことだって考えてもおかしくないのに。
「さ、そろそろ出掛けよう。」
到着したタクシーに一泊用の荷物を詰め込んで、彼らは一路パーティー会場であるホテルへと向かった。




「こんなことだったら、水着持って来れば良かったー!!」
部屋に案内されたとたんに、あかねが悔しそうに外を眺めながら言った。
さすがに本格リゾートホテルらしく、部屋はすべてコテージのように離れになっている。
更に、全室のバルコニー内にはプライベートプールがあり、人目を気にせず泳ぐことも可能だ。
「あー、残念!せっかくのプールなのに泳げないなんてー」
「いっそ人魚姫みたいに、身一つで泳いでみたらどうだい?夜ならきっと、誰の目もごまかせるよ?」
「……でも、友雅さんの目は隠せないでしょー」
「私はプリンセスの見張りとして、お側に待機…っていうのはダメ?」
全く…。
絶え間なく甘い冗談を言っては、ちょっとドキッとさせて。
そんなタイミングでキスを迫ってくるから、身体が逆らえなくなる。
「夏休みもずっと頑張っているんだし。今日と明日は、好きなだけ楽しんで過ごすんだよ。」
そして、続いてこんな優しい言葉まで。
だから抱きしめられると、抱きしめ返してしまうのだ。
もっと強く抱きしめて欲しくて。
愛して欲しくて……つい、そんな風に。

「久々に指輪も登場する機会が出来て、贈った方としては嬉しいよ。」
普段から付けてくれていても良いのに…と、何度か友雅に言われたことはあるけれど、とんでもない。
いくら彼がリーズナブルだったと言っても、あのセレブジュエリー店で購入したというだけで、普通とはケタが違うと分かる。
それでも、彼が就職の祝いと就職戦線の労いを兼ねて、プレゼントしてくれた心の籠もったものだから。
価値自体もそうだけど、そう簡単に日常では取り出せない。
「……だって、勿体なくって。大切なものだから…。」
照れくさそうにあかねが言うと、友雅は指輪のある左手をそっと取り上げた。
「どういう意味で大切?贈り主のこと?それとも値段とか?」
「友雅さんがくれたものだから…に、決まってるじゃないですか…」
あかねが言うと、彼は指輪に口づけを落とした。
「そう思ってくれるなら、良いよ。大切にしておくれ。」
「勿論ですよ。一生大切にします!」

朗らかにあかねは、そう答えるけれど。
一生大切にしてくれるなら……それに見合うものを君からも欲しい。
だなんて、まだそんな一言が言えないまま、時が過ぎている。

相変わらず、本気になればなるほど逃げ腰になって、勇気が無くなる。
はっきりと言えるようになるのは、いつになることやら。
こんな調子じゃ、また彼女にあれこれと突っ込まれそうだ。



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Megumi,Ka

suga