Midsummer,Midnight

 前編---01(今回の前身となるお話は、こちら

「身体に悪いと分かってはいても、こうも熱帯夜が続いていては、エアコンなしで熟睡は出来ないよね。」
いつものように、腕枕で目が覚める朝。
"おはよう"の言葉のあと、耳元で彼がしみじみとつぶやく。

窓を開ければ海風が入ってくるが、外気の風は夜になっても熱に浮かされたまま。
心地良い夜風なんて縁遠く、かえって生ぬるくて蒸し暑さが籠もりそうだ。
「でも…エアコン利いてても、ちょっと暑い…」
「そうだね。だけど、これ以上低温はさすがにまずいよ。」
設定温度は、標準より+1にしている。
部屋の中で過ごすだけなら問題ないが、ベッドでサマーケットにくるまっていると、気付かないうちに肌が汗ばむ。
薄手のキャミソール一枚の格好でも、特に首まわりの汗が気になる。
「とは言っても、こうして一緒のベッドにいるのに、暑いからって離れているわけにはいかないよね」
腕に乗り掛かるあかねの頬に触れ、そっと抱きすくめて。
こんな風に触れ合えなかったとしたら、それこそ安眠出来るわけがない。

「やっぱり涼しくなるまでは、早めに起きてシャワーしなきゃ。」
あかねは友雅の腕からすり抜けて、むくりとベッドから起き上がる。
一度大きく全身を伸ばして、ガラリと彼女が窓を開けた。
潮風に晒されてふわりと揺れる、カーテンとキャミソールの裾をベッドの中で眺めながら、そのあとで時計を見た。
---------AM6:00、ほぼジャスト。
もうしばらく寝ていたい気もするが、くるっと振り返った彼女が戻ってくる。
「先にシャワー使っても良いですか?」
「ああ、良いよ。あかねの方が先に出掛けるんだから。」
「それじゃ、お先にー。」
ソファの上に用意された着替えを手に、あかねはすたすたと寝室を出てゆく。
「さて…私も起きるとしようか…」
気怠そうに髪を掻き上げ、友雅もベッドから起き上がった。
腕の中が空っぽになってしまっては、寝室に居すわる必要などないのだ。


あかねがシャワーを使っている間に、友雅はコーヒーメーカーをセットする。
入れ替わりで友雅がバスルームに行くと、今度はあかねが朝食の用意を始める。
これが、ここ最近の日常的な朝の風景だ。
8時には出掛けるというのに、あかねはそれでもてきぱきと支度を整え、友雅がシャワーから上がった頃には、トーストもベーコンエッグもサラダも出来上がっている。
「いただきまーす」
揃ったところで、さっそくあかねはトーストをかじる。
友雅は、まず一杯コーヒーを飲んで落ち着いてから、朝食に手を付ける。
あかねよりも時間に余裕があるから、そんな風に気楽にしていても問題はない。

「そうだ。今日ね、少し帰りが遅くなるかも。」
カリカリと香ばしい音を立てて、あかねがブルーベリージャムをトーストに塗る。
「会社の用事か何かかい?」
「うん、そうです。ちょっとしたお食事会。でも、9時までには帰ってきますよ。そう言ってあるんで。」
今年入社したばかりの新人であるから、何かとこういう交流の場に誘われる。
断る理由もないし、やはり職場での付き合いも大切なので、あまりうやむやには出来ない。
「で、食事会の面々は?男女頭数揃えて…なんて意図じゃないだろうね?」
「え?やだ、そんなのじゃないですよー」
どちらかといえば、女性職員が多いあかねの勤務先は図書館。そこで彼女は、新人司書として毎日頑張っている。
新人はあかねを含めて女性が3人に男性が1人。
元からいる職員も6:4で女性が多く、男性も殆どは50代のベテラン…&既婚者だそうで、それを聞いたときは少しホッとしたり。
「私の目が届かないところで、プリンセスがさらわれたら困るからね」
伸ばした指先で、あかねの唇をそっと撫でる。
ブルーベリーのジャムをすくって、甘酸っぱいそれを舌で味わう。
一旦彼女の唇を伝ったジャムは、そのものを食すよりずっと甘さが強い気がする。

「シンデレラよりも、早く帰っておいで。多分、今夜あたり彼女から連絡があると思うからね。」
「あ、そういえば…もう帰国してたんでしたっけ。」
"彼女"というのは、鷹通の母のことである。
普段は夫の仕事の関係でヴェネツィアに住んでいるが、たまにバカンスだとか都合をつけて帰国する。
渡欧の際にすっかりあかねを気に入った彼女は、こういう時には何かとあかねと一緒に行動したがるのだ。
まあ、鷹通は兄一人の男兄弟だし、彼女にとってあかねはまるで娘のようで、可愛くて仕方がないんだろう。
「随分と逢いたがってるみたいだから、がっかりさせないでやっておくれ。」
「はーい。私も、鷹通さんのお母さんに会うの、楽しみですから!」
あかねは嬉しそうに答える。

「そんなに逢うのを楽しみにされるなんて、ちょっと嫉妬したくなるね」
「またー、すぐそんな冗談言ってぇ。女同士じゃないですか。」
笑いながらトーストをかじろうとすると、カタンと目の前の椅子から友雅の姿が消えた。
彼はあかねの背後に移動し、後ろからその顎を持ち上げる。
「男でも女でも、敵に出来るよ。」
そう言って、くいっと顎を引き上げ、唇を奪う。
ブルーベリーの味が美味しくて、何度もその唇を味わいながら抱きしめる。
「あかねが楽しみにするのは…私との時間だけであって欲しいからね。」
「んもう、そういうこと言う…」
朝からそんな甘い言葉で囁かれ、唇を求められたりしたら…何も出来なくなってしまうのに。

食事は、ほんの少しの間中断。
誘われた唇に、逆らう気持ちはどこにもない。




あかねが出勤してから、1時間ほど過ぎた頃だった。
インターホンが鳴り響き、ONにしたスピーカーから声が聞こえて来る。
「おはようございます。藤原ですが。」
わざわざ名前を言わずとも、既にモニタには鷹通の姿が映っている。今日も朝から気温が高いのに、乱れもないかっちりしたスーツ姿には頭が下がる。
「開いているから、中に入っておいで。」
ドアロックの解除ボタンを押して、そう告げてから1分と少し。
部屋に入ってきた鷹通のために、敢えてアイスコーヒーを差し出した。
「すみません、頂きます。」
「ジャケットも脱いだらどうだい?誰もいないのだし、今から汗をかくようなカッコする必要ないだろう。」
エアコンは丁度良い涼しさを保っているが、それも夏のカジュアルな格好でという条件でのこと。
友雅のように、コットンのシャツとパンツくらいなら良いが、さすがに鷹通のような完璧スーツ姿では暑いはずだ。
「そうですね。では、御言葉に甘えて少し楽にさせて頂きます。」
とは言いつつも、ジャケット一枚を脱いだだけで、ネクタイとシャツはそのまま。
それでも平然としているのだから、案外我慢強いのかもしれない。

「ですが、そろそろ橘さんもお着替えになって下さい。出掛ける時間まで、そう長くはありませんよ。」
鷹通に言われて時計を見ると、9時も半分を過ぎている。
今日の予定は、11時から取引先の社長との会合。ランチを囲んで、3時からは店で別の商社の営業と打ち合わせ。
そのまま『JADE』に残って店に顔を出し、帰宅するのは11時くらいになるか。
「今夜はあかねも食事会とかで遅いらしいんだ。夕飯は、外で済ませようかな。」
「そうですか。じゃあ……母にもそのように伝えておきます。」
取り出したシステム手帳に、わざわざ私的な用事まできっちりと鷹通は記す。
母である彼女から、おそらくあかねの予定を散々尋ねられてるのだろう。
「気に入ってくれるのは有り難いけど、お邪魔虫にはならないように、って伝えてもらえるかい?」
「はいはい、承知致しました」
友雅の言葉に苦笑しながら、鷹通はパタンと手帳を閉じた。



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Megumi,Ka

suga