Christmas Eve-----01



時計は少し遅めの、午前9時。
休日だけど、そろそろ起きなくちゃ…とベッドから降りて、ガウンを羽織りながらリビングへ続くドアを開ける。
寝る前には必ず暖房を消しているのに、今朝はほのかに部屋の中が暖かい。
「うん…?良い香りがするね。」
続いて起きてきた友雅が、暖を取るために後ろからあかねを抱きつつ、リビングに入ったとたんそう言った。

一晩中、とろ火でコトコト煮込んでいたスープから、野菜の匂いが蒸気と共に立ち上る。
どことなく部屋が暖かいのは、鍋から漂う湯気のせいだろう。
「スープひとつを作るのに、随分と時間を掛けるものだねえ…」
「普通は簡単に作っちゃうけど、でも本当はこうしてじっくり煮込む方が、美味しいんですって。」
わざわざ買い足したわけじゃなく、元からあった野菜をあり合わせて煮込むだけ。
クリスマスディナー用のミネストローネは、普段のものよりも少し手を掛けてしっかり作る。
「でも、これでおしまいじゃないんだろう?」
「もちろん!コース料理にスープのみ、なんてあるわけないでしょ?」

前菜のアンティパストと、プリモ、セコンド…。
第一の皿は、この具だくさんのミネストローネで完成。
簡単な前菜は直前に作るとして…これから気合いを入れて取り掛からなきゃいけないのは、いわゆるメインのセコンドメニュー。
鷹通の母が教えてくれたレシピは、殆どが簡単なものばかりだったのだが。
「クリスマスだから、ちゃんと盛り付けもそれらしくしたいしー。」
「ふう…。今年のシェフは、かなりのこだわりやさんだな。」
あかねの首筋から髪の毛を払い除け、悪戯するように強いキスを落とす。
「きゃんっ!そんなところにキスマーク付けないでぇッ!」
「今日は出掛けないんだから、いいじゃないか」
「そういうことじゃなくってぇっ…んもうー、起きたばっかりなのにぃっ…」
首筋を気にするように弄るあかねを、彼はゆっくり壁の奥へと追い詰める。

"おはようのキスをしていないから"
------なんて、どうでもいいような口実を作って、目覚めのキスとは正反対の濃厚な口づけをする。
クリスマスイヴは、今夜。
まだまだ夜までは時間があるのに、起きたとたんこんな調子じゃ……明日の朝には形もなく溶けてしまっているかもしれない。





「手伝ってもらう、とか言っていなかったっけ?」
「今は手が足りてますから、平気でーす。」
今日のあかねは、殆どキッチンから出てこない。
LDKだから、リビングにいれば彼女の姿は眺めていられるけれど、よくもまあ…ちょこまかと忙しく動けるものだ、と感心する。
元々手先は器用な方なのか、野菜を刻む包丁の使い方も魚のおろし方も、てきぱきとこなしてゆく。
「シェフ殿、今夜のメニューはどんなものなのかな?」
「生ハムを使った前菜と、具だくさんのミネストローネと、メインはお魚料理ですよー」
「では、それに似合うワインは?」
「それは、舌の効くバーテンダーさんが選んでくださいますよー」
包丁を使いながら、笑いながらあかねが言った。
彼女が言うバーテンダーが、誰を差しているのかは一目瞭然。

「じゃあ、私も一仕事してこようかな」
遠回しに仕事を渡された友雅は、立ち上がって玄関先へと向かった。



玄関ホールのすぐそばにある、倉庫代わりのウォークインクロゼット。
薄暗くて気温も低めなので、ワインなどを置いておくには最適な場所だ。
「さて…と。私はいつもので…あかねには、甘めのこれかな」
辛めの白ワインがほとんどだったけれど、最近は甘いものも常備しておくようになった。
ここ最近になって、あかねも白ワインを意外に楽しめるようになった。
けれども、友雅が愛飲しているものでは辛すぎるので、ごく甘めのものを彼女用に選んで置いてある。
「こうして一緒にいるのが、あたりまえみたいになってしまったな…」
自分が決して手に取ることのない、ボトルのラベルを見ながら友雅はつぶやいた。

生活感を家に残すのが好きじゃなくて、恋人の私物さえ置かせることはなかったのに。
あかねと付き合うようになってから、それらはすべて覆された。
彼女専用のマグカップから始まり、彼女用のタオル、彼女用の歯ブラシや洗面道具。
女性用の化粧品や、ポーチが置き忘れていたのを見ても、その光景に違和感を覚えるさえなくて。
そうしているうちに……彼女がこの部屋にいることが"普通"になっていた。
それはまだ、永遠に続く保証がないことを知っていながら。

永遠に続く保証。
彼女とこれからも、ずっと一緒にいられるための…方法。
そんなことを、これまでに何度か考えたことがあった。

女子大生の彼女が、就職活動を始めると聞かされたとき、複雑な想いが込み上げてきて。
親元から離れて一人暮らしをしながら、大学に通っていた彼女は…卒業したあと、どこにいくのだろう。
大学に通う必要がなくなれば、地元に帰ってしまう可能性だってある。
そうしたら………この関係はどうなる?
離ればなれになって、それで自然消滅……THE ENDか?
過去、そんな風に消えた関係がいくつかあった。
追い掛ける気持ちもなくて、そのままいつのまにか音信不通になって…それっきりだ。
あかねとも、そんな結末になる?

いや、そんな結末にはしたくなかった。
まだ結末を迎えるには、早すぎる。
もっと、もっと長く…この生活が続けられたらいいのに。
と思った矢先、あかねから"こっちで就職するつもり"という言葉を聞かされた。
ホッとしたような安心感。
彼女がここで仕事に就くなら、この土地から離れないのなら……この生活を終わりにする理由はない。

……やはり、必要不可欠になってしまったのかな。
そこにいてくれなければ、息が出来なくなるほどに。
だから、あんなものを選んでしまったんだろうか。
無意識のうちに、"それ"と見まごうほどの価値の品物を、わざと選んだりして。
……まったく、我ながらどうしようもない男だねえ…。
苦笑いしか、浮かんでこない。


倉庫の一番奥に隠されてる、赤いリボンをあしらった黒い箱をちらっと見る。
鷹通の母に、こっそり教えて貰った。あかねが選んだ、自分へのクリスマスプレゼントらしい。
一生懸命に予算をやりくりして、さんざん探してとびきりいいものを選んだ苦労の賜物だ、と教えてくれた。
"それもこれも、すべてあなたのためなのよ"
電話で彼女が告げた言葉が、今も耳に残っている。

中身は絶対に開けないように。
驚かせたいと思っているのだから、その気持ちを無駄にしないように。
そう強く念を押されていたので、見付けたは良いが手を一切触れていない。
聖夜に、彼女がその手で心を受け渡してくれるまで、じっと待つのも楽しいものだから。