December Third Week---03



呆れたような彼女の声に、今度は友雅の方が溜息をついた。
「まったく…。どうしてまた、そういう話になるんです?言われている意味が、私にはさっぱり見当付かないんだがね?」
特別器用というわけでもないし、だからといって不器用と言われるほどでもない…と、自分では思っている。
彼女の言う"不器用"という言葉が、自分の何を指しているのか分からないけれど。

『あなた、あかねさんのこと、本気なんでしょう?』
「おや。という事は…今まで貴女の目には、遊んでいるようにしか見えていなかったんですか?」
どことなくおどけたような返事に、今度はまた彼女が溜息をつく。
さっきから、交互に溜息を繰り返しているような。
彼女は友雅に対してだが、友雅の方は彼女だったり、彼女の息子である鷹通にだったり…。
それともうひとつ。
少なからず自分に対しても、だ。

「本気に見えないのなら、もう少し積極的にならないといけないかな?」
『…もう、良いわよ。まったくあなたって人は…』
完全に彼女は、諦めた口調でそう答えた。
真剣に問い質しても、薄ぼんやりとしたベールに包んで、真実を絶対に表に出さない。
こちらから見れば、真実なんて分かり切っているのに…彼は言葉で肯定しようとはしない。
今更あかねとの関係に、プライドを持ち込むなんて有り得ないし。
だとしたら、何故そんなにも本心を隠しているのか。

…あかねさんだって、少しは期待していると思うんだけどねぇ…。
まだまだ彼女は若いし、来年から社会人になるというから、結婚に関しては急いでいないとは思うけれど。
それとも、それだけあかねさんに対しては、慎重になっているってことかしら。
柄にもなく、言い出す勇気がなくて躊躇しているとか?
…この人がねえ?そういうことかしら?

「何かまた、妙な発想でも浮かびましたか?」
急に彼女の口数が少なくなったので、今度は友雅の方が切り出した。
「いいえ、別に?ま、この話はあなたに任せるわ。」
そんなことより----------。
やっと彼女は話題を逸れて、別の用件へと移った。
するとなんとなくホッとして、肩の荷が下りて軽くなったような気になった。





なかなか友雅は、電話を終えて戻って来ない。
先に寝るようにと言われてベッドに入ったものの、どんな話をしているのか気になって…眠れなかった。
大丈夫かなぁ…。鷹通さんのお母さん、友雅さんに何も言わないよねえ…?
信頼の出来る人だけど、疑うのは罪悪感を感じるけれど、どうしてもこういうことになると緊張してしまって…。

カチャ、と寝室のドアが開いた。
廊下のかすかな照明が、すき間から漏れて床に一本の影を作る。
「まだ眠っていなかったのかい?」
ガウンのポケットから、折り畳んだ携帯を取り出した友雅は、それをナイトテーブルの上に置く。
そしてあかねの頬に右手を伸ばし、左手で抱き起こすように背中を持ち上げた。
「独りじゃ寂しくて、寝られなかったのかな?」
「ん…と…」
「酷いな、答えに詰まるなんて。少しは期待していたのに。」
友雅はあかねの唇を塞ぎながら、ガウンを脱ぎ、そのままベッドに潜り込む。

「あの、た、鷹通さんのお母さん…お仕事の話ってどんなことだったんですか?」
「ああ…。今仕入れているワイナリーが、新しいブランドを出したから、いくつか手配して欲しいって…ま、そういう話だよ。」
そうか。だったら、別に自分の話題なんか出ないよな…と、あかねはちょっとだけホッとした。
「それと、また来年一時帰国するから、その時はよろしくって。」
夫の仕事の付き合いと、親類縁者との付き合い。
更にちょっとした新規の仕事などの関係で、再び一ヶ月ほど滞在になると話していた。
「その時はまた、一緒に買い物でも付き合って欲しいって言っていたよ。」
「うん、それは別に良いんですけど。」
「就職祝いに、何かプレゼントしたいとも言っていたよ」
「ええ?それはダメですよ!だって、鷹通さんのお母さん…別に私に何も関係ないんですからっ!」
身内でもないし、ただ友雅の店のマネージャーである鷹通の母、という遠い存在で。
親しく付き合ってもらっているが、そこまで気を遣われる必要はないだろう。

「私こそ、いろいろお返ししなくちゃ…」
「ん?何か彼女に、御礼するようなことがあったのかい?」
友雅の腕の中で、あかねはぎくっとして肩を震わせた。
ヤバイっ…つい私、自分で口が滑っちゃった!どうしようっ…。
「あの、ほら…フルコースとかのメニュー、いろいろと教えてもらったりしたから…」
苦しい説明だったかな?
でも、それくらいしか思い当たることはないし…。
上手くスルーしてくれれば良いのだけど。

「そうか。でも、あまり気にしなくても良いと思うよ。彼女も娘が出来たみたいで、君をかまうのが楽しくて仕方ないみたいだからね。」
自分には息子しかいないし。男ばかりの家庭じゃ、つまらないこともあったんだろう。
女性同士じゃなければ通じない話題や、買い物やおしゃれ等々。
年代は違っても、同性だからこそのコミュニケーションは楽しいらしい。
「でも、本当の娘にはさせないよ?」
「んー?またその話ですか?」
思わずあかねが、ぷっと吹き出しそうに表情を緩めた。
"自分の娘にしたいわ"と彼女が冗談を言うたびに、いつも友雅はそう切り返すのだ。
「鷹通の相手になんか、絶対にさせないからね。」
「ふふっ…鷹通さんだって、そんな気はないですよ。ちゃんとお相手いるんだし。」
会ったことはないけれど、真剣なお付き合いをしている女性がいる…と聞いている。
多分、彼のことだからしっかりした、素敵な人なんだろうな、とたまに思い描いたり。

「それに、私もぜーんぜん、その気はないですから。」
ひだまりみたいな笑顔で、あかねの両手が友雅のうなじに伸びる。
「鷹通さんのお母さんは大好きだけど、根本的な事情があるから…無理ですもん。」
「ふうん…その事情ってどんな?」
友雅は尋ねたが、あかねは笑っただけで何も答えなかった。
ただその代わりに、彼女は静かに目を閉じて、自分から友雅の唇にキスをした。
多分、それが彼女なりの答えだったんだろう。


「ひゃっ…冷たいっ!!」
突然あかねが、重なる友雅の身体をはね除けて、ベッドから飛び起きた。
「友雅さんの手、冷たいっ!鳥肌立っちゃう!」
パジャマの裾から忍び込んだ指先が肌に触れて、それがあまりにも冷たくてびっくりした。
「さっきまでは熱いくらいだったのにねぇ。今の時期はベッドから出ると、すぐに身体が冷えてしまうな。」
「もー!手、貸して下さいっ」
あかねはぐいっと友雅の両手を引っ張り、小さな手で包むように握りしめた。
「手が暖まらなきゃ、触っちゃダメですっ」
そうは言っても、大きさがまるで違う彼女の手では、友雅の手など覆いきれるはずはない。
でも、懸命にぎゅっと手を握る彼女が可愛くて、愛しいから。

「じゃ…手が暖まったら、また触れさせてくれるね?」
「はいはい、どうぞお好きなように〜。でも、まずは暖かくなってから!」
そうあかねは言ったあと、彼の指先に小さなキスを落として微笑んだ。