
友雅の携帯が鳴り出したのは、あろうことか夜中の一時過ぎだった。
すっかり体力を消耗してしまい、彼女を抱いて熟睡していたというのに、非常識な電話はずっと鳴り続けている。
「…友雅さん…出た方が良いですよ…」
あまりにしつこいので、あかねがナイトテーブルに手を伸ばし、友雅の携帯を手渡してくれた。
こんな時間に電話だなんて、無視するべきなのに…と、点滅するモニタを開く。
だが、表示されていた名前を見て、知らぬふり出来ない相手だと分かると、すぐに通話ボタンを押した。
『もしもし?あ、ごめんなさい、もうそっちは眠っている時間だったかしら?』
「…日本との時差を、ちゃんと調べてから電話してくれませんか…。8時間そちらの方が遅いんですよ…」
前髪を掻きあげながら、面倒くさそうに答える。
すると今度は、妙に明るい声が返って来た。
『あらら、そりゃあ悪かったわ…五月蝿かったわよね。隣にいるあかねさんにも、ごめんなさいって言っておいて。』
そう言われて、ちらっとあかねに視線を向ける。
何?と不思議そうな顔をして、彼女はこちらを見ている。
「鷹通の母上殿から電話。」
「えっ!?た、鷹通さんのお母さんからっ…!?」
聞いたとたん、びっくりしてあかねは飛び起きた。
そして何故か慌てたように、電話を変わってくれと友雅にせがむ。
「どうしても!どうしても話したいことがあるんです!ちょっとだけで良いから電話、変わって下さい!」
彼女が何故電話をして来たのか、その理由は分からない。
でも、友雅との会話の中で、例のプレゼントをポロリとこぼされてしまったら…!
当日までのお楽しみと、隠しておく作戦が水の泡になってしまう。
友雅と話す前に、先に口止めをお願いしなくては!
「…了解。じゃあ、先に話していいよ。」
あまりに必死なので、すんなり友雅はあかねに携帯を手渡した。
するとあかねは今ベッドから飛び出し、毛布一枚だけ羽織っただけの格好で、足早に寝室を出て行ってしまった。
『あら、あかねさんお久しぶり。こんな遅くに電話して、ごめんなさいね、良い雰囲気のところを邪魔しちゃったんじゃない?』
「あ、あのっ…プレゼントのこと、友雅さんには内緒にしておいて下さいっ!!」
少し冷やかしたつもりなのだが、そんなものは全く無反応。
代わりにあかねの切羽詰まった声だけが、海を越えて携帯から聞こえて来た。
「あの…内緒にして、当日驚かせるつもりなんです!だから、私が頼んでたことは絶対に…」
繰り返し、プレゼントのことは内緒で、とあかねは頼み込んで来る。
一生懸命なその様子が微笑ましいものだから、つい笑いが浮かんでしまった。
『大丈夫よ。贈り物はサプライズが大切ですものね。絶対に言わないから、安心して。』
「お願いしますっ!ホントに、ホントにお願いしますっ!」
頭を下げるあかねの姿が、目に浮かぶようだ。
こういう内面的な部分のナチュラルさと、その割に芯がしっかりしているところが、彼女の良いところで。
これじゃあの人も、可愛がりたくもなるわよね…なんて、何度思ったことか。
『女の子の気持ちは、無駄にしないから大丈夫。安心して、彼に変わってちょうだい。』
「す、すいません…よろしくお願いします!」
ぺこりと携帯に頭を下げ、あかねは再び寝室に戻って行った。
「何か随分と、あかねが慌てて話をしたがっていたようですけど…どうかしたんですか。」
『いいえー、別に?。こないだメールで、クリスマスディナーのレシピを教えて欲しいって言われたのよ。その話よ。』
ああ、さっきあかねが言っていたフルコースとは、彼女に教えてもらったのか。
しかしいつのまにか、随分と親しくなったものだな、この二人は。
年明けに帰国した際には、あかねを買い物に連れて歩くくらいだし…。
こうも仲が良いと、ちょっと妬けるな。
まあ、半分くらいは冗談だけど。
「…で、こんな時間に電話してきた本来の用件は、一体何なんです?」
『そう!その話なんだけど…あなた、あかねさんと結婚するの?』
はっとして振り返ると、隣には彼女の姿が無い。
クローゼットを開き、中から取り出したパジャマに袖を通して、前ボタンをはめている最中。
…良かった。隣にいたら、携帯の声が聞こえてしまったかもしれない。
ホッとした友雅は、再び彼女と話を続ける。
ただし、少し声を潜めて。
「…どうしてそんな話をするんです?」
『だって、聞いたわよ。あなた、あかねさんへのクリスマスプレゼントに、とんでもない指輪を買ったんですって?』
はあ、と友雅は溜息をついて、頭を抱えた。
これは鷹通の仕業だな…。
とことん真面目な分、自分だけじゃなく周囲に対しても気を配り過ぎ。
あかねの耳に入らないように、あれほど言っておいたはずだ。
それこそが一番、気を配って欲しかったというのに。
彼女とは親しい付き合いの鷹通の母に知られたら、いつぽろっと口走られるか…気が気じゃない。
現に携帯の向こうから、問い詰める声は続いている。
『ちょっと、ねえどうなの?もう正式にプロポーズしたの?』
「…そんなこと、していませんよ。」
携帯を持ったままベッドから立ち上がり、ガウンを羽織ると、パジャマを着終えたあかねがこちらに戻って来た。
「悪い。仕事のことでメモ取らないといけないから…リビングで話してくるよ」
「ん、分かりました…」
彼女の髪をくしゃっと撫でて、先に寝るように告げてから頬にキスして彼は出て行く。
残されたあかねが、ベッドの中ではらはらしているのも気付かずに。
リビングではうっかり会話が漏れてしまいそうで、どうも気が気じゃない。
念には念を押して…という気持ちで、友雅はウォークインクロゼットへ入り、ドアを閉めた。
「プロポーズなんて、する予定はないですよ」
やっと落ち着いて、さっきの問いに返事が出来た。
が、間髪入れずに相手は言葉を返して来る。
『ないの!?あなた、どういうつもりよ…。あんな指輪、普通はプロポーズとかじゃなきゃ、買わないでしょう!』
クラブ経営に成功し、いくつかの併設事業も上手く行っている彼。
そのせいで、金銭感覚に関しては、やや世間ズレがあるかもしれないが、あまりにもその指輪は桁が違う。
「単に…クリスマスプレゼントですよ。ただ、今年は特別な意味があっただけで…」
苦労した就職活動を終えて、無事に来年から社会に出ることになった彼女へ。
これまでの頑張りを讃え、そしてこれからの頑張りを励ます意味もあって、いつもより少し奮発しただけ------。
「高いのは、オーダーメイドだからですよ。出来合いのものは、あまりにゴージャスすぎでね。」
これでもかというほど、ふんだんにダイヤを使ったリング。
深みのあるサファイヤや、鮮やかなエメラルドをちりばめた、リングそのものが宝石箱みたいなものなど…。
店に並んでいたのは、一目で高級品と分かるものばかり。
そんなものじゃきっとあかねは、狼狽して受け取ってくれそうにないから。
デザインはシンプルに、彼女くらいの年頃の女性が好みそうな、ファンシーな雰囲気にして。
その分、ハイクラスの石を選んだ。彼女に似合いそうな、とびきり綺麗なピンク色の石を。
「ということで、別にあなた方が思うような、特別な意味はありませんよ」
オーダーした指輪の形を思い描きながら、友雅は携帯に向かって、そう答えた。
クローゼットの中には、持て余している貰い物の食器やワインが積まれたまま。
しかしここ最近は、缶詰やらの食料品が幅を利かせている。
小麦粉やらシリアルやら調味料やら…。それらはすべて、週末にあかねと買い出しに行った時の戦利品だ。
おかげで、殺風景だったすき間だらけのクローゼットが、今は結構密集している。
友雅は電話を続けながら、よく分からないオイルのボトルを手に取って、何気なくそのラベルを眺めていた。
すると、ためいきのあとで、こんな言葉が聞こえて来た。
『……あなたって、こういうことには不器用なのねぇ。』