December Third Week---01



柔らかな肌触りのブランケット。
くるまっているだけでも十分暖かいけれど、身体がもっと暖まる方法は別にある。
少しだけ汗を掻いて、くらりと目眩がする感覚に陥って。
----彼の呪縛から解放された瞬間には、もう寒さなんて感じなくなって。
空気に肌を晒せば産毛が逆立つのに、すべてが終わったあとは、そんなことどうでも良くなる。

「で、どうする?」
「う…ん…?何がですかぁ?」
「さっきも聞いたじゃないか。来週のディナー、どの店に行くか決まった?」
決まった?…って、何でもないように言うけれど、そんなの決めている余裕があるわけないじゃないか。
尋ねられたのは覚えている。
けれど、真っ最中に答えを考えられるほど、冷静じゃいられない。
「予約も締め切ったところが多いしね。取り敢えず当たってみるから、好きな店言ってごらん。」
くたりと脱力しているあかねを、腕に抱え直しながら友雅は話す。
白く細い身体はまだ汗ばんでいて、どことなくしっとりしている。

「店がダメなら、そうだな…去年と同じ"ホテルでクリスマス"でも良いよ。」
鷹通が言ったように、今年は新オープンしたホテルが多い。
こんな予約ラッシュの季節でも、普段よりちょっと上のランクを狙えば何とかなりそうだ。
「そうしようか?その方がゆっくり出来るし…」
他人の目も気にならないから、二人きりの時間を堪能出来るし------と、さっきまで味わっていた彼女の唇を、指先でなぞるように触れた。

「あ、あのね…友雅さん?」
甘い眼差しで捕らえようとする彼から、少しだけ距離を置いて身体を離す。
そうしないと再び火が放たれてしまって、普通に会話が出来そうにないから。
「今年はその、出掛けないで…家でクリスマスしませんか?」
「……ここで?」
「うん…。だってほら、クリスマスツリーだって、あるでしょう?」
先週末に持ち出したツリーは、リビングのサイドボードの上。
華やかなイルミネーションの代わりに、林檎みたいな赤いオーナメントを飾っただけ。
シンプルだけれど、真っ白なツリーはそこにあるだけで、既に辺りをクリスマスの空気に変える。

「わざわざ、混雑してる町中に出なくても良いと思って…。」
確かに、あかねの言うことはもっともだ。
レストランだってホテルだって、予約してもそこに向かうまでの道程は大混雑必須だ。
普段はスムーズな郊外へのハイウェイも、この時ばかりは気取った車が渋滞を引き起こす。
「町中は賑やかで楽しいけど、もう十分おなかいっぱいな気がしません?だって、一ヶ月も前からの大騒ぎですもん。」
「準備している間に疲れちゃったから、当日はゆっくりしたいってところかい?」
「うん、まあそういうのもあります。」
若い子の考えじゃなかったかな?とあかねは苦笑いする。

約一ヶ月前の11月からクリスマスまで、準備期間は賑わいの連続。
年末間近というだけで忙しいのに、更にクリスマスが拍車をかける。
でも、そんな慌ただしさは嫌いじゃない。
早いうちから大切な誰かのために、贈り物を一生懸命考えたりするのは楽しい。
そうやって決めた贈り物を、ようやく手渡すことが出来る聖夜。
溢れかえるような賑やかさの中じゃなく、二人しかいない特別の場所で、気持ちごとプレゼントを贈りたい----なんて。

「それに…」
静かに顔を上げたあかねが、友雅の肩に手を掛けて、顔を近付ける。
「さっき友雅さんも言ったでしょ?移動時間がなければ、それだけ二人一緒に過ごす時間、長くなると思いません?」
甘くて小さな唇が、友雅の頬の形に寄り添って動く。
視界に入る彼女の笑顔は、少し艶やかに見える。
「そういうことを言われたら、うなずく他に選択肢は無いな。」
何もかもが魅惑的すぎて、YESしか答えようがない。

「でも、食事はどうするんだい?どこか、ケータリングしてもらえる店を探そうか?」
テーブルの予約が取れない店は、宅配用のメニューを用意しているところもある。
ホテルのレストランや、名前の知られているビストロ、雰囲気の良い料亭まで。
『JADE』の台帳を紐解けば、そんな店がかなりの数ピックアップ出来る。
「フランス料理でもイタリアンでも和食でも、姫君のお好みフルコースを用意出来るよ?」
「あん、そうじゃなくって…」
何度も唇で声を塞ごうとする友雅を、少し押し離してあかねは姿勢を正す。
「私、今年は頑張ってフルコース挑戦したいんですけどー…」
「あかねが?」
「うん。簡単なイタリアンのフルコース、チャレンジしたくって。」

鷹通の母にメールをした時、ついでにいろいろとレシピを教えてもらったのだ。
何せ本場イタリア在住の彼女は、日本人の舌とイタリアの舌をミックス出来る料理上手。
腕前と味については、去年の渡欧の際に直に確かめた。
「あまり難しいのは失敗しそうだから、簡単なヤツですけどね。」
「普段だって、食事の支度しているんだし。移動時間を勿体無いと思うなら、食事の用意だって同じじゃないのかい?」
それはまあ、そうなのだけれど…。
でも、出来合いのものじゃ、心を込められない。
いくら綺麗で美味しいものでも、自分の気持ちを詰め込めないんじゃ、意味が無いのだ。

「じゃあ…友雅さんにも手伝ってもらおうかなー?」
無邪気だけれど、ちょっと悪戯っぽく。
そんな笑顔であかねは舌を出して、友雅に寄り掛かる。
「一緒に用意すれば、ずっと一緒にいられるでしょ」
大きな彼の手のひらに、自分の手を重ねて、指先を絡ませて。
手を繋ぐような、何気ない仕草なのだけれど、妙にぞくりとするほど色香を思わせる。
「今夜のあかねは、誘うのが上手いねえ…」
「ん?そーですか?」
「というより、私が喜ぶポイントを狙いすぎるのかな?」
きゃっ!と軽やかな声がして、そのまま抱きしめて、もう一度ベッドに潜り込む。
子どもみたいに戯れ合いながら、耳に流れこむ笑い声と吐息を受け止める。


キスから伝わる、甘い白ワインの香り。
目を閉じて、夢見心地で抱き合いながら、今ここにいる彼を感じる。
暖かくて…優しく包む腕の中で丸くなって…。
このぬくもりに、どれだけ励まされて来ただろう。

あんなに去年は楽しかったのに、今年の夏は散々だった。
どこにも出掛ける余裕も無く。かと言って、良い話も聞こえて来なくて…。
くじけちゃいけないのに、くじけモードになって。
元気に振る舞おうとすれば、するほどに空回りして自己嫌悪にも陥ったっけ。

…分かってる。
突然に今夜は食事に行こう、とか。
週末近場のホテルで、リゾートを楽しもうとか。
全部…本当は励ましてくれるための口実だったんでしょう?
何も言わなかったけれど、きっとそう。

だから…聖夜は二人でずっと一緒に、ここで過ごして。
あなたのために、とびきり心を込めてご馳走を作ってもてなしてみたい。
感謝を込めて、腕によりをかけて。


「ダメだよ。こういう時に、違うことを考えていては。」
そう、笑う声がして。
そのまま、もう一度二人でベッドの海へと落ちて行く。