
友雅が出掛けたあと、あかねは朝食の後片付けもほったらかして、すぐにノートパソコンを取り出した。
パールピンクの蓋を開き、電源をONにして…冷えてしまったコーヒーを啜る。
そして、清々しいヴェネツィアのデスクトップが現れたあと、まずメールソフトを起動した。
「…今日は返事、来てるかなあ…」
毎日毎日、彼がそばにいない時を見計らって、こまめにメールチェックをしているが、相手からの返事はまだ届いていない。
向こうだってクリスマスシーズンだし。
ただ盛り上がるだけの日本なんかより、イタリアの方がずっと忙しいのかもしれないなぁ…。
などと考えていると、いろいろなDMに混ざって届いていた、一通のメールを見つけた。
「あっ!来てる!」
他のメールなどそっちのけにして、あかねはお目当てのそれを開いた。
subjectは、"お待たせしてごめんなさいね"。
そしてそのメールには、2枚の写真が添付されている。
「うわあ。希望ぴったり!さすがー!」
色は丁度、今朝友雅が着て行ったコートのような、ビターチョコレートの色。
しっかりとした型くずれし難い作りで、さりげないシルバーチェーンのアクセサリーが、ポイントとして効いている。
「ブランドなんかより、ずっと良いよね。ホンモノって感じだもん。」
あかねは、彼女が選んで来てくれた品物に、文句なしで100%満足していた。
先週鷹通に相談して、友雅へのクリスマスプレゼントは、ブリーフケースにしようと決めた。
やりくりして溜めた資金50000円で、出来るだけ良いものを選ぼうと…ネットショップやセレクトショップに足繁く通ってみたのだが…。
何と言うか…"良いな"と思うものは、大概が予算オーバー。
確かに、それだけの価値がある『良品』なのだろうが、どうやってもこれ以上資金は足せない。
さて、どうしたものか…と、再び鷹通に泣きついたところ、ある人物のメールアドレスを教えてくれた。
イタリアのヴェネツィアに在住の彼女-----つまり、鷹通の母だ。
昨年夏の渡欧の際に世話になってから、何かと親しくあかねを気を掛けてくれる女性で、鷹通くらいの息子がいるとは思えないほど若い。
そんな彼女の感性なら、良いものを見繕ってくれるんじゃないか?との鷹通の提案。
ブランド品にこだわらずとも、イタリアの本職人が作ったものなら、上質で安いものがあるのでは?と。
さっそくメールをすると、彼女の返事は即OK。
その後、希望する品物の形や色、そして予算を細かく明記して連絡したところ、見繕って返事をくれるとのことだった。
そんなこんなで一週間弱。
やっと届いたメールにあった品物は、日本円で35000円ほどだが立派なブリーフケース。
"これで良ければ、すぐにこちらで手配して送るわよ。クリスマスまでには、十分間に合うと思うけど。"
「ああ〜、鷹通さんのお母さんに頼んで良かった〜!!」
さっそくあかねは、了解の返事を書いた。
これで、友雅へのプレゼントは完璧。
あとは……当日のディナーのメニューでも、考えようかな?
メールの送信が済んで、今度はレシピサイトをうろうろ。
「白ワインに合わせて、メインはお魚にしようかなー。でも、お肉もやっぱり良いよねえ…」
そうそう。
去年買ってもらったクリスマスツリーも、クローゼットの奥から取り出さなくちゃ。
大きいのは子どもっぽいから、サイドボードに飾れるくらいの、真っ白なツリー。
イルミネーションの華やかなものは、町に出ればいくらでも眺められるから、二人だけの部屋では少し落ち着いた,ロマンチックなものに。
クリスマスイヴまで、まるまる2週間の時間はあるけれど、そんなものあっという間。
用意は出来るだけ早めに。
時間を掛けて、当日ゆっくりと過ごせるように。
「喜んでくれると良いなあ…」
あ、でもプレゼントが届いたら、彼に見つからないように、隠し場所決めておかないと!
-------まだまだ、クリスマスまでは慌ただしい日々が続きそうだ。
+++++
「ありがとうございました!!」
自動ドアの入口には、数人の店員がずらりと並ぶ。
買い物を済ませて出て行く二人が、見えなくなるまで彼らは頭を下げている。
「随分と丁寧な店だねえ…」
まるでVIPを見送るような店員たちに、友雅は少し呆れ気味につぶやく。
だが、隣にいる鷹通は、違う意味で呆れた顔をしている。
…そりゃあ、特別丁寧な応対にもなりますよ。
あんな高級品を購入するお客様なんて、そうそういないでしょうし。
今後のお得意様になっていただくためには、適当な接客など出来ません。
しかし…と、鷹通は彼の様子を伺う。
本当にあれは、クリスマスプレゼント…のつもりなのだろうか?
どう考えても普通に見たら、別の意味があるようにしか思えない代物だ。
「橘さん、あかねさんへの…クリスマスのプレゼントですよね?」
「ああ、そうだよ。だから、この時期に買い物に来たんじゃないか。」
それはそうだが。
確かに店の中には、クリスマス商品が並んでいたけれど。
でも、彼が選んだのはそこにあるものではなくて…もっとレベルの高いものが並ぶショーケースから、だ。
「余計な事かもしれませんが…あかねさんには少々、不相応ではないかと思うのですが…」
反論を承知で、鷹通は切り出した。
クリスマス用のラインナップでさえ、普通のジュエリーショップじゃエンゲージリングのような価格。
その上を行くようなジュエリーを、あのあかねがすんなり受け取るかどうか?も疑問である。
だが、彼の問い掛けに友雅は何も答えず、そのままパーキングへと歩いて行った。
店に着いたのは、午後4時半頃。
下準備の必要な厨房担当のスタッフが、大概一番早く出勤してくるものだが、それでも大概は5時過ぎだ。
もう少し時間が掛かるかと思ったが、あっさり品物を選んでしまうから、思いのほか早い出勤となってしまった。
事務所の鍵を開け、エアコンと部屋の明かりを同時に着ける。
店が始まる前に、一応メールチェックでもしようか…と、コートを脱ぐ前に鷹通はPCの電源をONにした。
「あかねには、さっきのプレゼントの事は内緒だからね」
振り返ると友雅は、テーブルの上にあるDMを適当に眺めている。
「承知していますよ。驚かせるおつもりなのでしょう?」
「それもあるけど…。あれがどういうものなのかは、あかねには言わないつもりだから。」
………?
言わないって、どういうことだ?
「品物が出来たら、保証書と鑑定書は事務所に保管を頼むよ。」
「…構いませんが…」
本物のジュエリーなら、一番重要なものであるはずの書類を、彼女に手渡さないというのか?
それではせっかくの高級品が、本物だという証明にならないじゃないか…。
やっとプレゼントを決めたと思ったら、桁外れな店で桁外れな品物を選んで。
しかもそれを、彼女には本物だと知らせるつもりはない、と?
まったく彼の頭の中は、長年付き合っている鷹通でさえも、まだまださっぱり分からない。