
12月になると、いつもより一週間が早く過ぎてしまう気がする。
何かと前倒しの多い社会人はもちろんだが、残すところ数ヶ月しかない学生のあかねも、"師走"という言葉を身に染みて感じる季節だ。
天気予報の一ヶ月予想では、この辺りで雪が降る予定はなさそう。
夕べの予報では、今日も冬晴れの青空が広がると言っていたが、そんな清々しい空の色は、寒さを更に引き立たせてしまう。
「さむっ…」
一旦あかねは顔を出して、部屋の空気がひんやりしているのを感じると、すぐにまた布団の中に潜り込んだ。
ふわふわした軽い羽毛布団に、柔らかい肌触りのブランケット。
その中から、彼女を抱きすくめる腕が伸びて来る。
「おはよう。今朝も寒いね。」
「ん…おはようございます…」
視界はまだぼんやり気味だが、ぬくもりと彼の声だけはちゃんと聞こえる。
二人を遮るのは、互いに身に付けているパジャマ一枚のみ。
身体を寄せれば体温が暖めてくれるから、寝ても覚めても離れられない。
じゃれるように唇を重ねて、ごろごろと抱き合っては悪戯にくすぐったりして。
しかし、そんな無邪気な遊びに浸っているわけにもいかない。
「さて…と。もう少し遊んでいたいけど、今日はのんびりしてられないな。そろそろ起きないと。」
あかねの身体を解き、先に友雅はベッドから起き上がる。
布団がめくれたとたん、思わず身震いするほど今朝は寒い。
「もう少し寝ていても良いよ。あかねは休みなんだから。」
既に大学は冬休み。
内定も年内に片付いて、本来ならのんびり年末年始…と行きたいところだけれど。
「しかし…本当に冷えるね。今日は、少し厚手のコートにしておこうかな。」
友雅はクローゼットを開けて、中からチョコレート色のコートを取り出した。
それ以外は、夕べ選んでおいたスーツで良いだろう。
「あ、今日って…取引先の人と会う約束だったんですよね。」
「そう。年末になると、いろいろと面倒くさいことがあって、嫌だねえ。」
笑いながら彼は上着を脱ぐと、バスタオルとローブを手にバスルームへ向かう。
ドアを開けたり、ただ歩いているだけでも、肩や腕の無駄のない筋肉は、彼の肌の下で骨と共に動く。
「じゃ、私も朝ご飯用意しなくちゃ。」
思い切って、あかねもベッドから下りた。
そして、上着を脱いだ友雅とは逆に、ピンク色のガウンをパジャマの上に羽織ってキッチンへ向かった。
モーニングシャワーが終わるまでの、ほんの15分程度。
バスルームから出て来ると、既に二人分の朝食が用意されている。
コーヒー、ベーコンエッグにフルーツサラダと、トーストのみ。
所謂アメリカンブレックファスト式であるが、コーヒーは入れたての良い香りがするし、トーストもベーコンエッグも焼きたてで暖かい。
目が覚めたあと、彼はシャワーを浴びたあとで朝食を摂る。
バスルームから出て来る時間を見計らい、出来立てが用意できるように支度をする。
毎日の習慣の中で、自然に身に付いたものだ。
「やっぱり12月だから、忙しいんですね。火曜日も打ち合わせだって言って、午前中から出掛けたじゃないですか。」
「まあ、年末のご挨拶っていう意味もあるかな。」
"今年一年お世話になりました。また来年も引き続き、お付き合いをよろしくお願いします。"
「社交辞令だけどね。でも、礼儀を通しておかないと、マネージャー殿が五月蝿いし。」
「あたりまえですよ。お取り引き先だって、大切なお客様なんですもん。一年間の感謝のご挨拶は、ちゃんとしなきゃダメです。」
友雅のカップにコーヒーを注ぎながら、きっぱりとあかねはそう話す。
鷹通にしろあかねにしろ、二人もしっかり者がそばにいたら、私もいい加減なことは出来ないよねぇ。
長い付き合いの相手だから、適当に流しても特に問題はないのだけれど。
でも、もうそんなことも言っていられないか。
確かに、少し真面目に仕事と向き合わなけりゃね…。
ブラックのコーヒーを啜りながら、友雅はトーストをかじるあかねを見た。
「それじゃ出掛けるけど、帰りはいつも通りになると思うよ。」
「分かりました。いってらっしゃーい!」
時代劇の女房よろしく、火打石でも切るんじゃないかと思うほど、元気にあかねは友雅を送り出す。
ドアのロックを外し、その姿を背に受けたまま外に出た友雅は、エレベーターホールに向かうと、そこには鷹通が待機していた。
「何だい?」
「いえ…何というか、はた目から見ると、新婚夫婦の朝の風景みたいだな、と思いまして」
鷹通は目を細めながら、そんなことを言って笑う。
仕事に出掛ける彼を、玄関先まで見送りだなんて。
年齢差があろうが、彼らを知らない他人が見たら誰だって、そんな風に思うのではないか。
「…そう見えるかねえ?」
「案外、様になっていましたよ?」
ポーン…と軽い電子音が鳴り、カラッポのエレベーターのドアが開く。
何というか、不思議な柔らかい笑みが互いの中に込み上げつつ、中に入って下へのボタンを押した。
五階しかないマンションだから、下降したエレベーターは、あっという間に地下駐車場へと到着する。
友雅の紺色のシトロエンの隣には、ワインレッドのBMWが停車している。
ドアのロックを開けると、友雅は後部座席へ、鷹通は運転席へと乗り込んだ。
こういった仕事絡みの会合等がある場合、鷹通が社用車で送り迎えするのが暗黙の了解になっている。
「今日の打ち合わせは、どれくらい時間が掛かる予定?」
「11時からですから…ランチを交えて前後して、遅くても2時くらいには切り上がるでしょう。」
ハンドルを握る鷹通は、視線を前から一寸もずらさずに、友雅の質問にきっちりと答えた。
2時に終わって、それから事務所に…と言っても時間が余る。
今のところ、店の在庫には特に問題もない。
早く店に着いても、特にやることは…ない(と思う)。
それなら。
「君は、恋人へのクリスマスプレゼントは、もう選んだのかい?」
それまで真面目に運転していた鷹通が、思わずハンドルのバランスを失いそうになった。
が、赤信号停車中だったので、幸い運転には差し障りが無かった。
しかし、突然の問い掛けに対して、彼が少し動揺しているのには変わりない。
「一体どうなされたのですか。急に何故そのようなことを…」
「いや…。もし、まだというのだったら、付き合ってもらえないかと思ってね。」
ということは…つまり、ようやくあかねへのプレゼントに目処がついた、ということか。
クリスマスイヴまで、丁度二週間を切ったところ。
散々彼の頭を悩ませていた問題も、ここにきて解決に辿り着いた…らしい。
「構いませんよ。そういった店なら、平日の方が空いていて選びやすいでしょう。」
「そうだね。じゃ、打ち合わせが終わり次第、Crystal Hillsまで頼むよ。」
"Crystal Hills"というよくある名前は、これまた最近あちこちによくある、大型複合施設を含んだエリアのことだ。
ただし、そのエリアに並ぶテナントやショップは、高級志向の客向けのラインナップばかり。
レディースファッションのブランドにしろ、きらびやかなジュエリーショップにしろ、一般の"高級ブランド"とはまた違うレベル。
あそこにある店で、彼女のために選ぶクリスマスプレゼント…。
あくまで彼女は庶民派で、そういった桁外れなものは敬遠しそうな気もするけれど…。
------まあ、それは別として。
本気じゃなければ、あんなところにある店でプレゼントを選ぶなんて、いくら何でも出来ませんね…。
そんな風に思いながら、ミラーにちらっと視線を向ける。
後部座席の彼は、目を閉じて軽くうたた寝をしていた。