December First Week---02



「どうしたんだい?」
急に鷹通のキー操作がぴたっと止まって、どうしたのかと友雅が起き上がった。
すると彼は椅子に座ったまま、くるりとこちらを振り返る。
「橘さん、申し訳ありませんけど、少し買い物に出て来ても構わないでしょうか?」
「買い物?何か切れているものでもあったかい?」
店の在庫や厨房の状況は、前日の閉店後にチェックを欠かさない。
不足になりそうなものを係が調べ、最後に必ずマネージャーの鷹通自身がネットで発注する。
そんな鷹通本人が、わざわざ開店前に買い物に行くなんて妙だ。
「いえ、店のことではないのです。今、メールを見て思い出しまして…。あくまで個人的な買い出しなのですが。」
友雅が不思議に思っているのを察して、鷹通はすぐに迷わず答えを返した。
「個人的な、ねぇ。ということは、君のお相手のことかい?」
「まあ…そういうことです。今夜訪ねてくるの約束だったのですが、ここのところ忙しくて、買い出しを忘れていまして…」
事実とは若干ズレがあるが、全部が全部嘘ではない。
ただし、彼女が訪ねてくるのは明日の夜で、特に足りないものもないのだけれど。

「良いよ。まだみんなの出勤まで時間があるし。留守番しているから、行っておいで。」
「申し訳ありません。では、少しだけ出掛けて参ります。」
ロッカーを開けて、取り出したコートのポケットに携帯、車のキー、そして財布だけを突っ込んで、鷹通は事務所を出て階段を駆け上がった。





適当に車を走らせた鷹通は、駅から少し離れたスーパーマーケットに辿り着いた。
団地が近くにあるせいで、時間を問わず子連れの女性の姿が多い。
広い駐車場の隅に車を停めて、ようやくポケットから携帯を取り出した。
そして、さっきのメールに記されていた番号に、改めて電話を掛ける。

"午後5時くらいまで、大学のカフェにいます。マナーモードにしておきますので、すぐに移動してこちらから電話します。"

現在午後4時20分。しばらく呼出音が流れ続けた。
一旦切って、あちらからの連絡を待とうか…と思ったとたん、呼出音が彼女の声に変わった。
『もしもし、すいません!今、外に移動しましたんでっ!』
電話の向こうで、慌てながら店の外に出た彼女の姿が目に浮かぶ。
「こちらこそ、遅くなってすいませんでした。橘さんと一緒だったので、抜け出してくるのに時間が掛かりまして。」
『あ、もしかしてお仕事…邪魔しちゃいましたか?』
「いえ、もう片付きましたから平気ですよ。むしろ、雑談するくらいでしたから。」
-----そう。丁度あなたのことを、あの方は話していたのですよ。
あかねの声に耳を傾け、鷹通は事務所でのことを思い出した。


「それで…どうなさったのですか?私に相談があると、森村くんから伺いましたが?」
昨日、森村が出勤したとたん、鷹通のところにやって来てそう言った。
"あかねが、藤原さんに相談したいことがあるらしいので、メルアド教えて欲しいらしいです"と。
しかも必須条件が、"橘さんに内密に"。
そうして、さっき彼女からメールが届いた。
が、友雅と同じ部屋で仕事をしながら、彼に内緒であかねと連絡を取るなんて無理。
というわけで、口実を作ってここまでやって来たわけだ。

『あのー…すごく個人的なことで申し訳ないんですけど…友雅さんがお仕事とかで必要なものって、どんなものですか?』
「橘さんが仕事で必要なもの、ですか?」
レディースクラブのオーナーが、仕事の際に必要不可欠なものとは…何だろうか?
スタッフのスーツは、マネージャーもオーナーも全て統一。それ以外は私服でOKな仕事場だ。
たまに彼はカウンターに立ち、シェーカーを振ったりもする。
けれど、あくまで"たまに"であるから、バーテンダーのものを借りる程度で十分。それも必要経費の範囲内。
「あまり…思い付かないですねえ…。」
『何もないんですか?』
「ええ…。言ってしまえば、お客さまのお相手をするだけですからねぇ…」
『そうですか…。うーん…どうしよう…』
電話から聞こえてきた声は、悩んでいるような、がっくりしているような。
そう、落胆しているような声だ。
こんな声を聞いたら、そのまま電話を切るなんて出来やしない。


「どうしてそんなことを、私に尋ねられたのですか?」
こちらから尋ね返すと、あかねは小さな声で答えた。
『クリスマスのプレゼントを…どうしようかと思ってて…』
目の前のスーパーの入口には、サンタクロースの大きな人形が立っている。
ショーウインドウ越しに見える店内には、大きなクリスマスツリーも見えた。
誰もがクリスマスのことで、頭がいっぱいになる季節。
あかねの相談も、そうだった。

『何が良いか色々考えたんですけど、思い付かなくて。だったら、お仕事で使えるものが良いかと思ったんですけど…』
彼の仕事は知っているが、実際にどんなことをしているかは、分からない。
オーナーとして行っている仕事。取引先との打ち合わせや、フロアに出て接客など。
知っているのはそれくらいだけれど、本当はもっとたくさんあるはずで。
それなら、彼と一番近くで一緒に仕事をしている鷹通に、こっそり相談してみようかと思って連絡を取ろうと考えた。
…が、何も思い付かないという返事で、あかねの期待は白紙に逆戻り。
再びまた、頭を悩ませることになってしまった。

「あかねさんが選ばれるものなら、橘さんは何でも喜ばれると思いますけどね?」
『そんな…"何でも"って言われると、余計困っちゃうんですよぅ…』
6月の彼の誕生日が終わってから、バイト代+仕送りを懸命に切りつめて。
そうして、やっと蓄えたクリスマスのプレゼント資金は、総額50000円。
彼にとってはポケットマネーかもしれないが、喜んでもらえるものを何とかして選びたい。
『就職のことでも、今年はいろいろ心配掛けちゃったんで…。そのお礼も兼ねて、出来るだけ良いものをプレゼントしたいんですよ…』
そういえば、友雅がそんな話をしていたのを思い出した。
彼もまた、クリスマスのことで悩んでいたのだ。
変わり映えしないものではなくて、あかねを驚かせつつ、喜ばせられる演出が出来ないだろうかと。


…困りましたねえ。お二人とも、同じようなことで悩まれているとは。
もしかしたら、相手がそんな悩みを抱えているのだと、それぞれに教えてやれば一番喜ぶのでは?
あなたのことで、彼は、彼女は、頭がいっぱいなのだ。
あなたを喜ばせたい一心で、ずっと悩んでいるのだと。


『何かありませんか〜?50000円くらいで買える、センスが良くてカッコイイもの…』
表情をほころばせつつ、鷹通はあかねの声を聞く。
…せっかく頼って下さっているのだから、協力して差し上げなくてはいけませんね。
「そうですね。じゃあ…ブリーフケースなどはどうですか?」
『ブリーフケース?書類とか入れたりノートパソコンとか入れたりする…やつですか?』
そんな、まさにビジネスマンの御用達という代物を、あの友雅が日常的に必要とするだろうか…。
「最近は取引先の方と商談が多いんです。その際、書類なども持ち歩いたりするものですから。意外と、頻繁に利用する機会もあると思いますよ。」
『そうなんですか…。ブリーフケースかあ…』
今後開拓する新事業のこともあり、ここのところ週に2度は商談相手と会合がある。
書類などの管理は鷹通の仕事だけれど、友雅にもパンフレットやらカタログやら、持ち歩くことは多いのは確か。

『じゃあ、ネットとかで探してみようかな…』
「それが良いですよ。お値段も予算設定して調べられますからね。」
50000円あれば、多分そこそこのものなら入手出来るだろう。
ただし、さっき彼女に言ったとおり、どんなに安いものであっても良いのだ。
それが彼女の手から受け渡されるものなら、友雅には不満など全くないのだろうけど。

『ありがとうございます!参考になりました。やっぱり鷹通さんに相談して良かったです。』
「こちらこそ、お力になれて良かったです。良いクリスマスを迎えられると良いですね。」
元気が戻ったあかねの声を聞いて、鷹通もどことなくホッとした。