車に戻ってトランクケースに荷物を運び込む。
クーラーボックスを開けて、冷蔵冷凍物をカートの中から探し出して入れる。
「いつのまにかカップも買っていたんだねぇ」
「だって色々あって美味しそうだったんですもん」
ソフトクリームは持ち帰り不可だがカップならOKというので、気になっていた他の味も買ってみた。ついでにフルーツ果汁たっぷりのジェラートも。
荷物を積み終えて、友雅が運転席に戻ってきた。
「友雅さん早く早く!溶けちゃう!」
急かしながらあかねがソフトクリームを差し出す。
とろりと溶けかかった部分を一口だけ。濃厚なカカオの風味は意外とビター。
「割と甘さ控えめかな。あかねには物足りないんじゃないかい?」
「うーんでもこういうのも美味しいですよ。友雅さんも食べやすいでしょ」
定番よりも期間限定という言葉に弱い。
「それに今日はバレンタインですもん」
もう一口、とソフトクリームを友雅に向ける。
「これがバレンタインのプレゼント?」
「便乗ですけど〜」
笑い合いながら互いにソフトクリームを味わう。
敢えてMサイズを選んだが、2人でならあっという間に食べ終えてしまった。
やっぱりカップも買っておいて良かった。残りは帰ってからゆっくり楽しむとしよう。
バレンタインだからと言って、改めて贈り物を用意することはない。
チョコレートはプレゼントするものではなく、共に楽しむものとして毎年購入している。
もう夫婦だし今更そんなイベントに乗っからなくても、とは思うがちょっとだけ普段よりレベルアップな日常を、とは考えている。
旅行に出掛けるとか或いは近場のホテルでリッチな1日を過ごすとか。
過去にはレストランを予約したりもしたけれど、最近は人気が高くてなかなか予約が取れない。
だから今日はコンシェルジュに頼んでもらい、有名ホテルのケータリングディナーを。
「あ、このホテルってこの間のパティシエさんがいるとこだ」
箱に記されたロゴマークを見てあかねが言った。
「ああ、この間受講した料理講座の」
「そうそう。じゃあこのデザートもあのパティシエさんのかな〜」
一つずつ料理を取り出して、レンジで温めたりオーブンでリベイクしたり。
オードブルやサラダを添えて、豪勢なディナープレートっぽく盛り付けて。
買ってきたパンをスライスしたら、クリームチーズや鮭のリエットを並べる。
あかねはシードル、友雅は早速買ってきたワインを開けた。
「レストランっぽい〜」
テーブルの上にミニブーケを飾り、耐熱ガラスの中でミニキャンドルを灯す。
2人しか利用できない貸し切りレストラン風な空間が出来上がった。
食事を楽しみながらの会話は、いつもと同じ他愛もないこと。
あまり仕事の話はしたくないのだが、職場が一緒だとやはり自然にそういう内容も入ってくる。だからこそシリアスな話題は回避しようと心がけている。
「そういえばうちの学校の後輩、何人か内定してるらしいんですよ」
あかねの母校は看護師課程がある5年制の一貫校で、中卒で入学すれば順調に行けば最短で看護師になれる。当然それなりの難関だが。
「整外に入ってくるのかい?」
「そこは分かんないです。後輩って言っても面識ないから気付かないでしょうけどね」
研修医たちもそろそろ部署を決める時期。毎年各科のアピール合戦が繰り広げられているが、残念ながら去年整形外科の新人はゼロ。果たして今年はどうだろう。
「天真くん今年こそ後輩できるかな」
「彼もすっかり一人前だからねえ」
詩紋は今春薬科大学を卒業予定だが、就職はせず自宅の薬草園と漢方の店を継ぐ予定だとか。いずれは趣味のお菓子作りも兼ね備えた、医食同源なカフェができたらいいな、と夢を語っていた。
「流れに任せて医師になった自分から見たら、皆本当に立派なものだよ」
代々医者の家系だったから、何となく将来はそうなるんだろうなと思っていた。道筋をなぞるための教養と実績を積み重ね続けて、思った通りの未来図になった。不満は特にないけれど。
「でも今は医師になって良かったと思っているよ」
人々の怪我や傷を治し健康を取り戻させる意義にある仕事だが、それとは別に超個人的なことを言わせてもらえれば、
「医師にならなかったら、天使様に出会えなかったかもしれない」
「私も、うちの病院の実習選んでなかったら、会えなかったかもですね」
提携先の病院は幾つかあって、実習先も選ぶことができた。
希望しても人数オーバーで他に回されることもあったし、運良く実習は出来てもそのまま就職できる保証はない。そう思えば今この時は奇跡の賜物。
「あかねの合格通知を聞いた時は嬉しかったねぇ」
彼女の努力が報われた喜びに加えて、これからずっと近くにいるということで。
「もし受からなかったらどうしました?」
「その時は、即プロポーズ一択だね」
「えー?割と早くからアクション受けた気がしますけど〜?」
みんなに隠れてひっそり恋を育み続け、その中で本気か冗談かそういうセリフを交えることが増えてきて。正直受け止めるには現実味がなかったから、ドキッとしつつもスルーしていたのだが意外と彼の押しが強くなって。
…もしかして本気?
でも自分は新人の看護師だし、何より相手が相手だし…と複雑な思いを抱きつつも2人の関係はどんどん深まる。
「どうしても欲しかったんだよ」
キャンドルの灯りが反射するワイングラスの向こうの彼がつぶやく。
これまでの口調と少し違う気がして、胸の奥にある花の蕾が一気に膨らんだ気がした。
「物理的な意味だけじゃなくて、本当の意味で欲しかったんだよあかねのことが」
声のトーン、表情と眼差し。
間違いなく意図的に…本心を曝け出している。
胸の中で、大輪の花が開く。彼のせいで。
テーブルの上で伸ばされる手。自分もその手を求めて伸ばす。
誓いの指輪がきらりと輝き、先に立ち上がった友雅があかねを抱き寄せる。
しっかりと互いの背中に手を回し、抱きしめ合いながら唇を求めた。
他人の目を逃れるように、秘密裏に逢瀬を重ねる必要はもうない。
ここは隠れ家でもなく、夫婦が暮らす普通の家なのだから。
ーーーー暗転して数時間後。
甘い気怠さを纏いつつ、先にシャワーを浴びたあかねはリビングに戻った。
食べかけの料理たちを冷蔵庫に移し、冷えた炭酸水のボトルを一本と、奥に入れておいた手製のデザートを取り出した。
ケータリングの中にもデザートはあったけれど、バレンタインの夜だし今回はこちらを優先させてもらう。
プレートに一切れずつ乗せて、粉砂糖とココアパウダーを振りかけて。
そして、彼の分にだけプレートを。
やがてシャワーを終えた友雅がやって来た。
湿った髪を無造作にドライしながらソファに着くと、あかねが炭酸水のグラスとデザートを持ってきた。
「これ、こないだの講座で作ったデザートなんですよ。もう一回作ってみたんです。甘さ控えめだから友雅さんも食べやすいと思いますよ」
米粉や豆腐などを材料に使い、チョコではなくココアパウダーを利用したチョコスイーツ。豆腐独特の風味もなく違和感もない。
「色々考えるものだねぇ」
受け取ったテリーヌにフォークを入れようとした時、小さなプレートの飾りが目に止まった。
I LOVE YOU
ちらっと彼女の方を見ると、あちらにはプレートがない。
ということは、つまり…そういう意味。
さりげなく本心を見せる。
まるでこちらに宝探しをさせるかのように、そっと。
「美味しいでしょ意外と」
しらっといつも通りに向けてくる天使の笑顔。
ああ、最高に美味いデザートだよ、この一言のせいで。
この御礼はどうすれば良いかな。
あらゆることで、君を喜ばせるしかないだろうね。
一生の時間を費やして。
----------------THE END
お気に召して頂けましたら、ポチッとしていただければ嬉しいです♪

------NEXT-----BACK-----TOP-----HOME-----