院内にはあちこちに掲示板が設置されている。
各診療科からのお知らせや健康に関する情報など様々な記事が貼られており、
待ち時間を持て余している外来患者が凝視する姿をよく見かける。
自由に持ち帰れるチラシなども置いてあり、長い時間のちょっとした暇つぶしによく利用されている。
外来棟だけでなく病棟も同じで、チラシを持ってナースステーションの看護師と談笑している患者もいたりと結構需要がある。

「これってやっぱり入院患者は参加出来ないわよねぇ」
「あー、さすがにちょっと無理でしょうねぇ」
患者が見せたチラシの記事は、管理栄養士たちが発行している食と健康についてのものだった。
旬の食材や調理法、病状によって注意すべきことなど日常生活に有意義な内容が多く、特に女性の患者には人気が高い。
最近は隔月で調理師を迎えた料理講座なども開催していて、退院してからも病院にやってくる人も多い。
で、患者が見せたチラシはその料理講座のもの。
今年最初の料理講座のタイトルは『ヘルシーバレンタイン』。
来月はバレンタインなので、管理栄養士の指導の上で糖質や脂質などを
考慮した健康的なバレンタインレシピを紹介とのこと。
「私、チョコ大好きなのよ。でもほらやっぱり色々気になるでしょう?栄養士さんが考えたヘルシーなレシピがあるなら知りたいのよね」
「分かります。とーっても分かります。美味しくてヘルシーなら最高ですよね!」
完全にバレンタインというイベントの意味を忘れて、意気投合している患者&看護師。
まあ、最近のバレンタインの風潮はこういうものだ。
自分のためのご褒美、というのが一般化している。
「1週間くらい退院が早かったら申し込めたのに残念だわ」
そんなやりとりをしている最中に、昼休みを終えたあかねと同僚看護師が戻ってきた。
「どうしたんですか?」
実はね…と会話の内容を説明する。そして手元のチラシを見せた。
しばらく記事を読んでいたあかねが、同僚の顔を見た。
「あの、これって職員も参加出来ますよね?」
特に参加規約は明記されていない。前述のように入院患者は例外だが。
「だったら私が参加しますよ。丁度有給余ってるんで」
日程を見たら休日を入れやすそうだし、今から申請すれば多分OKされると思う。
「私もヘルシースイーツなんて超気になりますよ。参加したら後でレシピ教えますよ!」
「ホント?嬉しいわ〜楽しみにしてる!」
そんなやりとりが繰り広げられていた1月中旬。
話がどんどん伝わってゆき、結果的にあかねの他に看護師と薬剤師の3人で講座に参加することになった。



料理講座は調理室の一つを貸し切って行われ、主催の管理栄養士である永泉がまず説明を始めた。
「バレンタインとは銘打っていますが、健康を重視したレシピですのでお子さんにもおやつとして安心して食べさせてあげられます。糖質や脂質を抑えてはおりますが、食事制限やアレルギーの問題も個々あるかと思いますので代用品も明記しておきます。最後に試食と質疑応答時間もありますので、気になることがありましたらどうぞお気軽にお尋ねください」
何気に参加者を見渡すと、見覚えのあるキラキラした巻毛の青年が1人。
あかねの視線に気づいた詩紋は、ニコニコしてこちらに手を振った。
永泉と代わって今回の講師が登壇した。海外のコンクールでも受賞歴がある有名ホテルのパティシエで、普段なかなかこういう場には出て来ないが永泉と昔から親しかったこともあり快く依頼を受けてくれた。

数時間後、講座が終了。
出来上がったスイーツの試食タイムとなった。
「不思議。前に同じようなレシピで作った時と全然違う!マジでスイーツなんだけど!」
薬剤師の女性はお菓子作りが趣味で、こういったものも作ったことがあるらしいがイマイチだったらしい。しかし今回は普通のスイーツと変わらないどころか、高級感のある濃厚な味に仕上がっている。
「所々コツを説明してくれたから、そういうところが大切なのかもですね」
「だねー。やっぱりプロは違うね!」
思った以上にレシピは簡単で、材料も手に入りやすいので気軽に作れそうでもある。
「これから定番おやつにしようっと。もちろん自分用に」
「私も。あかねは…取り敢えずバレンタイン用にでしょ?」
「え、普通に食後のデザート用に作ろうと思いますけど」
「ちょっと〜!そこは旦那様へのプレゼントって言いなさいよ!」
「だよ!先生拗ねちゃうじゃん。可哀想でしょ!」
何故か周囲から同情されている友雅。
そんなあかねの様子を見て笑っている詩紋。
「一緒に住んでるんだしバレンタインの日のデザートにすれは同じですよ」
張り合いないなぁと賑やかな雰囲気の中、料理講座は幕を閉じた。



今年の2月14日は土曜日だった。
病院自体は土日祝休みだが、医師や看護師は交代制で勤務になる。
「もう少し早く休みが分かっていれば小旅行くらい出来たのにね」
「すいません急に予定変更しちゃって」
元々あかねは出勤の予定だった。しかし同僚の子どもがインフルエンザに罹ってしまい、数日休むことになったため予定が変わってしまったのだった。
「結果的に一緒の休日になったのだからOKだよ」
やがて車は高速を途中で降りて、緑溢れる山道へと向かっていく。
いつもは湾岸エリアに近いショッピングモールに買い出しに行くのだが、今日は気分を変えて山村の道の駅や直売所へ。
比較的オシャレな雰囲気のモールとは違い、新鮮な地場野菜など品揃えも多いということで意外とそこそこ混んでいた。
「わぁ、手作りのジャムいっぱいある!いくつか欲しいな」
定番のいちごやブルーベリーの他、コケモモやクルミバターなど珍しいものが並ぶ。その隣には全粒粉のパンやクッキーなども。
「ワインもあるのだね。地元産のぶどう使用か…味見に一本買っても良いかな」
街中のデリカテッセンに華やかさは及ばないものの、購買意欲をそそられる物が豊富でいつのまにかレジカゴ2個が満杯に。
「大きめのクーラーボックス持ってきてよかった〜…え、なんですか?」
レジの列に並んでいると、友雅があかねの肩を叩いた。
振り向くと彼がテラス側を指差している。そこにはソフトクリームのコーナーが。
「私が並んでいるから行っておいで」
こういうところのソフトクリームには目がないあかねは、まずスルーすることは出来ない。例え雪が降るような冬場であっても。


友雅のお言葉に甘えて、あかねはソフトクリームコーナーにやってきた。
地元牧場のフレッシュミルク使用と書かれていて、味も数種類あり当然ながら迷う。
新鮮なミルクを味わうノーマルで行くか、いちご農家のストロベリーや茶畑の茶葉を使った抹茶味、ベルギーチョコを使ったチョコ味……。
今日バレンタインだし…チョコがいいかなぁ。
「あれっ、あかね!?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて顔を上げると、内科の同僚看護師だった。
「えっどうしてここにいるの?」
「それはこっちの台詞よ。1人で来た…わけないよね」
キョロキョロ見渡すと、レジの列に嫌でも目立つ長身の男性の姿があった。
「ちょっといつもとは違うとこに買い出しに行こうと思って、こないだテレビで見たから来てみたんだけど」
「へえー、そうなんだ」
彼女はまじまじと友雅見ている。
普段病院で見る彼は白衣を着ていて、見映えは良すぎだが医師らしさはある。
しかし今は完全なるプライベートな時間であり、ここは私生活の一場面でもある。
そうか、彼もこんな風に普段は買い物に出掛けたりしているんだな。
何となく日常が想像できない感じがあったが、意外と普通の生活しているんだ…とか思ったりしてしまった。
精算を済ませた友雅が、カートを押しながらこちらにやって来る。
「ん?確か内科の…だったよね?」
「あっ、こんにちは橘先生!」
黒のタートルネックにジーンズと、意外にもラフなファッション。妙にこういう格好も様になっている。
「ソフトクリーム、もう食べ終わったのかい?」
「まさか!これから買うとこですよ」
チョコ味は定番だけど、ベルギーチョコを使用してるのは冬限定だよ、と同僚に言われたら、すぐに迷いが吹っ切れた。
「友雅さんも買います?」
「私は一口味見で良いよ」
そんな2人のやりとり。
職場では一応ビジネスムードを保っているっぽいが、普段はやはり夫婦らしいんだな。いや、夫婦と言うよりもまだ恋人同士みたいな感じが…。
少し大きめのチョコソフトMサイズを購入。
「じゃあまた来週ね」
そう言ってソフトクリームを舐めながら、2人は駐車場へと向かって行った。





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