
食事を終えてレジに向かった。
友雅の誕生日祝いだから支払いは自分がするとあかねが言い張るので、ここは何も言わず素直に彼女の好意に甘えることにした。
まあ、彼女の誕生日に倍にして返せば良いか…と考えていると、奥からスタッフが紙袋を手にしてやって来た。
「こちら、先ほどのぐい呑みでございます」
先ほどの…とは、食事の時に使った江戸切子の?
「お誕生日プレゼントです」
あかねが近寄って来て、にっこりと微笑んだ。
店内の小さなギャラリーには、伝統技術の職人が作った器などを展示している。購入出来るものや食事に利用できるものもあると知り、その中でひときわ綺麗だった江戸切子のぐい呑みをプレゼントにしようと決めた。
手のひら乗るほど小さな器。その中に刻まれた文様が光と交差して、宝石のように輝き放つ職人の技を極めた工芸品。
「日本酒でご提供致しましたが、シャンパンやワインなども似合いますよ」
チーフらしきスタッフが一言。
これから暑くなる季節。冷えた日本酒が一層美味しくなるような器。
特別な器を日常使いで楽しむのも、粋な日常かもしれない。
「夜風が気持ち良いですねー」
コンクリートの外壁、アスファルトの歩道。
ひしめき合うビルの合間から流れる風が、顔に当たって心地良い。
酔うほどの量は飲んでいないが、やはりアルコールが入ると体温が若干上がる。
店から家まで歩いて15分くらい。軽い酔い覚ましの散歩には丁度良い距離だ。
街路樹がビル風になびき、サラサラと音を立てる。
日中は行き交う人々が溢れていた街も、この時間になるとまばら。
それでも灯りの付いているオフィスは存在する。活動時間が一致しないことにより、日常は平穏に当たり前に続いている。
「明日は当直ですよね。誕生日にぶつからなくて良かったです」
「休みが取れれば尚更良かったけれど、あかねの予定も合わせないとね」
1人で過ごす休日ほど退屈なものはない。
食器、クッションカバー、観葉植物、化粧品、そして…残り香。
隅々まであかねの存在が行き渡っていて、余計に本体がいない空しさを感じてしまう。
誰かに依存する習性は自分にはなかった。
友人関係、異性関係、人だけでなく物に関しても執着という感情はなかった。
そう思っていたのに。
…人生とは予測不可能。1つの出会いがこんなにも自分を変えるとは。
変わったのか、それとも元々あったものが目覚めただけなのか。
どちらにしても今まで経験したことのない、新しい自分に驚かされたり。
こんなに人生は面白かったのか。
少し前をリズミカルに歩く彼女を見ながら、そんなことを考える。
「友雅さん、さっきお父様が昔似たようなぐい呑み持ってたって言ってましたよね。それってどうしたんですか?」
「家財道具は全て処分を頼んだけど、綺麗な物だったからどこかの業者が買い取ったかもしれないな」
「勿体無いですね。お父様の記憶が残ってる物だったのに」
父の記憶、とあかねに言われて気付いた。
家族らしい思い出が殆どないけれど、父があんなぐい呑み使っていたのは思い出せた。
だからと言って感傷に浸ったりはしないが。
「プレゼントしたぐい呑みは大切にして下さいね」
「天使様から賜った物だからね、丁重に扱わねば」
「割らないよう気をつけてくれれば良いですよ。大事にし過ぎないで、普通に使って下さい」
足を止めて、あかねがこちらを向く。
「そうやって、今度は友雅さんの思い出の品にして下さい」
風が抜ける。
緩やかに彼女の髪を踊らせる。
「友雅さんが使ってくれてる姿を私も記憶しますから、2人の思い出の品になるように育てて行きましょう」
清らかな笑顔の彼女の背後に、純白の翼が見えた。
絶対に見間違いや気のせいではなく、眩い光を纏った神々しい羽根。
でもきっとそれは自分にしか見えない。
彼女を愛する資格を持つ自分の目だけが見えるもの。
「おかえりなさいませ。如何でしたか?」
「とても良いお店でした。紹介して頂きありがとうございました!」
フロントのコンシェルジュと挨拶と礼を言って、エレベーターで自宅のあるフロアへ向かう。
ドアを開けて、いつもの部屋に戻って来た。
ぐい呑みは割れないように、取り敢えず食器棚の中へ。
「もうすぐ今日も終わりますね。改めて、お誕生日おめでとうございます」
2人きりだから遠慮することなく、甘いキスのプレゼントをくれる。
一回で満足など出来ないから、逃げないように抱きしめて唇の感触をじっくりと味わう。
「あかねの誕生日には、色違いのぐい呑みをプレゼントするよ」
店のギャラリーには同じシリーズのぐい呑みが数色飾られていた。
選んでくれたものは涼しげなブルーグリーンのガラスだが、彼女には鮮やかな桜色のガラスが似合うだろう。
「色違いでお揃いで使った方が、夫婦らしくて良いだろう?」
「ふふ、そうですね。誕生日楽しみにしてます」
1人の思い出ではなく2人の思い出を、ガラスの中に刻んで行くつもりで。
きらきらと輝く美しくて優しい思い出を、2人ならきっと。
-----THE END
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